2022年1月 4日 (火)

YouTube「いざ、衣笠合戦へ!(後編)」三浦一族ゆかりの地

お待たせしました!!
やっと衣笠合戦の後編ができました✨
今回は、衣笠城の本丸から山を下りて、大手道方面へ。
旗立て岩を見たり、三浦一族が脱出した尾根などを見て歩きます。

衣笠合戦の時、自分だけ城に残り、義澄ら一族を逃がしたとされる三浦義明。
義明の武功は語り継がれ、江戸時代には浮世絵の題材になるなど、多くの人々から愛されました。
その義明は城で討ち死にしたとも、城を出て自害、もしくは討ち死にしたなどとの伝承が残ります。
その伝承が伝わる腹切松公園などにも立ち寄ります。

では、今回も一緒に歴史の舞台にGO!

~鎌倉殿の13人!三浦一族が畠山重忠軍と戦った衣笠合戦の舞台~『山城ガールむつみの出陣のススメ!!いざ、衣笠合戦へ!(後編)』 - YouTube

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2022年1月 1日 (土)

インタビュー記事掲載のお知らせ

明けましておめでとうございます。
昨年も大変お世話になりました。
今年も昨年以上にツアーやイベント、活動の幅を広げていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

おかげさまで、去年は164本のツアー&講演、イベントをやらせていただきました。
振り返るとビックリ。たくさんやりましたねー。体だけは壊さないように頑張ります!!

タウンニュース横須賀の元旦号にインタビュー記事が掲載されました✨

今月から三浦一族の紹介コラム連載も始まりますので、良かったら読んでくださいませ♪
ネットでも読めますので、タウンニュース横須賀をSNSなどでフォローしてみてください。

https://www.google.com/amp/s/www.townnews.co.jp/0501/amp/2022/01/01/606934.html


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2021年12月30日 (木)

オリジナルTシャツ&クリアファイル

新しくグッズが誕生しました✨
オリジナルTシャツとクリアファイルです。

・クリアファイル
300円(税込み)

A4サイズ・裏表イラスト入り※通販取り扱いあり。郵送料140円。その他、御城印等と同時購入の場合は郵送料が変更になる場合があります。お問い合わせください。


・オリジナルTシャツ
2500円(税込み)

5カラー
サイズはSS/S/M/L/LL/LLL
※在庫限りのため、カラーによっては在庫のないサイズがあります。お問い合わせください。
※サイズに関してはお気軽にお問い合わせください。
※通販では取り扱いません。ツアーなどで対面でのお渡しになります。購入希望の方はツアー事前にご連絡ください。



クリアファイル表
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クリアファイル裏
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オリジナルTシャツ
イラストは左裾に一カ所のみ(写真参照)

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2021年12月28日 (火)

今年の多古での活動報告✨

今年も多古城郭保存活用会でお城と歴史をテーマにしたさまざまなイベントや企画をやらせていただきました。
お城EXPOに出展したり、お城開きイベントを開催したり、御城印を出したり。
新聞記事などを一挙公開!!


お城開き記事・東京新聞
御城印の売上でたくさんのお城に標柱と説明板が立ちました🙌
さらに観光資源だけでなく、教育資源としてお城と歴史を活用するために、全国千葉氏こどもサミットのエントリー校になった中村小学校で授業もやらせていただきました。


子供サミット授業のYouTube
子供サミットの記事・広報多古12月号
子供サミットの記事・東京新聞
外から訪れる人、住んでる人、さらには子供たちに魅力が伝わってればいいなと思います✨
そのような取り組みを評価いただき、「夢まるふぁんど」から表彰いただきました✨
先人たちが築いた文化や歴史を後世に残し伝え、有形無形の文化財を保護伝承することを目的に文化国際貢献事業を行う団体に対して資金支援を行うのが「夢まるふぁんど」です。

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多古城郭保存活用会では、それをもとに多古のお城紹介動画を作成します🙌
完成を楽しみにしていてください♪


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来年も色々楽しい企画考えますので、多古に遊びに来てくださいませ😉

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2021年12月24日 (金)

お城EXPO2021終了

お城EXPO2021が無事に終わりました。
三浦一族ブースにもたくさんの方が立ち寄ってくれて感激✨
いろいろと応援の声もかけていただきました🙌

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三浦一族のブース♪

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講演もやらせていただいて、ありがたいことに満員御礼✨
ありがとうございました!


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シアターでは三浦一族紹介動画も放映していただきました。
入場開始前の大画面で観ました。
この動画は近日中に横須賀市観光協会などのサイトから観れるようになるので少しお待ちを。

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三浦一族の魅力を少しでも発信できて良かったです。
合わせて多古ブースにもたくさんの方が来てくれました♪

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多古の歴史とお城の魅力もお話しさせていただきました。こちらも満員御礼🙌
感無量です✨

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各地が繋がりながら広がっていくと、元気になる地域がどんどん拡大。
これからも神奈川県内、千葉県内、埼玉県内もろもろで楽しく頑張りたいと思います。

EXPOではたくさんの方にお会いできて、こちらも感無量❤

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萩原さちこさんと。


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クリスグレンさんと。


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畠中和久さんと。


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二宮博志さんと。


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後藤徹雄さんと。


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お城くんと。


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前田慶次さんと、れきしクンと。


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平山優先生と。


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萩原さちこさんと、加藤理文先生と。


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岐部さんと。


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あー、楽しかった♡






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2021年12月22日 (水)

能舞台で講義&フィールドワーク「いざ、鎌倉!」

鎌倉の旧村上邸で楽しい歴史のお話します✨
そして、軽いフィールドワーク付き!
お手軽に歴史を楽しめるイベントです。
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」をより楽しむために最適なイベントです♡

2022年1月31日!
ぜひ、お越しください✨

鎌倉殿の13人の時代を学びゆかりの地を歩く。 いざ、鎌倉。 | 地元出発ツアー のあたび (noatabi.co.jp)

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2021年12月16日 (木)

物見台城・長南城の御城印デザイン&販売開始のお知らせ

新しい御城印のお知らせです。
こちらもデザインと同封説明文を担当させていただきました✨


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販売開始・2021年12月20日(月曜)

道の駅多古あじさい館
千葉県香取郡多古町多古1069-1
0479-79-3456
午前9時~午後7時(但し9月~3月は午後6時まで)

休業日:年末年始(1月1日~1月2日)  

※お城エキスポ2021の多古城郭保存活用会ブースにて12月18日、19日先行販売

 

【物見台城のご説明】
物見台城は、多古町の南東部、南中「鴻巣集落」周辺の台地に築かれ、その台地が広範囲にわたり城郭化されたと考えられます。物見台城の西側には「相ノ谷(あいのやつ)」を挟んで中城があります。この相ノ谷は中村中央の台地に深く切れ込んだ重要な谷戸のため、物見台城と中城で相ノ谷を挟み、連携しながら監視を行っていたと考えられます。また、物見台城の東側には「中城坂」を挟んで土やぐら城があります。この坂道は、中村中央の台地へと通じる重要な街道であったと思われ、物見台城と土やぐら城が連携して監視を行っていたと推測できます。

南側を流れる借当川は、中世において多古・匝瑳地域の重要な水上交通路であったと考えられ、この借当川を直接眼下に監視できる場所に物見台城は位置しています。これらのことからも、築城年代や城主等の詳細は不明ながら、戦国期においては、この物見台城こそが中村中央の台地の南側を防衛・監視する中心的な城郭であったことが推察されます。

物見台城は、現在山林や畑になっていて、当時の全体像は不明ですが、「諏訪神社」周辺には土塁、空堀、桝形虎口等が残り、台地南西側には土塁、腰曲輪、物見台等が残っています。物見台の周囲には城郭遺構が良好に残っていて、特に長さ約100mに及ぶ土塁と帯曲輪は秀逸で、中世山城の姿を今に伝える貴重な城郭といえます。

物見台城の御城印は土やぐら城を含め、台地全体を利用して築かれたことが分かる縄張図をモチーフにしました。あわせて、城の名前の由来になった「物見台」に建つ物見櫓をイメージしました。この物見台は土やぐら城(物見台)と連携していたと思われ、この両方の物見台の位置を示すため、該当箇所を黄色で色付けしました。

そして、千葉一族ゆかりの地である多古の城郭には千葉氏が深く関わっていたと思われるため、千葉氏の家紋「月星」を描きました。物見台城がある中村地区には千葉胤貞の伝承が多く伝わり、胤貞創建の寺院が数多く残っています。

物見台城では、令和3116日に日本初の「お城開き」が行われました。「お城開き」では、山城のトップシーズンである秋から冬にかけての訪問者を歓迎すべく、城を整備し、安全祈願を行いました。全国各地からたくさんのご参加をいただき、お城整備のボランティア活動をしていただきました。その際に撮った記念写真をこの説明文の背景にデザインしています。

 

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販売開始・2021年12月18日(土曜)

○セブンイレブン上総長南店

千葉県長生郡長南町長南1198-2

電話:0475-46-1330

年中無休24時間営業

 

○道の駅あずの里いちはら

市原市浅井小向492-1
TEL 0436-37-8891

営業時間 午前9時~午後6時 ※一部営業時間が異なります。
定休日 毎月第2火曜日(祝日の場合は翌日) 、1/1~1/3

 

○千葉ポートタワー

千葉市中央区中央港1丁目
電話:043-241-0125

[6月~9月]
9:00~21:00(毎日)
[10月~5月]
9:00~19:00(月~金)
9:00~20:00(土日祝)
※最終入館は閉館時間の30分前までになります。

休館日12月28日~1月4日、2月28日(月)、来年度の定休日はお問い合わせください

※安全上において、強風等により臨時休業する場合があります。

 

○まるごとしすい

千葉県印旛郡酒々井町飯積 2-8-2 

043-376-6810

営業時間 9時~18時 

定休日 毎週月曜日(但し、月曜日が祝日の場合は営業で、翌火曜日がお休みになります)



【長南(ちょうなん)城のご説明】千葉県長生郡長南町

長南城は長南川に沿うように形成された市街地の東側丘陵に築かれました。長南城が築かれた「長南」は、長柄郡の南部分にあたる、もしくは長柄郡の南方の場所との語源を持ち、上総国の山間部にあたります。周辺の丘陵は痩せ尾根となっていて、長南城はそれらの丘陵部や谷を取り込むように城郭化され、約1km四方の範囲に城郭遺構が認められる千葉県を代表する大規模城郭といえます。妙見社~太鼓森の丘陵には造成された平坦面がみられ、また、長久寺周辺には堀切、切岸、腰曲輪などのまとまった城郭遺構が認められます。

長南城の築城年代や築城主などの詳細は不明ですが、長南の地は上総平氏の流れである長南氏の支配を経て、上総武田氏の領するところとなりました。かつての長南氏の城館がいずれにあったかは不明ですが、武田氏がこの地に入ってきた後は長久寺から太鼓森に掛けての丘陵に長南城を築城もしくは整備したと思われます。

武田氏が守護を務めていた甲斐国は上杉禅秀の乱(1416)以降、混乱状態にありましたが、永享の乱(1438)の頃に武田信重が守護として復権し、弟の信長は鎌倉公方足利成氏に仕え成氏の側近となりました。

そして、享徳の乱(1454)を契機に信長は成氏の命を受けて上総国に入部し、敵対する関東管領上杉陣営との戦いの拠点とするため、長南城と真里谷城を築いたと伝わります。そして、上総武田氏は真里谷城(木更津市)を拠点とする真里谷武田氏と、長南城を拠点とする長南武田氏に分かれていきました。

長南武田氏は真里谷武田氏に比べて良質な文献が少ないため、不明なことが多く、確実に実在が認められているのは最後の当主豊信だけです。

豊信はその手腕を発揮し、16世紀の中頃には長南と池和田(市原)までを領国化し、衰退した真里谷武田氏にかわって戦国大名となりました。しかし、最後は小田原北条氏に属し、小田原落城の際は北条氏と運命を共にし、豊信は自害したと伝わりますが、地方に逃れたとも伝わっています。

その後、徳川家康の関東入部に伴い、本多忠勝が天正18年(1590)6月~7月の間、長南城に滞在したとされています。

周辺の丘陵や宿などを取り込んで、長南武田氏の大城郭となった長南城の御城印には、その規模が分かる地図をモチーフにしました。長南城の最高所は標高約80mの「太鼓森」と呼ばれる丘陵で、太鼓森には平坦に造成された曲輪が点在し、現在は妙見社が建っています。太鼓森はその名の通り、有事の際には合図、伝令の太鼓が打ち鳴らされたと伝わることから、御城印には太鼓を描き、当時をイメージしました。

長南武田氏の最後の当主豊信は里見氏と北条氏の間を巧みに生きた房総を代表する戦国武将です。御城印には豊信の肖像画(長南町郷土資料館提供)と花押をデザインするとともに、武田氏の家紋「四つ菱」を配置しました。


どちらの御城印も歴×トキにて通販取り扱いいたします。
よろしくお願いします。




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「山城ガールむつみさんと歩く三浦一族ゆかりの地」お城EXPO2021追加情報

12/18.19にパシフィコ横浜で開催されるお城EXPO2021の追加情報です。

横須賀市さんと一緒に作らせていただいた三浦一族紹介動画「山城ガールむつみさんと歩く三浦一族ゆかりの地」がお城シアターで公開されます✨

18日9:10~
19日14:15~

追加料金不要で、お城シアター会場で観れます。20分弱の動画ですので、よかったらご覧くださいませ♪

エキスポサロン講演会の整理券情報も分かったので記します。
講演会も追加料金無しでご参加いただけます。


18日12:00-13:00三浦一族の歴史とゆかりのお城⇒9時から3階カウンターにて整理券配布
   16:00-17:00多古のお城の魅力⇒13時から3階カウンターにて整理券配布

19日10:00-11:00三浦一族の歴史とゆかりのお城⇒9時から3階カウンターにて整理券配布
   16:00-17:00多古のお城の魅力⇒13時から3階カウンターにて整理券配布


講演会の詳細や整理券情報は以下のサイトをご覧ください。
http://www.shiroexpo.jp/theme/

それと、Tシャツのカラー4色の写真も載せておきます。
こちらもよろしければ♡

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2021年12月13日 (月)

お城EXPO2021のお知らせ

12/18.19にパシフィコ横浜で開催されるお城EXPO2021に三浦一族城郭保存活用会(歴×トキ)でブース出展&講演会4本やります。
お城EXPOのチケット情報などの詳細は以下のサイトをご覧ください。
http://www.shiroexpo.jp/

エキスポサロン講演会(追加料金無し・事前整理券配布)
18日12:00-13:00三浦一族の歴史とゆかりのお城
   16:00-17:00多古のお城の魅力
19日10:00-11:00三浦一族の歴史とゆかりのお城
   16:00-17:00多古のお城の魅力

講演会の詳細や整理券情報は以下のサイトをご覧ください。
http://www.shiroexpo.jp/theme/

そして、ついに山城ガールむつみオリジナルクリアファイルとTシャツの販売開始✨
私のブースで販売します♪
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あと、私がデザインした2つのお城の御城印が販売開始
・多古城郭保存活用会ブースにて「物見台城」
・横浜の中世城郭ブースにて「限定版小机城」

日本一のお城の祭典✨是非お越しください。
わたしもブースや会場にいますので、見かけたらお声かけください♪

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2021年12月11日 (土)

頼朝と三浦一族の足跡を追う!「いざ、安房国へ!」

安房国ツアーやってきました✨
衣笠合戦で負けた三浦一族は怒田城から船に乗って、久里浜湾から安房に向けて出発しました。

ツアーでもその足跡を追うべく、久里浜港からフェリーで出陣!
観光バスごと、フェリーに乗り込みました。


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ツアーは2日程やりましたが、観光バスでフェリーに乗り込むとテンション上がります。


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バスが目立つ~



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浦賀水道を一気に渡ります。
この古代からの海の道は、三浦半島と房総半島をときには結びつけ、ときには境界の壁となって勢力のぶつかり合いの舞台となりました。


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正面のマンション群は横須賀市鴨居。三浦一族の多々良氏の本拠地。三浦義明の弟の義春から始まる家系です。
現在の鋸南町佐久間に領地をもらって、佐久間氏としてさらに分家しました。
その系統が、分かれたりしながらずーっと続いて佐久間象山に続くともいわれています。



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三浦半島の南側、三浦海岸、菊名浜方面が見えています。
このあたりには三浦一族の津久井氏が拠点とした津久井の地です。
津久井氏は承久の乱で朝廷方につき、滅びます。津久井には菩提寺東光寺が残り、いまもなおその菩提を弔っています。



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フェリーの上では、40分間ずっと景色を見ながら歴史のお話をしていました。
里見と北条が戦いを繰り広げた戦国時代の話まで、もりだくさん。
書き切れないので、ぜひいつかツアーにお越しください✨

また同じコース、いつか開催します。


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ランチを食べた後は、頼朝上陸の地へ。
頼朝は真鶴から土肥実平と船に乗って、安房へやってきます。


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真っ正面が真鶴。
頼朝よりも一足先に安房に着いていた三浦氏、北条氏。
この海をどんな気持ちで眺めて、頼朝を待っていたのでしょうか。



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ついに頼朝合流!
我々も奮起して、ここから再起をかけた進軍開始です!!


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南房総市平松城へ。
ここは安西景益ゆかりの城です。お城自体は戦国時代のものですが、この周辺に安西景益が屋敷を構えていたと伝わります。
安西景益は安房の豪族で、このあたりに広がっていた丸御厨を管理していたともいわれています。
安西氏の娘は和田義盛の奥さんの一人になり、生まれた子が朝比奈義秀とも伝わります。三浦一族とも親密な関係を築いていた安西氏。
海を行き来しながら勢力を広げた互いの姿が浮かび上がります。



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このあたりは「丸」といって荘園がひろがっていました。
この荘園は前九年の役の功で、源頼義に与えられて以来、源氏ゆかりの荘園でした。
さらに義朝が息子の頼朝の昇進を願って伊勢神宮に寄進。丸御厨になりました。
頼朝は子供のときにこの地を訪れていた可能性が高く、安西景益とも馴染みだったと考えられています。

そのため、安房に上陸した頼朝は景益に手紙を書き、協力を求めました。
そして、安西景益の屋敷を訪れたのです。

平松城周辺は田畑になり、山々が美しく、景益や頼朝が見た景色を想像することができました。



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平松城の主郭。
木々がなければ、鏡浦(館山湾)やそこから入り込む河川も見えます。
この平松城が水運の要衝だったことがよくわかります。
安西氏は戦国時代には正木氏の配下として、おそらく海賊衆の一端を担っていたのではないでしょうか。



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そして一戦場古戦場へ。
こちらは、安房の平家方の勢力、長狭常伴と三浦義澄が戦った合戦の舞台です。
長狭氏と三浦氏は因縁の対決。実は和田義盛の父杉本義宗は1163年に起きた長狭氏との戦いの傷がもとで命を落としました。
そのことからも三浦氏がその段階で安房国に勢力を広げていたことが分かります。


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古戦場の上には展望台。ここからだと地形がよく見え、頼朝の伝説が残る仁右衛門島も見えます。
今日のツアーの最後はこの景色を堪能し、次に進む上総国、下総国に思いを馳せました。
さぁ、この次は上総&下総に出陣です!
ぜひ一緒に歴史の旅に出ましょう♡
ブログでは書ききれない楽しい歴史の情報が盛りだくさん!
なんせ、わたし、12時間喋り続けてるので笑

1/19・1/29 いざ、上総国へ! 上総一之宮玉前神社詣と千葉城 | 地元出発ツアー のあたび (noatabi.co.jp)

それと、前にやった韮山コース、石橋山合戦コースをもう一度やります✨

こちらもぜひ♡
楽しいですよ♪
2/28 頼朝旗揚げの地・韮山!頼朝と政子ゆかりの北条の里巡り | 地元出発ツアー のあたび (noatabi.co.jp)

3/19いざ 石橋山合戦へ!頼朝旗揚げの合戦地と古道を歩く | 地元出発ツアー のあたび (noatabi.co.jp)

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2021年11月25日 (木)

神崎町のお城紹介&御城印発行のお知らせ

神崎(こうざき)城はかつての香取の海、現在の利根川に突き出た丘陵に築かれました。神崎城は「東の城」、「中の城」、「西の城」の3城から成っており、この3城を総じて「神崎城」と称します。

神崎城は千葉氏隆盛の祖である千葉常胤の曾孫にあたる神崎師時が鎌倉時代中期に築城したと伝わりますが、現在の遺構は戦国時代末期のものと推察されます。

城域は丘陵全体に広がり、その規模は南北約2キロメートル、東西約500メートルに及びます。そして、丘陵上に連なるように東の城、中の城、西の城を設け、さらには周囲に田向城、小松城を築き、それらすべてが連携する構造となっています。

このように配置された防衛網は、神崎周辺の湊に対する重厚な監視機能と富の利得の機能をも有していたと考えられ、これらの湊からの富こそが歴代の神崎氏繁栄の一翼を担っていたものと推察されます。

神崎氏は途中の中絶はあるものの、師時以来、神崎地域の領主として君臨し、戦国時代には千葉氏を介して後北条氏に属しました。天正18年(1590年)の小田原合戦の際は、小田原城に入城し、豊臣方との戦いにのぞみましたが小田原北条氏の敗退にともない、神崎城も開城落城しました。まさに神崎城をはじめとする城郭群こそが、中世を通して神崎を領した神崎氏の繁栄の証といえます。

神崎城の城下には中世から街道が通り、宿が形成されていたと思われます。御城印には、水上交通と陸上交通の要衝地だった神崎の地図をモチーフにしました。

神崎のシンボルである神崎神社は、ランドマークとして古くから存在しており、その由緒ある歴史と風光明媚な周辺の景色は絵図にも描かれました。御城印には神崎の周辺に広がっていた香取の海と行き交う舟、そして神崎神社の鎮座する神崎山から神崎城へ続く丘陵をデザインしました。

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東の城は三城の中では、もっとも古いものと推定されています。神崎師時が最初に築城した場所ではないかとも伝わります。

城郭遺構としては、土塁、空堀が残るとともに、楕円形状を呈する狭い一郭と長径約110メートル、短径約50メートルに及ぶ方形の二郭に分かれています。


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中の城はその名の通り、三城の真ん中に位置します。南側は急崖となっていて、神崎神社別当寺の神宮寺の境内地に繋がっています。

東西約130メートル、南北約110メートルの方形の区画が形成され、北側には古墳を利用した物見台と、そこから伸びる土塁が良好に残っています。


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西の城は三城の中でもっとも城域が広く、戦国期にはこれらの城郭群の中で中心であったと推察されます。

現在は、町の公共施設が建っていますが、周辺には土塁、空堀跡が残存するとともに、崖地部分にはいくつかの腰曲輪も良好に残っています。この腰曲輪による重厚な防衛構造は西の城の特徴の一つといわれており、比高約30メートルの台地及びその周囲の人工的な急崖化とともに、戦国期の房総の城郭の特徴を良好に残す城郭として評価されています。

 

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3枚並べると神崎の美しい風景が完成するようにデザインしました✨
かっこいい!(自画自賛)


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神崎町は宿場の雰囲気も随所に残り、酒蔵、醤油屋さんなどの蔵などが建ち並びます。とても素敵な町。
打ち合わせにいったときも、こんなふうに歓迎してくれました♡
「山城ガール打ち合わせ」笑


そして、驚き。これなんだと思いますか?
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ペンキを塗り塗り…
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黒いシールを貼って…

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ペリっとめくると…
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綺麗な文字が現れて…

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どーんと完成✨
手作りの標柱!!

ビックリ!こんなに綺麗にできるもんなの?!

おそるべし!神崎町!
こんな完成度の高い標柱は初めてです笑


この標柱を見に、神崎町に行ってみてくださいね。

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3城から成る神崎城は、町役場から歩いてすぐ!行ってみよう!
こんな坂を上がっていきます。


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広場に出ます。ここが東の城の主郭。


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さらに進むと…

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堀が綺麗に残ってます。

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上から見ると圧巻の堀!

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進んで行くと、中の城に続きます。古墳の看板。

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古墳を櫓台にしていた感じ。
少しの高さだけど、見晴らしイイ。

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堀底ハイキング。

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中世の板碑が!

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腰曲輪の休憩どころ。

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西の城は町の施設が建ってます。

わずかですが周囲には土塁。


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貝塚もあり。

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稲荷さまが祀られてる祠は櫓台に建ってます。

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やぐら!横穴墳墓じゃなくて、やぐらでしょう。

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神崎氏は鎌倉時代からここにいたので、どの段階かは不明ながらも、神崎氏が造ったやぐらなのでしょう。

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中の城の麓には神宮寺。神崎神社の別当寺。

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境内はおごそかな雰囲気。

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なんと600年代から鎮座する神崎神社!

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ご神木が素晴らしい。

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神崎町は発酵の町。
美味しい発酵料理の楽しめるお店がいくつかあります。

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今回は「うふふ」という可愛いお店にお邪魔しました。

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おいしかった!
ぜひ神崎町にお出かけくださいませ✨


御城印販売場所

○道の駅 発酵の里こうざき
千葉県香取郡神崎町松崎855
TEL:0478-70-1711 FAX:0478-70-1616

9:00-18:00

 

○道の駅あずの里いちはら

市原市浅井小向492-1
TEL 0436-37-8891

営業時間 午前9時~午後6時 ※一部営業時間が異なります。
定休日 毎月第2火曜日(祝日の場合は翌日) 、1/1~1/3

 

○千葉ポートタワー

千葉市中央区中央港1丁目
電話:043-241-0125

[6月~9月]
9:00~21:00(毎日)
[10月~5月]
9:00~19:00(月~金)
9:00~20:00(土日祝)
※最終入館は閉館時間の30分前までになります。

休館日12月28日~1月4日、2月28日(月)、来年度の定休日はお問い合わせください

※安全上において、強風等により臨時休業する場合があります。

 

○まるごとしすい

千葉県印旛郡酒々井町飯積 2-8-2 

043-376-6810

営業時間 9時~18時 

定休日 毎週月曜日(但し、月曜日が祝日の場合は営業で、翌火曜日がお休みになります)


ネット販売
歴×トキHPにて  https://www.rekitoki.com/

 




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2021年11月14日 (日)

「まるごとしすい」に御城印コーナーが登場!

千葉県印旛郡酒々井(しすい)町の「まるごとしすい」に御城印コーナーが登場✨
酒々井町の名産特産と一緒に置いていただいて光栄です♡
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幟も登場♡
御城印ご購入の際には、私が作成したお城紹介のリーフレットもつきますよ。


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本佐倉城は、城下を取り込んだ巨大城郭です。ぜひ、周辺を散策して、その大きさと城下の構造を感じて楽しんでください。
まるごとしすいの横には、江戸幕府の牧場「佐倉牧」の土手が残ってますよ。お立ち寄りの際には見てみてください🐴

酒々井のアウトレットの目の前ですよ♪
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本佐倉城の簡単な説明は以下です。
享徳の乱がきっかけでおきた千葉一族の内紛により、馬加康胤らが千葉宗家の館(今の猪鼻城とかのあたり)を急襲。
それにより、千葉宗家当主胤直らは香取郡多古に逃げ込み、志摩城に籠りました。そして、馬加康胤らと戦いますが、敗北。千葉胤直、嫡男宣胤、胤直の弟胤賢らは多古で自害し、千葉宗家は滅亡しました。

しかしそんな状況の中、胤直の弟胤賢の子の自胤(よりたね)、実胤は武蔵国に脱出しました。石浜のあたりに逃れたといいます。

千葉一族の宗家滅亡後に、千葉氏を継承したのが千葉輔胤(岩橋輔胤)の系統です。岩橋に城を構え、続いて本佐倉城を築き、下総国統治の拠点にしたのです。


岩橋城
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そもそも、享徳の乱で鎌倉公方と関東管領が対立関係になったとき、胤直は上杉氏に、康胤は公方を支持。そのため、お家騒動になったのです。そのため、逃れた自胤(よりたね)、実胤は上杉氏の保護のもと、千葉宗家奪還へと動くことになります。それをバックアップして一緒に戦ったのが、扇谷上杉家の家宰太田道灌です。

 

本佐倉城が築かれた背景は、こんな感じです。
そのあと、長尾景春の乱が起きたり、道灌が殺されたり、北条早雲(伊勢宗瑞)の台頭など、情勢はどんどん変化します。

道灌が死んだことにより、石浜に逃れた武蔵千葉氏は衰退。佐倉千葉氏は関東の動乱の中、生き残りを掛けて戦いますが、最終的には小田原北条氏の配下に入り戦国時代の終わりを迎えました。

本佐倉城は豊臣軍の来襲に備え拡張整備され、さらに徳川家康が入ってくると家康の5男武田信吉が入封しました。そのときにも大規模な改修が行われたと思われます。

 

本佐倉城は城下町全体を城郭化した巨大な城です。

まわりには、厳島砦、浜宿砦、肥前屋敷、右京屋敷、妙胤寺などの城郭遺構が存在します。


厳島砦
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妙胤寺
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本佐倉城は丸一日、歩いて楽しめるお城のアミューズメントパークです。

ぜひ、お出かけして、お帰りにはまるごとしすいで酒々井の名産をお買い求めください♡

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2021年11月10日 (水)

鎌倉殿の13人の盛り上がりいろいろ~本屋さんとかツアーとか講演会とか~


大河ドラマ「鎌倉殿の13人」のスタートに向けて、上大岡京急百貨店内の八重洲ブックセンターに特設コーナーが誕生✨
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私が書いた三浦一族を紹介したチラシも貼ってもらいました✌️
今後は三浦一族に限らず、ドラマを観るのが楽しくなるオススメ本も選んでこのコーナーに置いてもらいたいなと思ってます(^^)
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八重洲ブックセンター上大岡店に行って、色々と情報収集してみてください📕
京急百貨店カルチャースクールCOTONOWAでも講座やってるので、そのチラシも置かせてもらいました☺️カルチャースクールもよかったらぜひ✨


他にもドラマに向けて色々盛り上がってます。
三浦一族タクシーツアー(横須賀観光協会主催)のご紹介✨今後、シリーズ化する予定💨
まず第一回は11月23日、12月3日の2日程(同じ内容)です。
申し込みは以下から。

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ツアーのテーマ「小坪合戦」のYouTubeはコチラ

それと、12/11に三浦一族研究会の講演会もありますよ!会員じゃなくても参加できます。
講師は坂井孝一先生です!!楽しみすぎます🙌

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「承久の乱〜北条義時の華麗なる逆転劇〜」
申し込み詳細は写真をご覧ください。
ちなみに私が司会やりまーす✨

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2021年11月 9日 (火)

YouTube「いざ、衣笠合戦へ!前編」三浦一族ゆかりの地を歩く

新作YouTubeアップしました✨
ぜひ観てください♪

今回は葉山の鐙摺城をスタートして、衣笠に向かいました。
畠山重忠軍が通ったかも?という道筋を追いかけて歩きました。

三浦一族が平家方の大軍勢と戦った衣笠合戦!
治承4年(1180)8月26日、畠山軍を筆頭にした秩父党に衣笠城を攻め囲まれました。
大軍の襲来に持ちこたえられず、三浦一族は棟梁の三浦義明を残し、夜陰に乗じて脱出。
舟がたくさん泊めてあったと思われる怒田城へと向かいました。そこから、海路で房総半島を目指したのです。


そんな歴史ロマン満載の衣笠合戦を前編後編に分けてお届けしてます。
今回はまず前編!お楽しみください♡
~鎌倉殿の13人!三浦一族が畠山重忠軍と戦った衣笠合戦の舞台~『山城ガールむつみの出陣のススメ!!いざ!衣笠合戦へ!』 - YouTube



そして、そんなコースを一緒にたどれてしまうツアーもあります。ぜひ、ご一緒しましょう~✨
11/16・11/20 いざ 衣笠合戦へ!衣笠城と三浦一族脱出の舞台・怒田城 | 地元出発ツアー のあたび (noatabi.co.jp)

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2021年10月31日 (日)

ツアーレポ&ツアー告知と雑誌掲載とラジオ出演 もりだくさんのお知らせ

秋めいてきて、いい季節✨
ツアーレポ&ツアー告知です。楽しいツアー満載です。一緒に歩きましょう~♪
ツアーレポの下に、いろいろなツアー情報書いてあります。


のあたび小坪合戦ツアー無事に2日程が終わりました。
両日ともに楽しかったです。
同じコースはまた来年開催しますのでお楽しみに!!

今回のコースは藤沢から江ノ電に乗って和田塚へ。
和田塚から、ウォーキングスタートです。
江ノ電の中でも、ガイディングレシーバーがあるのでたくさんお話ししました。
和田合戦、小坪合戦や戦国時代の北条早雲(伊勢宗瑞)の来襲などなど。
車窓から海を眺めて、思いを馳せました。
さぁ、和田塚駅を下りたらツアースタート!


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和田合戦の戦死者を弔う塚といわれている和田塚に立ち寄り。
たくさんの中世の石塔が残っています。
南北朝から、戦国時代のものでしょうか。
空輪、風輪がしっかりとしてて、梵字が綺麗に刻まれているものもあるので結構古そう。
いずれにしろ、この由比ヶ浜周辺が数々の戦いの舞台になったことを物語っています。


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小坪合戦は頼朝と合流できなかった三浦一族が、衣笠に戻る途中の由比、小坪付近で起きた戦い。
平家方の畠山重忠の軍勢と戦うことになったのです。
この美しい浜が合戦地!

畠山重忠と三浦氏は親戚関係なので、和睦が結ばれましたが…。

情報がちゃんと伝わっていなかった和田義盛の弟の義茂が、和睦が成ったことを知らずに畠山軍に攻撃をしてしまったのです。
これにより、戦いが始まってしまいました!
義茂は、杉本寺方面から小坪の状況を見て、小坪方面に向かい尾根を進軍したと思われます。
今回のツアーではこの義茂の通ったコースをあとで歩きます!


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和賀江島。現存する最古の港湾施設。潮が引くと、当時の湊の石積みが顔を現しますよ。
天気がいいので小早がたくさんとまってます笑

この小坪は鎌倉の東に境界に当たる要衝地です。小坪の峠を越えると三浦半島。

なので、戦国時代にも戦いの舞台になりました。
小坪の浜の上にそびえるのは戦国時代三浦一族の海城だった住吉城!
ここは北条早雲の軍勢に攻められ、三浦道寸の弟の道香が半年にわたり籠城した城です。
結局、道香は持ちこたえられずに城を出て延命寺で自害したと伝わります。


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住吉城の麓には海前城があります。時宗。山号は「供養山」。
まさにここが住吉城の戦いの戦没者を弔う役目を持っていたのだと思われます。
戦国時代の石塔がたくさん残っています。

小坪「別邸」で美味しいランチを食べたら、午後も元気に出陣!
午後は、小坪合戦のときに杉本寺方面から駆けつけた和田義茂の足取りをたどります。
そのため、マイクロバスに乗って杉本寺にワープ!
なんて楽しいツアーなんだ!!(*^^)v



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と、いうことで杉本寺に到着。
杉本寺の前を通る六浦道は、奈良時代からあった道と思われます。なぜなら、杉本寺が奈良時代からの古刹なので。
この六浦道沿いには、荏柄天神などが古くから存在し、六浦道と今小路が交差する場所には源氏代々の屋敷が置かれたのです。
杉本寺の前にある低地の平場。ここには三浦一族の屋敷があったと推測されています。

発掘調査では和田義盛の父、杉本義宗の頃と一致する調査結果が出ています。
義宗はこの「杉本」の地をもらって「杉本」を名乗ったと考えられ、まさにここが三浦一族ゆかりの地です。
なので、小坪合戦のときに和田義茂がこのあたりにいたのです。

ちなみに、杉本寺の背後の山は南北朝期には杉本城が築かれ、北畠顕家に攻められ落城しました。


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と、いうことで和田義茂がいたと思われる杉本から山の中の道を小坪に向かって進軍します。
えいえいおー!!


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なかなかハードな山道をゾロゾロと進軍。
この山道には、途中に不自然な平場が数カ所あります。
中世の五輪塔も残っていたりして、おそらく鎌倉が戦乱に巻き込まれた15世紀頃に見張りかなにかの施設として築かれたと私は考えています。

その一カ所からは、小坪方面が丸見え!
もしかしたらここから義茂が戦況を見たのかな?と思うとワクワクドキドキがとまりません♡


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山道を抜けたら、最後は来迎寺へ。
ここは時宗のお寺。
頼朝が三浦義明の菩提を弔うためにつくったとの伝承もありますが、一緒に供養されているのは多々良重春。このひとは小坪合戦の三浦方の戦死者です。なので、おそらく小坪合戦の戦死者を弔う側面のあったお寺なのだと思います。

裏には、室町期から戦国期と思われる石塔がたくさん。
この小坪という土地でたくさんの戦いが時代を問わず起きた証拠品といえると思います。
小坪合戦ツアー、最後にふさわしいお寺で手を合わせたらツアー全行程終了です。


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鎌倉駅に戻り、地図で歩いたコースを確認したら充実感、やりきった感で皆で拍手。功をねぎらい合いました✨
次回は小坪合戦が引き金となって起きた衣笠合戦の舞台へ!
一緒に出陣しましょう~

のあたびツアー※11月衣笠合戦編、12月房総半島脱出編ともに募集開始になりました。
鎌倉殿の13人先取りシリーズ | 地元出発ツアー のあたび (noatabi.co.jp)

今回のコース小坪合戦、よろしければYouTubeもどうぞ✨
山城ガールむつみの出陣のススメ!!「いざ!小坪合戦へ」 - Bing video



その他のツアー情報はこちら。
情報解禁です♡


横須賀市観光協会ツアー(先着順)
三浦一族ゆかりの地めぐり

三浦一族タクシーツアーやります。
まず第一回は11月23日、12月3日の2日程です。

これまた楽しいコースです。タクシーならではのコースになってます。
先着順なのでお急ぎくださいませ✨

Booking engine (bokun.io)
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横浜のお城ツアー(先着順)
11月28日(申し込み開始は11月8日)

権現山城周辺を歩きます。

1月23日(申し込み開始は12月23日)
蒔田城周辺を歩きます。

申し込みは以下のチラシをご覧ください。
申し込みメール先は
shiromachi.guide@gmail.com
です。申し込み開始以降にお申し込みくださいませ。

※12月12日はお城ジオラマ復元堂の二宮博志さんによる茅ヶ崎城ツアーです。そちらもあわせてぜひぜひ。
詳細はチラシを。

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旅行読売12月号にコラム書かせていただきました。
山城特集や温泉特集もあって最高です✨
ぜひ、お買い求めくださいませ。

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11月2日
17:00-18:00
bayFM「bayline」に出演します。
お城の話とか歴史の楽しみ方?なんかをお話する予定です。
聞き逃しても1週間はradikoで聴けますので、お時間よろしいときに聴いてみてください♪











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2021年10月28日 (木)

本佐倉城の御城印&御城印帳のお知らせ

千葉県が誇る「本佐倉城」!!
そのNEWバージョンの御城印をデザインさせていただきました✨
さらに、御城印帳もデザインさせていただきましたよ♡
本佐倉城の御城印はすでに発行されていますが、今回はNEWバージョンです。

本佐倉城は巨大な城郭都市になっているので、その広大さ、堅固さをデザインに込めました。


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「本佐倉城」

下総守護千葉氏が文明年間(1469年~1486年)に築城し、天正18年(1590年)に滅亡するまでの約100年間、当主9代が居城した戦国時代の城です。水上交通の大動脈であった印旛浦に面し、主要街道が交差する陸上交通の要衝の地に築かれました。
面積約35万㎡の規模を誇る本佐倉城は10の郭から構成され、防御性の高い内郭群と広大な外郭群にわけられ、さらにその周囲には城下町が形成されました。

すべて土の造成によって構築された大規模な空堀や土塁、櫓台に守られた郭群や虎口は現在も明瞭に姿をとどめ、戦国時代の城の迫力と息吹を感じさせます。平成10年9月11日に貴重な文化財として国史跡に指定されました。

デザインの説明
水上交通の要衝であった印旛浦に面して築かれた本佐倉城の御城印には、その印旛浦を望む風景を描きました。
本佐倉城の城下は、城郭や寺院などに囲まれた広大な城郭都市でした。城下には佐倉宿、酒々井宿、鹿島宿、浜宿などの宿が形成され、浜宿湊も存在しました。

そして、丘陵には厳島砦などと呼ばれる城郭が築かれるとともに、勝胤寺などの寺院や「右京屋敷」「肥前屋敷」などといわれる有力家臣の屋敷も城郭化されました。まさに本佐倉城は、その周辺地域も含め、城下町全体が城郭化された難攻不落の城でした。御城印には本佐倉城周辺の地形や城郭、寺院、家臣屋敷等がわかる地図をデザインしました。

さらに、千葉氏の家紋「月星」と「九曜」をそれぞれ配置し、あわせて8代邦胤の龍の朱印をモチーフにしました。邦胤は里見氏の侵攻に対抗しながら家臣たちをまとめていきますが、天正13年(1585年)に若くして死去しました。この邦胤の後継者争いが深刻化したことによって、小田原北条氏の氏政、氏直の佐倉進駐をもたらすことになったのです。




そして、こちらは御城印帳!
オモテとウラで、中世と近世を楽しめるようにデザインしました✨
1冊3850円です。


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御城印帳デザインの説明
今回の御城印帳はオモテに本佐倉城、ウラは佐倉城をモチーフにしました。本佐倉城は千葉氏の最後の居城です。城下は広大な城郭都市になっていました。本佐倉城の目の前には交通の要衝であった印旛浦が広がり、当時は風光明媚だったことでしょう。しかし、近世には佐倉城が築かれ、この地域の中心は佐倉へと移っていきました。
御城印帳の1冊で、本佐倉城から佐倉城へ、中世から近世へ、そんな歴史の移ろいを感じて思いを馳せていただけたら嬉しいです♡

販売情報は以下です。

※販売開始日が異なります。

○佐倉市観光協会の各案内所販売開始2021年10月30日(土曜)

・京成佐倉駅前観光案内所

千葉県佐倉市栄町8番地7(佐倉市観光協会内)

043-486-6000

8:30~17:00

年中無休(年末年始は除く)

 

・JR佐倉駅前観光情報センター

千葉県佐倉市六崎169-17

043-485-9700

9:00~17:00

休業日:12月29日~1月3日

 

・ふるさと広場売店「佐蘭花」

千葉県佐倉市臼井田2714

午前9時~午後5時

※休業日 年末年始

 

○まるごとしすい販売開始2021年11月3日(水曜)

〒285-0912

千葉県印旛郡酒々井町飯積 2-8-2 

043-376-6810

営業時間 9時~18時 

定休日 毎週月曜日(但し、月曜日が祝日の場合は営業で、翌火曜日がお休みになります)

〇ネット販売

・「しすいノいいモノ」

※11月3日から開始

https://tsuku2.jp/shisuinomono

「しすいノいいモノ」ネット通販価格は、御城印帳1冊3850円(税込)、御城印400円(税込み)となります。

※別途送料500円がかかります。送料は複数冊、複数枚ご注文でも一律です。

通販に関するお問い合わせは、

まるごとしすい 043-376-6810

 

※御城印帳は歴×トキ取り扱いなし。

※御城印は歴×トキ取り扱いあり。(10月30日販売開始)
料金等は歴×トキで取り扱っているその他の後城印取り扱いと同じです。

 



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2021年10月20日 (水)

新ツアー「プラたび」募集開始のお知らせ

湘南小田急住まいのプラザさんとのコラボ企画✨
「プラたび」第一弾です!!

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プラプラのんびり歴史の旅へ。
いつもみたいにガツガツ歩く歴史探検もいいけど、今回はのんびりプラプラ歩きましょう。
美味しくて鎌倉っぽいオシャレなランチと、カワイイお土産付きです♡
わーい♡楽しみ✨

プラプラですが、歴史を知って感じるワクワク感は満載!
ガイディングレシーバーがあるので、歩きながら楽しくタップリお話しします♡


詳細は以下!
申し込みお待ちしてまーす。
小田急住まいのプラザ企画〝プラたび〟第1弾 | プラたび | 地元出発ツアー のあたび (noatabi.co.jp)

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2021年10月 6日 (水)

千葉県匝瑳市の講演会のお知らせ

千葉県でまた新たな繋がりが生まれましたー✨
今度は匝瑳(そうさ)市です。匝瑳市は多古町のお隣です。以前、八日市場城の御城印の発行のときに関わらせていただきました。
「匝瑳」というのは、平安時代の辞典である和名類聚抄にも掲載されている地名で、古くからの歴史を有する魅力的な地域です♡

多古町を回ってると、川を挟んだ目の前の山がまさに匝瑳市です。
匝瑳も山城の宝庫!!

多古と匝瑳が繋がって、一緒に何かやれれば楽しいな、と思っていたところ…
ついに実現しました✨やったー!


多古町の「歴史とお城を使った町おこし」にご賛同いただいた匝瑳の方々が「匝瑳城郭保存活用会」を立ち上げました。
わたしもアドバイザーに就任させていただきました。
多古と匝瑳。どんどん盛り上げていきたいと思います!

楽しいアイディア出しますのでお楽しみに!!

先日の多古町中村小学校の授業が東京新聞に取り上げられました!
匝瑳でもこういう取り組みしたいですね。



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匝瑳市での活動のスタートとして、立ち上げイベントを開催します。
わたしもお話しさせていただきます(*^^)v

前日は多古の「お城開きイベント」がありますので、泊まりがけで、多古、匝瑳を連日楽しんできます✨
みなさんも、ぜひ多古のお城開き整備ボランティア体験イベントと、匝瑳城郭保存活用会の講演会にお越しください♡

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上の地図の
星が多古の多古城、太陽が多古の志摩城、惑星が多古の並木城、ハートが多古の中城&物見台城、土やぐら城のエリア、渦巻きが匝瑳市の大堀城、ザッとですが赤線が 多古町と匝瑳市の境界です。もう目の前。
連携して、一緒に歴史発信しなきゃいけないエリアですね。行政が違うからって分かれてやってはいけません笑

いろいろと難しいこともあるかもしれませんが、今後はこうやって地域が繋がり、輪が広がりながら魅力を発信する動きが出るといいなと切に思います!
まずは、多古町と匝瑳市、連携して進んで行きたいです✨
詳細は以下です。



匝瑳城郭保存活用会結成記念講演会およびパネルディスカッション開催

日時:2021年11月7日(日)13:00~16:30
参加費:1000円
募集人数:80名(申込先着順)
会場:八日市場公民館
住所:千葉県匝瑳市八日市場イ2402番地
お問い合わせ お申し込み:匝瑳城郭保存活用会(担当:都祭) TEL:090-8746-0994(お申し込みもこちらの電話まで)

講演内容:
・「歴史を活かした町づくり~地域に眠る「城」の可能性~」(歴史&山城ナビゲーター 山城ガールむつみ氏)

・戦国期における里見氏・正木氏の匝瑳市への侵攻と城郭」(匝瑳市郷土史家 依知川雅一氏)


・パネルディスカッション「山城と歴史を活用した町おこしの可能性と課題―具体的匝瑳市での戦略論について―」

パネルディスカッション登壇者は以下。
・匝瑳城郭保存活用会
 匝瑳市議会議員 都祭広一氏

・多古城郭保存活用会会長
 多古町議会議員 高坂恭子氏

・匝瑳市郷土史家 依知川雅一氏

・歴史・山城ナビゲーター 
 千葉城郭保存活用会副代表 山城ガールむつみ氏

・総合司会:千葉城郭保存活用会代表 小室裕一氏




 

 

 

 

 

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2021年10月 4日 (月)

長部城に標柱!!

千葉県旭市の長部城に標柱が設置されました✨
ここは千葉氏に属した松澤氏のお城です。永禄年間の正木氏の下総侵攻では、周辺が戦いの舞台になってるのでこのお城も緊張感に包まれ、何かしら城として機能したと思われます。

この長部城は今は大原幽学記念館になっています。

大原幽学は長部城の要害地形が気に入り、ここに居宅を構えた幕末の農業指導者であり、思想家であり、日本初の協同組合を作った人物です。

ぜひ、長部城に出かけて、一緒に大原幽学記念館もお楽しみください!


攻城団さんにも記事にしていただきました!!
現地の標柱写真も掲載いただきました♡
【旭市】長部城に標柱が設置されました - お城ニュース - 全国で開催されるお城や歴史関連のイベント情報まとめ (kojodan.jp)

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2021年10月 1日 (金)

千葉ポートタワー展示START

千葉ポートタワーの展示が開始になりました✨
ポートタワーからの景色を眺めながら、中世の江戸湾の風景を思い浮かべて楽しんでください。
水運の大動脈だった江戸湾!海賊気分でタワーに登ってくださいね⛵

攻城団さんにも記事にしてもらいました!
【9/30〜、千葉市】千葉ポートタワーで戦国江戸湾をめぐる歴史展示と千葉県内の御城印販売開始 - お城ニュース - 全国で開催されるお城や歴史関連のイベント情報まとめ (kojodan.jp)

 

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こんな感じです。
※会場の状況によってはパネルの場所が変わることもあります。

イベントステージもあるので、いつかイベントもやりたいですね。

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青い幟と…


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オレンジの幟✨


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パネルも可愛くできました♡


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今は、恐竜展もやってるので、
江戸湾海賊と恐竜のコラボが楽しめます笑


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入り口横のコンビニには御城印販売コーナーもあります。
行ったけど買いそびれた!…そんなときにまとめて買えるので便利です。

千葉県内のお城の面白さがもっともっと広まるために、たくさんの人の目に止まりますように✨



 

 






 

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2021年9月30日 (木)

日本初の「お城開き」 in多古


多古「お城開き」のお知らせ✨
日本初の試みとなる「お城開き」っていう言葉を提案させていただきました(*^^)v
山城は草木が茂るので、春の終わりから秋口までは訪れるのになかなか厳しい季節です。
多古町では年間通して楽しんでいただくために、多古城郭保存活用会が頑張って整備してくれています。でも、真夏の草刈りはとても大変で、やってもやっても草が生えてきます🌿虫たちも元気でカユイ!


なので、夏の間は完璧には整備ができませんが、山城の1番いい季節には、皆さんに全力で楽しんでいただこう!という考えのもと、お城開きを行います✨

城開きの日から山城シーズンの間、多古城郭保存活用会が整備を進めているお城については、皆さんを全力でお迎えするために城内を見やすいように草刈りなどの整備を行います。



そして、今回は日本初の「城開き」を記念してイベントをやります✨
イベント名は
「山城ガールむつみ隊長の元に『集まれ!ボランティア!』」
です!

山城シーズンの安全祈願をしたり、新しく整備を進めるお城の整備活動を体験する楽しいイベントになります♪
私と一緒に多古のお城整備しませんか✨多古米おにぎりつき🍙
先着順!申し込みは多古城郭保存活用会まで。お早めに!💨


<イベント内容>
イベント参加者の皆様には、当会アドバイザーの山城ガールむつみさんを隊長とする「お城開き隊」の隊員として、多古町の「物見台城」にて草刈りなど、実際にお城を整備するボランティア体験をしていただき、あわせて物見台城の見学も実施します。
【特典1】山城ガールむつみさんデザインパッケージのおにぎりセットをご用意
【特典2】ボランティア参加記念として、全員集合のもと、物見台城の標柱・説明板を設置
【特典3】12月に発行される物見台城の御城印を発行後に郵送で贈呈

会場となる「物見台城」はその城名の由来となった物見台が藪などに覆われていたため詳細が不明なお城でしたが、当会と多古町教育委員会との合同調査により、物見台とそれに付随する土塁、帯曲輪等の遺構が良好に残されていることが確認され、当会が整備を進めている注目のお城です。


<ボランティア募集詳細>
募集日  2021年11月6日(土)
集合時間 9:45(16:00終了予定)
集合場所 道の駅多古あじさい館2階
募集人数 30名(先着順)
服装   長袖、長ズボン、帽子など、肌の露出が少ない服装でご参加ください。
※また、作業用に軍手をご持参ください。マスクの着用をお願いいたします。
参加を希望される方はメールで「お城開きボランティア参加希望」と明記し、氏名、住所、電話番号を記載のうえお申し込みください。
takojokaku@gmail.com


※コロナの状況や天候次第で、直前で中止になることがありますので、申込時に連絡の取れる電話番号を必ず明記してください。
※参加時に検温等を行います。また、参加者名簿に所定の内用をご記載いただきます。
※当日は午前9時45分に道の駅多古あじさい館2階にご集合ください。集合後、全員で徒歩にて物見台城に行き山城ガールむつみ隊長の下、城郭整備に取り組みます。
※参加申し込みは、メールでのみ受け付けます。

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2021年9月28日 (火)

多古町中村小学校へ!子供たちと中城に出陣✨


千葉県香取郡多古町の中村小学校で歴史とお城の授業を3回に渡りやってきました✨
1回目はお城の話、2回目は千葉氏と多古の歴史のお話、3回目の今日は中城というお城に子供たちと出陣しました💨
その模様がチバテレのニュースで放映されました。


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子供たちに、自分の住んでる場所の歴史の大事さ、お城の面白さ、何百年前の人たちが地域づくりに込めた想い…などなど、少しでも伝わってたらいいなと思います❤

楽しかったです。写真を見るとホッコリ✨

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集合写真はカメラがたくさんあって、みんなどこを見ていいのか分からず😆
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缶バッジをプレゼントしたら、思った以上に喜んでくれて🙌
みんな付けてくれて嬉しかったー❤

多古城郭保存活用会さんが、いつも整備してくれてますが今日のためにさらに案内板を作ってくれた!子供たちに分かりやすくて、感謝感謝。


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2021年9月26日 (日)

新しい御城印のご案内「見広城」「長部城」

新しい御城印発行のお知らせです。
今回は千葉県旭市の「見広城」「長部城」です。長部は「ながぺ」と読みます。なんかカワイイ✨

お城の説明は以下です。今回もデザインと説明文、やらせていただきました(*^^)v



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【長部(ながぺ)城のご説明】千葉県旭市

 長部城は旭市北部の長部地区西側台地上に築かれました。現在、大原幽学記念館が建っている一帯が長部城にあたります。この台地は西方の広大な台地から東に向かって半島状に突き出していて、西側以外は水田地帯になっており、長部城の周辺は当時湿地だったと思われます。「要害」から変化したであろう「龍ヶ谷(ゆうがい)」と呼ばれていた地であることからも、要害性が高いことが見てとれます。

 築城年代などの詳細は不明ですが、千葉一族である松澤氏が城主だったと伝わっています。松澤氏は千葉常胤の子、国分胤通の一族であると伝わり、松澤荘を領して「松澤」を名乗ったとされ、9代に渡り続いたともいわれています。

落城廃城の時期も不明ですが、天正18年(1590年)に千葉氏が属していた小田原北条氏の小田原城が陥落すると、それに伴い長部城も城としての役目を終えたと考えられます。

城内には戦国期と思われる空堀、土塁、櫓台などが残っています。特に、城内南東に残る櫓台からは、直下に通る街道や長部城の周辺を見渡すことができます。幕末に改変されているものの、土塁に囲まれた方形の曲輪なども良好に残っています。

 

【御城印のご説明】

現在、長部城は大原幽学記念館が建ち、史跡公園として管理されています。

幕末の農村指導者として名高い大原幽学は、尾張藩大道寺家の出身と伝わります。幽学は諸国を遊学した後、天保6年(1835年)以降は長部村名主遠藤氏の依頼を受け、長部城の跡地を活動の拠点にしました。幽学は、「先祖株組合」と呼ばれる世界初の農業組合をつくった人物です。さらに、道徳と経済の調和を基本とした「性学」という独自の思想のもと、長部村の農村改革を指導しました。

御城印は、幽学が指導に当たっていた教導所「改心楼」の絵図をモチーフにしました。また、この改心楼は長部城当時の要害地形が生かされていて、幽学自身も城の遺構である土塁や空堀、櫓台を好んで利用していたと伝わります。

しかし、人を集めていたこと、改心楼が城郭のように見えたことなどから、幽学は幕府の嫌疑を受け、取り調べられ、有罪となりました。そして、安政5年(1858年)3月、幽学は失意のうちに自害しました。

御城印は長部城の姿を残したまま建てられた改心楼の絵図をモチーフにするとともに、千葉一族の家紋「月星」、そして、要害性のわかる地図をデザインしました。

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【見広城のご説明】千葉県旭市

 見広城はかつての椿の海を臨む要害山と呼ばれる段丘上に築かれました。椿の海の北東に位置し、半島状の台地となっています。椿の海は江戸時代に鉄牛和尚が干拓し、干潟八万石と呼ばれる広大な水田地帯となりました。

 築城主、築城年代などの詳細は不明ですが、今に残る遺構は15世紀以降のものと考えられています。櫓台、空堀、土塁が良好に残り、堀添、桝形、矢通、新堀込、井堀など城と関連する地名も残っています。

 地元の伝承や、『海上郡誌』などによると、城主は嶋田三河守を名乗った一族とされ、周辺には「嶋田」姓が多く残ります。嶋田氏は千葉氏に属していたと考えられ、見広城の東8kmほどの距離に千葉氏の一族である海上氏の本城「中島城(海上城)」、見広城の北8kmほどの距離に千葉氏の一族東氏の城「沼闕城」があることからも海上氏と東氏との関係も推察できます。それぞれが連携して、機能していたと思われます。

 見広城の落城については諸説ありますが、永禄年間の正木時忠による下総侵攻の際に、落城したと考えられています。永禄3年(1560年)から永禄9年(1566年)にかけて正木軍が下総に侵攻し、各地で合戦がおきました。その際に、見広城は中島城などとともに攻められ落城したという記録が残ります。旭市野中の長禅寺本尊愛染明王坐像の胎内墨書銘によると、永禄8年(1565年)、長禅寺付近一帯で激しい戦闘があり、寺は猛火で全焼したと記されていて、この地域で戦闘行為があったことがわかります。

 正木氏の下総侵攻についても諸説あり、見広城が永禄年間以外にも正木氏の侵攻に際し、戦闘行為に及び、落城した可能性も指摘されています。

 見広城の南麓には「川岸田」という地名も残り、このあたりが「港津」であった可能性もあり、見広城が水運の掌握を担う側面もあったと指摘されています。

 

【御城印のご説明】

 見広城に隣接するように雷神社が鎮座しています。雷神社の地は小字が「東海道」で、そのことからもこの地が交通の要衝だったことが推察できます。雷神社の創建は不明ですが、延喜式にその名が見え、奈良時代にはすでに存在していたと思われます。

また、景行天皇が皇子であるヤマトタケルの追慕のために東国に下向し、椿の海を見下ろすこの地に立ち、一社を創建したとの伝説も残ります。この伝説からも、この地が古代からの水上交通の要衝であった姿が垣間見えます。御城印には地形のわかる地図をモチーフにし、城主と伝わる嶋田三河守の家紋「丸に三割り桜」と、主筋にあたる千葉一族の家紋「九曜」をデザインしました。


両方とも販売はこちら!

季楽里あさひ

〒289-2511

千葉県旭市イの5238番地

電話:0479-62-0888

9:00~17:00 年中無休


ネット販売
歴×トキHPにて 

 

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2021年9月21日 (火)

衣笠観光協会「三浦一族の足跡を追え!」ツアーのお知らせ

衣笠観光協会さんのイベントのお知らせです。
11月3日の祝日に開催。
鎌倉駅をスタートして、秋の鎌倉歴史探検にGO!!

頼朝が入る前、入った直後の鎌倉の姿を紐解きます✨
のあたびさんでも「はじまりの鎌倉」をテーマでやってますが、コースも違うので、以前参加した方でも楽しめます。
しかも!なんと!
山城ガールむつみと衣笠観光協会コラボ缶バッジのおまけ付き✨


歩くにいい季節。ぜひご一緒しましょう~♡
寿福寺、法華堂、勝長寿院などにいきますよ~

【参加者募集】歴史体験ウォーキングツアー「三浦一族の足跡を追え!(第1回)」 - 衣笠観光協会 (yokosuka-kanko.com)

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2021年9月17日 (金)

YouTube「~鎌倉殿の13人!三浦一族と源氏ゆかりの地~ 『山城ガールむつみの出陣のススメ!!「いざ!秘境神武寺へ!後編」』

YouTube新作のお知らせと、チャンネル登録キャンペーンのお知らせ♡

~鎌倉殿の13人!三浦一族と源氏ゆかりの地~
『山城ガールむつみの出陣のススメ!!「いざ!秘境神武寺へ!後編」』

(72) ~鎌倉殿の13人!三浦一族と源氏ゆかりの地~『山城ガールむつみの出陣のススメ!!「いざ!秘境神武寺へ!後編」』 - YouTube

今回のテーマは秘境神武寺(後編)
後編では池子石の石切場にも立ち寄り、見どころ満載!
神武寺は神奈川県逗子市にある天台宗の古刹です。鎌倉幕府の篤い信仰を受け、打倒平家のための調伏祈祷が行われたり、源実朝や政子が参詣したお寺です。
そして、戦国時代には戦火で全焼するなど戦いの記録が残る寺でもあり、城郭遺構があったとも考えられています。

水上交通と陸上交通の結節点で合ったと思われる神武寺の周辺は鎌倉幕府が開かれる以前から、源氏ゆかりの地でもありました。
頼朝のお父さん義朝の屋敷があり、頼朝のお兄さんの義平もここから戦いに出陣したとも伝わります。
どうして逗子に源氏ゆかりの地があるのでしょうか?
他にはどんな歴史が埋もれているのでしょうか?
一緒に歴史を紐解いていきましょう。
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」も先取りできちゃいますよ!

Youtube

そして、チャンネル登録キャンペーンを開始✨
チャンネル登録した方は「登録したよ」と私に言ってください。オリジナル缶バッジをプレゼントします♡
自己申告制です。
もし、登録してなくてもバレません笑
ゆるいキャンペーンです。

自己申告の仕方はなんでもOK
講座のとき、ツアーのとき、はたまた通販で何かをご注文されたとき、さらにはどっかで私を見かけたとき。
いつ声をかけられてもいいように毎日缶バッジを持ち歩くことにします(*^^)v

と、いうことでYouTube登録キャンペーン、ゆるいキャンペーンなので「ゆるキャン」開催中~♪
登録してなくてもバレないけど、できればちゃんと登録してね♡笑

 

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2021年9月12日 (日)

秋の講座のお知らせ!盛りだくさん!!

朝晩涼しくなって参りました!
山城シーズン、歴史ウォーキングのシーズンの到来です✨
と、いうことですでに決まってる年末までのイベントの告知です。
ここからまた増えますが、すでに山盛りです。
これを一人でこなすのか?!…というほどのボリューム。
ありがたいです♡頑張ります。
ふるってご参加くださいませ。

 

・砂町文化センターの講座
関東動乱の舞台を歩く!出陣のススメ!
講座情報 | 砂町文化センター | 公益財団法人 江東区文化コミュニティ財団 (kcf.or.jp)

・のあたび
鎌倉殿の13人の舞台を歩くシリーズ
鎌倉殿の13人先取りシリーズ | 地元出発ツアー のあたび (noatabi.co.jp)

・京急百貨店COTONOWA
山城ガールむつみの出陣のススメ
公式サイト - COTONOWA-京急百貨店がお届けする新しいコト体験‐コトノワ
サイト内、「山城ガールむつみ」で検索してください。

・KKR逗子松汀園
写真をご覧くださいませ。申し込みはKKR逗子松汀園まで!
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どれもこれも、違う楽しさが満載。
同じコースだとしてもいろんな仕掛けがあるので、毎回新鮮に楽しんでいただけます✨
では、ツアーでお会いしましょう✨

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2021年9月10日 (金)

千葉ポートタワーに「山城ガールむつみコーナー」が誕生!!

9月30日から千葉県千葉市にあるポートタワーにて、千葉城郭保存活用会による千葉県のお城や歴史の魅力発信のための展示が開始となります!そのスペースをプロデュースさせていただきました✨
「山城ガールむつみコーナー」の登場です(*^^)v

コーナーの内容は、私がつくった江戸湾をめぐる歴史のパネル4枚の掲示と、千葉県内いくつかの御城印の販売になります。

常設展示ですので、ポートタワーが開いてる限り、いつ遊びに行っても歴史展示コーナーを楽しむことができます。
千葉ポートタワーでの戦国江戸湾をめぐる御城印販売開始のお知らせ/千葉県公式観光情報サイト-まるごとe! ちば- (maruchiba.jp)

ポートタワーは、江戸湾の付け根に位置しているので、タワーの上から海を見ると、まるで江戸湾を手に入れた海賊気分です✨三浦半島もすべて見渡せて、房総半島から三浦一族の本拠地を見るのもこれまた新鮮💛

海賊とは、映画のパーレーツとは全く違い、船舶を操り、水上の運搬や漁などを生業とする集団のことです。
彼らは有事の際には、武家から雇われ戦いのために船を海に漕ぎ出しました。
そんな彼らが主役となり繰り広げた江戸湾中世の戦国史をパネルに楽しくわかりやすく書きました✨
ポートタワーの情報がこちらから。
千葉ポートタワー | オフィシャルホームページ (chiba-porttower.com)

ぜひ、足をお運びください♡
ちなみに9月30日は私も現地にお邪魔します✨

そして、にゃんと!!
新しいキャラクターのお披露目です。
ポートタワーのパネルが新キャラクターのデビューの場となりました。
こちらです!にゃんともカワイイ💛たまんにゃい!
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2021年8月29日 (日)

京急百貨店COTONOWA新講座のお知らせと「はまかぜ新聞」掲載のお知らせ

お知らせをふたつ✨

京急百貨店COTONOWAの新講座。サイト内で山城ガールで検索ください♪

9月は洲崎古戦場と梶原氏ゆかりの「梶原」エリア、10月は和田氏と梶原氏ゆかりの「深沢」と「笛田」エリア!、11月は梶原氏と三浦氏ゆかりの「寒川」エリアです!絶対楽しい(笑)!✨
申し込みは9/11から。

https://www.cotonowa.jp/cotonowa/asp-webapp/web/WTopPage.do



4月に開催された横須賀市観光協会主催の三浦一族タクシーツアーが「はまかぜ」に掲載されました。ネットでも読めます✨
https://www.hamakaze.com/yokosuka_miura/20190621/

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2021年8月26日 (木)

新しい御城印発行のお知らせ・千葉県銚子市の中島城と飯沼陣屋

新しい御城印の発行のお知らせです。
神奈川県大和市の深見城、千葉県銚子市の中島城と飯沼陣屋です。
両方ともデザインと同封の説明文を書かせていただきました。
3城とも歴×トキにて通販取り扱います。



詳細は以下です✨
どのお城も歴史が満載で楽しいお城。
御城印で楽しむのもよし、現地で歴史めぐりするのもよし。

それぞれに楽しんでください✨
下に詳細など載せておきます。

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販売開始は8月27日(金)ですが、土日祝がお休みなので、お気をつけください!

名称:松代印刷株式会社
住所:神奈川県大和市南林間1-7-9(3階)
営業時間:平日のみ営業9:00~17:00 土日祝休み

(その他、正月・お盆等の休みあり)

TEL:046-276-5151


【深見城のご説明】神奈川県大和市

 深見城は大和市の北東、横浜市瀬谷区との境に位置し、蛇行する境川に突き出した半島状の急崖上に築かれました。

発掘調査では13世紀初頭から14世紀にかけての遺物も検出されていて、詳細は不明ながらも、この台地が鎌倉時代から何らかの形で使用されていたことがわかっています。

地元では古くから山田伊賀守経光の城であるとの伝承もあります。この人物は宝徳年間(1449-1452)に境川対岸の瀬谷郷にいたことがわかっているものの、深見城との関連は不明です。

現地に残る遺構は、クランクを多用し、横矢が掛かる複雑な構造となっていて、その形態から15世紀から16世紀後半にかけて機能していたと考えられます。

永正年間以降、北条早雲(伊勢宗瑞)が相模国を手中に収めようと軍事行動を具体化させます。その意思を氏照、氏康らが引き継ぎ、扇谷上杉氏との抗争が起きる中で、深見城が小田原北条氏の陣城、駐屯用などの繋ぎの城として取り立てたとも推察されています。

この深見の地は交通の要衝に当たります。境川の水運はもちろんのこと、武蔵国と相模国の大動脈であった矢倉沢往還と鎌倉往還が通り、戦国期になると滝山城(八王子市)と玉縄城(鎌倉市)を結ぶ滝山街道が整備されました。その結節点にあたる下鶴間には、「宿」の小字が残っていて、宿場の機能を持つ集落があったと思われます。深見城が築かれた城ヶ岡には「一ノ関」という呼称も残り、古くから交通、軍事の要衝地であったことを連想させます。

 

【御城印のご説明】

深見城の発掘調査では、室町時代と思われる風炉や香炉などの遺物も検出されています。風炉は持ち運びができる炉で、上に釜を置いてお湯を沸かしました。御城印には風炉に描かれていた花びらのような模様をモチーフにしました。生活用品はあまり出土せず、かわりに火舎(火鉢)が検出されていて、駐屯の際に使用された可能性も指摘されています。

深見城は中世城郭としての遺構の残り具合は神奈川県下でも有数の城郭といえ、主郭に2カ所設けられた虎口の前面には馬出が配置され、横矢が多用された特徴的な縄張りになっています。御城印は、深見城の縄張図とジオラマをモチーフにしました。さらに城域の南端には、物見に使用していた櫓台と思われる高まりがあるため、ジオラマには櫓を描くとともに、小田原北条氏の家紋「三つ鱗」をデザインしました。馬出は北条氏特有の角馬出になっていることからも北条氏との関連が考えられます。



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中島城と飯沼陣屋の販売開始情報はコチラ
販売開始は8月28日(土)
販売場所
名称:銚子観光案内所
住所:千葉県銚子市西芝町1438(JR銚子駅構内)
営業時間:8:45~17:00 年中無休 
TEL:0479-22-1544

【中島城のご説明】千葉県銚子市

中島城は利根川に面する標高40mほどの台地に築かれ、東西約500m、南北約400mを城域とする大規模城郭です。中世には香取の海に面する水運の要衝地にあたり、千葉一族海上氏の居城と考えられていて、戦国期には千葉氏の下総統治の拠点のひとつだったと思われます。

周辺に残る海上氏ゆかりの寺院には、鎌倉期の仏像が安置されており、また、周辺からは鎌倉時代の経筒も出土しています。これらのことからも、すでに鎌倉期には海上氏がこの地域を本拠地にしていたと考えられていますが、折れを伴う空堀などの遺構から、現在の形態は戦国期の城郭であると思われます。空堀の一部には湿地となっている箇所もあり、中世城郭には珍しい台地上の帯曲輪部分に水堀の存在が指摘される貴重な城です。

海上氏は平安期に両総平氏の常衡、常幹父子を祖として歴史舞台に登場しましたが、まもなく衰退しました。鎌倉時代になると、源頼朝の幕府樹立に貢献した千葉常胤の子、胤頼から始まる東氏の庶流が海上庄を領して、海上氏を名乗りました。そして、室町期には鎌倉公方の奉公衆となり、勢力を拡大していきました。

戦国期になると、千葉宗家当主昌胤の庶子だった胤富が婿として海上氏を継ぎ、森山城(香取市)に入りました。その後、胤富が千葉宗家に戻り、当主として本佐倉城に入りましたが、胤富との関係からその後も中島城や森山城は整備拡張されたと考えられます。

城内の堀跡と思われる箇所から大量の石塔が出土しており、詳細は不明ながらも、永禄年間には正木氏による下総侵攻、そして天正18年には千葉氏が属していた北条氏の小田原城が落城するなどの流れの中で中島城も落城し、破城された可能性もあると考えられています。

 

【御城印のご説明】

海上氏は「鶴の丸」を紋としていました。平安時代末期に、源頼朝から海上常幹が鶴亀のついた扇を下賜されて以来、海上氏の紋として「鶴の丸」が使用されていたといいます。千葉胤富の印判として有名な「鶴丸型黒印」は、当初、海上氏を継いだ胤富が海上氏の「鶴の丸」に基づいて作成したものと考えられています。御城印は胤富の鶴丸の印判と、千葉一族の家紋「九曜」をモチーフにしました。

中島城は香取の海に面する水運の重要地であり、周辺には津が点在していました。御城印には、野尻や高田といった中島城と関連する湊集落がわかる地図をデザインしました。これらの湊を拠点に活動する戦国期の流通商人の存在も確認されていて、その代表格が「宮内清右ヱ門」であり、城下には「みやせい」という地名も残ります。水運を介した流通商人も中島城とともに海上氏発展の一因を担っていたのです。



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【飯沼陣屋のご説明】千葉県銚子市

飯沼陣屋は下総国海上郡飯沼村(現在の銚子市陣屋町)に置かれた上野国高崎藩の陣屋です。現在の陣屋公園一帯に相当します。

海上郡周辺は、中世には香取の海が広がる水運の要衝地でした。平安時代から戦国時代にかけては、千葉一族である海上氏が領地としていました。海上氏は銚子周辺に中島城などの城を築き、円福寺などの寺院も保護し、勢力を拡大していきました。

しかし、海上氏が小田原北条氏とともに没落すると、徳川家康配下の松平(五井)伊昌(これまさ)が下総国に入封、海上郡内4000石を加増され、銚子に陣屋を築いたとされます。五井松平氏の陣屋の場所は定かではありませんが、後の高崎藩銚子陣屋と同じ場所だった可能性も指摘されています。陣屋は、五井松平氏の遠江国移封により、廃されました。

そして、その後、高崎藩の出張陣屋として築かれたのが飯沼陣屋です。松平(大河内)輝貞が享保2年(1717年)に高崎に入った際、海上郡の7村を与えられ、陣屋を築いたとされます。以来、明治まで高崎藩の出張陣屋として存続しました。

陣屋周辺には水堀がめぐらされ、長方形の区画に長屋門、役所などが配置されていたといいます。

 

【御城印のご説明】

高崎藩は約150年間にわたり、銚子を統治しました。郡奉行1人、代官2名を銚子に派遣し、領内の年貢の徴収や治安維持に当たらせました。御城印は、弘化4年(1847年)に描かれた『高崎藩銚子陣屋地図』をモチーフにしました。陣屋の屋敷の配置や、陣屋を囲む水堀などが描かれ、当時の姿を今に伝えています。

また、江戸時代になると利根水運が江戸に通じるようになり、銚子は江戸への中継港となりました。そのため、東北諸藩の船や日本海から江戸に向かう北前船も銚子に寄港し、銚子の町は発展しました。その船と渡辺崋山が描いた銚子の町をモチーフにしました。

崋山は文政8年(1825年)に武蔵、常陸、下総、上総めぐりの旅に出ました。そのとき、崋山が描いた『四州真景図巻』が残っていて、銚子の海や町も描かれています。「新町大手、奉行屋敷」と書かれた絵は、陣屋周辺を描いたものと思われていて、酒屋の土蔵や、陣屋の門、高札などが描かれ、銚子の活気を感じることができます。


中島城と飯沼陣屋の販売場所はコチラ
名称:銚子観光案内所
住所:千葉県銚子市西芝町1438(JR銚子駅構内)
営業時間:8:45~17:00 年中無休 ※専用駐車場無
TEL:0479-22-1544





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2021年8月23日 (月)

youtube~鎌倉殿の13人!三浦一族と源氏ゆかりの地~ 『山城ガールむつみの出陣のススメ!!「いざ!秘境神武寺へ!前編」』

新しい youtube動画をアップしましたので、お知らせです✨
https://youtu.be/Fwr8IAJX5YU

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今回のテーマは秘境神武寺(前編)
神武寺は神奈川県逗子市にある天台宗の古刹です。鎌倉幕府の篤い信仰を受け、打倒平家のための調伏祈祷が行われたり、源実朝や政子が参詣したお寺です。
そして、戦国時代には戦火で全焼するなど戦いの記録が残る寺でもあり、城郭遺構があったとも考えられています。

水上交通と陸上交通の結節点で合ったと思われる神武寺の周辺は鎌倉幕府が開かれる以前から、源氏ゆかりの地でもありました。
頼朝のお父さん義朝の屋敷があり、頼朝のお兄さんの義平もここから戦いに出陣したとも伝わります。
どうして逗子に源氏ゆかりの地があるのでしょうか?
他にはどんな歴史が埋もれているのでしょうか?
一緒に歴史を紐解いていきましょう。
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」も先取りできちゃいますよ!
よろしければご覧ください❤️




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2021年8月16日 (月)

頼朝挙兵!いざ、旗揚げの地「韮山」へ!

行ってきました。
山城ガールむつみ×のあたび「鎌倉殿の13人」先取りツアー!!

今回は伊豆の韮山に行ってきました。頼朝の旗揚げの当日の足跡をたどりました✨
天気も良くて楽しかったー!
バスツアーなので、バスの中でもたくさんお話しさせていただきましたよ。

今回のコースは頼朝の屋敷があったとの伝承が残る蛭ヶ小島の歴史公園からスタート。
実際は蛭ヶ小島ではなく、頼朝の屋敷の候補地は願成就院の近くの光照寺といわれてます。

でも、やはり蛭ヶ小島という名は歴史ロマン満載なので、ここからスタート!
今回は挙兵した治承4年(1180)8月17日当日を再現しますので、まずは鬨の声!
えいえいおー!皆のもの!山木の館に出陣じゃー!
から始めさせていただきました。

みなさま、ちゃんと「おーっ!」してくれて感激♡
一人参加の方がほとんどでしたが、同じ趣味の元に集結した方々は息もバッチリ!


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まず目指すは、山木兼隆に屋敷です。
伊豆国の代官だった兼隆は桓武平氏大掾氏の庶流の出といわれています。
まずは、伊豆の国を管理する役人を襲撃することで挙兵の狼煙を上げましょう!

兼隆と頼朝の政子の三角関係がよく言われますが、政子と頼朝が相愛になったときには兼隆は京都にいたので、後のフィクションでしょう。ただ、頼朝と子をもうけた政子を政子のお父さんの北条時政が無理矢理に兼隆に嫁がせようとした可能性はあるので。そのへんと混同して話ができたのかもしれませんね。

では、兼隆の屋敷へ!時間は夜中の0時過ぎの設定です。



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兼隆 の屋敷があったとされる谷の一番奥には兼隆の菩提寺「香山寺」があります。兼隆の屋敷地は不明なんですが、候補地の1つが谷の入り口にある高台です。わたしもココが一番怪しいと思ってます。
高さにして8m~10mのくらいですが、谷野入り口にあたる見晴らしのいい高台になります。まずは、この周辺の地形を見ながら思いを馳せました。


韮山に何度か足を運んでる方も、こんなに地形みながらゆっくり歩いたのは初めて!と喜んでくれました。
のあたびと私は、バスツアーでもじっくり自分の脚で感じて楽しんでいただきたいという思いから、現地をストーリーに沿って堪能していただくコースを作ってます✨

なので、

バスツアーだからラクだと思ってたのにこんなに歩くの!?
と喜ばれる(笑)こともありますが、それが歴史探検の醍醐味ですから♡

ということで、兼隆の屋敷、香山寺、お昼ご飯と回った後は、願成就院、守山砦、堀越公方関連の色々etc…
という感じで韮山で丸一日楽しみました!


さらに、バスで移動して伊豆パノラマパークへ。
ここからは韮山を取り囲む山脈や狩野川、集落、すべてが見えます。
今日のおさらいとして、山の上から韮山を眺めて、最高の締めくくりになりました。

もちろん帰りのバスでも、寝かせないほどに喋りましたよ✨
楽しかったー!

今回は同じコースで2回やりましたが、また、同じ韮山コースも開催する予定なのでまだ参加してない方、もう一度参加したい方はぜひまたいきましょう!

そして次のコースは、石橋山の合戦です!

韮山で挙兵した頼朝軍は東に歩を進めます。小田原にある石橋山で起きた戦いが次回のテーマです。
次は、戦った合戦地と頼朝が逃げた足跡もたどります✨
これまた面白いですよ♡
詳細は以下のHPにて。
鎌倉殿の13人先取りシリーズ | 地元出発ツアー のあたび (noatabi.co.jp)





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2021年8月 9日 (月)

柏市の講演会

7月22日の海の日に、柏市「アミュゼ柏」のクリスタルホールで講演させていただきました。
海の日に山城の話🗻
ホールでの独演会、緊張しましたが楽しかったです✨

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各地域が歴史と城で繋がることができる面白さなんかもお話しさせていただきました✨
柏は千葉一族の相馬氏ゆかりの地。なので、相馬氏の鎌倉の痕跡もお話しさせていただきました。
繋がるって楽しい。

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今回は「手賀沼と松ヶ崎城の歴史を考える会」さんからお話いただきました。
松ヶ崎城は北柏駅から徒歩5分くらい。都市部にありながら、とっても遺構の残りがいい素晴らしいお城です。
会の方、所有者さん、柏市の職員の方々のご尽力があり、今の状態で残されました。

お城があるということ、そこに素晴らしい歴史があるということ、そういうことをちゃんと発信しないとお城も歴史も残りません。
そのために何か協力できればいいなと思います。

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今回の講演でもそういった想いもお話しさせていただきました。
撮影したので、今度youtubeとかでも動画をアップしたいなと思ってます。そしたら聴いてみてくださいませ♪

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2021年8月 3日 (火)

調布FM出演のお知らせ

調布FMの深夜に登場します。今回は鎌倉殿の13人の話とかしました。曲のリクエストもさせていただき、一曲選びました!
ラジオを83.8にあわせて下さいませ✨

調布FM (chofu-fm.com)

8月4日の24:45-25:00からのGSMチャンネルという番組。

 

ネットラジオなら、全国どこでも聴けます。

ただ、リアルタイムのみですので、この時間しか聴けません!遅くまで眠い目をこすりながらお聴きください~♡

web経由で調布FMを聞く方法(リアルタイム放送)

ListenRadio(リスラジ) - ラジオ音楽番組・BGMが聞き放題の無料サービス
上のListenRadio(リスラジ)のバナーをクリックし、

全国のラジオ局 → 関東 → 調布FM をクリックしてください。

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2021年8月 2日 (月)

雑誌掲載のお知らせ

月刊WILL9月号に登場させていただきましたー!
グラビアですよ♡

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記事は書いてませんが、写真とキャラクター入りで登場✨
本屋さんにありまーす。

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2021年7月30日 (金)

新デザインの御城印のお披露目✨

新しいデザインの御城印です✨

今回は千葉県袖ケ浦市「蔵波城」、佐倉市「小篠塚城」、香取市「小見川陣屋」です。
どれもカッコイイですよ。自分で言う♡

お城の紹介と、販売情報など載せておきまーす。
ちなみに歴×トキで通販取り扱うのは、小篠塚城と小見川陣屋です。蔵波城は通販取り扱いしません。
それぞれ、販売日にもばらつきがありますのでご注意ください!


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販売開始は8月1日(日曜)です

・一般社団法人袖ケ浦市観光協会

所在地  千葉県袖ケ浦市坂戸市場1-1(市役所5階)

TEL  0438-62-3436

営業時間 8:30~17:15

休業日  土日、祝日、年末年始

 

 

・FARM COURT袖ケ浦

所在地  千葉県袖ケ浦市袖ケ浦駅前1-39-12

TEL  0438-97-7855

営業時間 9:00~20:30

休業日  年末年始

 

・袖ケ浦公園 レストハウス菖蒲

所在地  千葉県袖ケ浦市飯富2360

TEL  0438-63-2118

営業時間 10:00~16:00

休業日  水曜、年末年始、悪天候

 

・Yショップつるや

所在地  千葉県袖ケ浦市蔵波26-1

TEL  0438-62-8516

営業時間 10:00~18:00

休業日  日曜、祝日、年末年始



《蔵波城のご説明》千葉県袖ケ浦市

蔵波城は築城年代や築城主などの詳細は不明ですが、近接する久保田城とともに、椎津城の支城だったともいわれていて、後に里見氏の城として、対北条氏の前線基地の役割を持っていたと考えられます。

蔵波城は椎津から木更津に通じる海岸沿いの街道を押え、さらに北側には長南、真里谷に通じるルートが存在する重要な地でした。そのため、蔵波周辺は上総武田氏、千葉氏、小田原北条氏、里見氏の抗争の舞台となりました。

東京湾に面した丘陵に築かれ、周囲には「殿畑(とのはた)」「宿畑(しくはた)」といった地名が残っています。開発により城跡のほとんどが崩され、現在は蔵波八幡神社が建つ丘陵部分(現在の蔵波小鳥の森)を残すのみですが、かつてはここから北に向かって、城域が展開していました。

蔵波城の西側は海が迫り、南側には防御の役目を担っていたと思われる蔵波川が流れていることからも、蔵波城が築かれた丘陵が要害の地であったことが見て取れます。

蔵波周辺には14世紀からの中世集団墓地が発見された神田遺跡をはじめ、五輪塔等の中世石塔物が多く残り、湊町として早くから栄えていたことがわかります。そのため、対岸の海賊衆から略奪にあうこともあり、武蔵国坂本村(現横浜市)の寺に「もと上総国望陀郡蔵波村八幡社の鐘」があったという伝えもあります。蔵波城は、早くから里見氏の経済拠点である蔵波湊の守護としても重要な場所でした。

蔵波城から北東約2kmの距離にある久保田城は、天正14年(1586年)頃には北条氏が支配し、整備を繰り返していたことが資料にあり、非常に近い位置で里見氏と北条氏が対峙していたことがわかります。

船戦の戦況を報告する書状も残っていて、蔵波城の前面の海で里見方と北条方が船戦を繰り広げ、北条方が勝利したことがわかっています。まさに蔵波城は戦国時代の江戸湾攻防の歴史を物語る城といえます。

《御城印デザインのご説明》

蔵波城と目と鼻の先の距離に築かれた久保田城、この両城の位置がわかる地図を御城印にデザインしました。そして、里見氏の家紋「二つ引両」を配置しました。

東京湾に面している袖ケ浦は、いつの時代においても海上交通の要衝にあたりました。さらに鎌倉街道も近くを通るため、周辺には古くからの伝承が数多く残ります。

江戸時代には浮世絵にも描かれ、美しい景色を誇った袖ケ浦周辺の沿岸部は、中世には戦いの舞台になりました。御城印には袖ケ浦からの風光明媚な景色をモチーフにするとともに、海を行き交う船を描きました。

 



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販売開始は7月31日(土曜)です

販売場所

・京成佐倉駅前観光案内所

千葉県佐倉市栄町8番地7(佐倉市観光協会内)

043-486-6000

8:30~17:00

年中無休(年末年始は除く)

 

・JR佐倉駅前観光情報センター

千葉県佐倉市六崎169-17

043-485-9700

9:00~17:00

休業日:12月29日~1月3日

・ふるさと広場売店「佐蘭花」

千葉県佐倉市臼井田2714

午前9時~午後5時

年中無休(年末年始は除く)

《小篠塚城のご説明》千葉県佐倉市

小篠塚城は、印旛沼への最大流入河川である鹿島川に面した半島状の台地先端に築かれました。一部、発掘調査が行われていて、古墳時代の住居跡も検出されています。

小篠塚城の築城年代などの詳細は不明ですが、16世紀中頃から末頃と考えられる遺構が良好に残っています。現在は正慧寺(しょうけいじ)とその塔頭安養院が城内に建っています。

平安時代から鎌倉時代の初めには、小篠塚城の周辺は印東氏の領地でした。その後は、千葉氏の領地になり、15世紀前半には平河氏と宍倉氏が知行していたことがわかっています。

享徳3年(1454年)に鎌倉公方足利成氏が関東管領の上杉憲忠を謀殺。これにより、享徳の乱が起きました。

転戦中に本拠地鎌倉を占拠された成氏は鎌倉に入ることができず、古河城に入り、以後、古河公方と呼ばれるようになりました。享徳の乱の終結後も動乱が続き、文亀2年(1502年)から永正元年(1504年)までの間、成氏の跡を継いで2代古河公方となった政氏とその子である高基が小篠塚城に動座しました。動座した理由は定かではありませんが、その頃、政氏と千葉孝胤(のりたね)は関係が悪化していたともいわれていて、小篠塚城は当時の状況を考える鍵になる重要な城といえます。

 

 

《御城印デザインのご説明》

御城印には小篠塚城に動座した古河公方足利政氏、高基のそれぞれの花押をデザインしました。あわせて、初代足利公方成氏の花押もデザインしましまた。成氏の居城であった古河城が文明3年(1471年)に攻められ占拠された際、成氏が頼ったのは千葉孝胤(のりたね)でした。成氏は小篠塚城には入っていないと考えられていますが、小篠塚城は千葉氏ゆかりの城のため、この地域と古河公方の関係の深さが偲ばれます。

足利氏の家紋「二つ引両」と、古河公方を支援した千葉氏の家紋「月星」を描きました。

さらに御城印には、小篠塚城に動座した古河公方足利政氏、高基父子を描いた絵(正慧寺ご提供)をモチーフにしました。

 

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販売開始は7月31日(土曜)です

道の駅水の郷さわら

千葉県香取市イ3981-2

電話0478-50-1183

営業時間 8時から18時 年中無休

 

寺嶋陶苑(てらじまとうえん)

千葉県香取市小見川268

電話0478-82-2322

営業時間 8時30分から18時30分 水曜日定休



《小見川陣屋のご説明》千葉県香取市

小見川陣屋は現在の小見川中央小学校の地に築かれた小見川藩の陣屋です。南北175m、東西150mほどの規模で、その敷地は黒部川河畔まで広がっていました。

徳川家康が関東に入ると、家康の家臣松平家忠が小見川に入封しましたが、家忠は関ヶ原の戦いの前哨戦である伏見城の戦いで戦死しました。その後、土井利勝、安藤重信らが入るも、安藤氏の移封を受けて廃藩となりました。

寛永16年(1639年)に内田正信が下総国、常陸国で加増され大名になり、小見川藩主となりました。正信の死後、元禄元年(1688年)に小見川陣屋が置かれました。当初、内田氏の居所は下野国鹿沼でしたが、享保9年(1724年)に小見川に移り、小見川藩が再立藩され、以後明治まで内田氏は一万石の大名として存続しました。

小見川は香取の海に直結する水運の要衝のため、すでに鎌倉時代には千葉一族である粟飯原氏が領地としていたとも伝わっています。戦国時代になると、粟飯原氏が小見川城(現小見川城山公園)を築きますが、対抗勢力であった里見方の正木氏が下総国に侵出し、小見川城を攻撃。その際、正木方が小見川城攻めの陣城である橋向城を築いたのが後の小見川陣屋の地にあたります。

 

《御城印デザインのご説明》

小見川藩1万石の譜代大名内田氏は、遠江国内田郷に起源を持ち、今川氏、徳川氏に仕えました。慶安4年(1651年)、徳川家光の病死に際し、当時の当主正信は殉死を遂げました。その後を継いだ正衆(まさもろ)以降も、用水堰の整備などに尽力し、小見川を発展に導きました。御城印には内田氏の家紋「内田久留子(くるす)」を配置しました。

古くから水運の要衝だった小見川は、江戸時代には利根川舟運の河港として栄えました。陣屋にも黒部川から水路を引き込み、船着き場が設けられていました。このような陣屋は全国的にも珍しく、小見川陣屋の特徴といえます。御城印は繁栄を偲ばせる当時の陣屋の絵図をモチーフにし、小見川中央小学校の校舎の上に飾られていた鯱(しゃちほこ)をデザインしました。これは、江戸時代のものと推定されていて、明治16年に建設された第一校舎棟上に飾られていたものです。その校舎の解体にあたり屋根から下ろされ保管されています。

 

 

 

 

 






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2021年7月27日 (火)

youtube~鎌倉殿の13人!三浦一族と源氏ゆかりの地~ 『山城ガールむつみの出陣のススメ!!「いざ!小坪合戦へ!」』

ついにyoutubeチャンネル開設しました。
1本つくるのにかなり時間がかかるため、そんなにしょっちゅうはアップできませんが、ぼちぼち動画作っていくつもりです。

どうぞチャンネル登録よろしくお願いしまーす✨

チャンネル名
『山城ガールむつみの「むっチャンネル」』

視聴とチャンネル登録はコチラから
↓  ↓  ↓  ↓  ↓
(2) 山城ガールむつみの出陣のススメ!!「いざ!小坪合戦へ」 - YouTube


最初の動画は「いざ、小坪合戦へ!」です。
韮山での頼朝の挙兵、そして頼朝軍が大庭景親率いる平家の軍勢と戦い負けた石橋山合戦。
その頃、頼朝と合流すべく進軍していた三浦一族が平家方の畠山重忠軍と戦ったのが小坪合戦です。

では一緒に出陣してみましょう~♡

あと、7月30日のbayFM(78.0)18:45~の「みんなのチカラ千葉」に出ます。収録でしたが、登場すると思いますので聴いてみてください♪

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2021年7月24日 (土)

LINEオフィシャルアカウント開設のお知らせ

LINEのオフィシャルアカウントを開設しました。
LINEで

@yamajirogirl

こちらで検索ください✨

今後はこちらでいろんな情報も発信させていただきます。

よろしくご登録くださいませ♡

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2021年7月11日 (日)

クラブツーリズムツアー「三崎城&浦賀城」のお知らせ

まだまだ先なのでどうなるかわかりませんが、もしよろしければ♡
私が新宿から一緒にバスの中でも楽しく歴史の旅に誘います✨

<歴史への旅>『素敵な御城印付でめぐる 山城ガールむつみの出陣ノススメ いざ、三崎城&浦賀城へ 日帰り』【新宿出発】<22名様限定/バス1人2席>|クラブツーリズム (club-t.com)

10月3日です。歩くにはいい季節!

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2021年7月 7日 (水)

歴史を使った町おこしin多古町


千葉県多古町で山城を使って、この一年の間にいろいろと楽しいことをやらせていただきました。
御城印を12城も出したり、またその発行のお城を当てるキャンペーンをしたり、ツアーやったり、講演やったり。
少しずつ、多古の歴史とお城の素晴らしさが広がってきた気がします✨

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講演会もやらせていただきました✨

多古町には千田荘という荘園があり、鎌倉時代には千葉宗家の領地になってました。
千葉氏は佐賀県小城に領地を持っていた関係で、元寇のときには九州でモンゴル軍と戦いました。そのときの当主頼胤が九州で没すると、頼胤の子である宗胤が九州に赴任。その隙に、下総の本拠地には宗胤の弟の胤宗が入り込み勢力を拡大して行きました。
(名前がややこしい!)
そんな一族の内紛の舞台になったのが多古です。

さらには、享徳の乱(1454)に端を発したいざこざの中で、千葉宗家が滅びるのも多古です。
とにかく、多古には面白くも浪漫満載の歴史が埋もれているのです✨

そういう歴史を楽しく伝えたいなと。
歴史を知らないとその土地を愛せないですから。
楽しいだけじゃなくて、コアな歴史をしっかりと伝えたい。軽くミーハーになりすぎないように。でも、難しくなく分かりやすく裾野も広げたい。そんな考えの中、御城印にしっかりと想いと歴史を載せて発信することを心掛けてきました。

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多古城郭保存活用会の高坂会長と。
おかげさまで、多古町では防災無線で山城の情報や私のイベントの告知も流していただくなど、有難いご協力のもと、御城印12城が完成しました。
これからももっと整備を進めて、多古の町民に町の歴史に誇りを持っていただけるよう、また外から訪れてくれた方々が多古の良さを分かってくれるよう取り組みを続けて行きたいと思います♪

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多古の所一重町長にも大変お世話になりました❤ありがとうございます。
多古町さんは御城印出すたびに、道の駅に設置する幟を作ってくれました!🙌

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匝瑳市の都祭広一議員にもジャンケン大会に来ていただきました✨
広域連携しながら、歴史と城で繋がって行けたら楽しいなと思います^_^

道の駅多古では、御城印12城完成の記念切符が枚数限定で販売中でーす。
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ちらもぜひ♪

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2021年6月30日 (水)

歴史を使った町おこしin富津市


金谷城、限定公開のお知らせ✨
富津市金谷城と佐貫城の御城印が発行されました。富津市では造海城と飯野陣屋がすでに発行されてますので、これで4城目の御城印です。
デザインと同封の説明文、やらせていただきました。

金谷城は現在TJKリゾートさんの敷地になっていて入れませんが、今回の御城印発行を受けて、歴史や城の掘り起こし&観光活用という趣旨にご賛同いただき、限定公開が実現しました🙌
やったー!

と、いうことでまずは7月に2回だけ限定公開されます。日にちや時間など、詳細は富津市観光協会さんのホームページをご覧ください^_^

秋以降の公開は未定です。
ご都合つく方、四脚門が検出したあたりまで見せていただけますのでぜひ足をお運びください☺️

金谷港フェリー降りたら目の前の山ですよ⛰

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2021年6月25日 (金)

6月の御城印完成のお知らせ

また今月も新しい御城印が販売になりますのでお知らせです。
金谷城、佐貫城、多古藩陣屋は6月26日(土)から販売開始です。

成東城のみ6月28日(月)販売開始。


デザインと説明文やらせていただきました。
4城とも歴×トキにて通販取り扱いとなります✨

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金谷城

公益財団法人 鋸山美術館

住所 千葉県富津市金谷2146-1

TEL 0439-69-8111

営業時間10:00-から17:00(最終入館16:30)

金谷城は鋸山から北に伸びる丘陵に築かれました。眼前には浦賀水道が広がり、さらには上総国と安房国の境に当たる要衝の地です。東京湾を挟んで、三浦半島を指呼の距離に臨むことができ、金谷城は諸勢力の水軍拠点の海城として使用されていたと推察されます。
築城主や築城年代は不明ですが、天文年間(1532年~1555年)初頭の段階では、里見実堯の居城であったと考えられています。
史料上の初見は、天文22年(1553年)の文書で、それによると里見氏の庇護を受けていた妙本寺(鋸南町)の住持日我が戦乱から逃れるために、金谷城に経典などを運び込んで避難するも戦火で焼失したといいます。里見氏の庇護する妙本寺の住持が金谷城に避難していることから、金谷城が当時、里見方の城だったことがわかります。

その後、金谷城は内房正木氏の管理下に置かれたと考えられます。正木氏は小田原北条氏に属していた時期もあり、その際は金谷城も北条方の城となりました。詳細は不明ですが、正木氏が再度里見氏に属すようになると、金谷城は里見方の城として機能したと思われます。
佐貫城、造海城、勝山城が里見氏の拠点として整備されていくと、金谷城は造海城の支城として連携し存続していったと推測できます。

現在、城址にはリゾート施設が建ち、当時の城の姿は失われているものの、その立地から戦国期には里見氏、小田原北条氏の紛争の舞台であったことが見て取れます。

《御城印デザインのご説明》
金谷城の御城印は、この地域のシンボルである鋸山をモチーフにしました。
金谷城は開発の際に発掘調査が行われ、たくさんの遺構と遺物が検出されています。調査によると、中心になる時期は16世紀前半から中頃と考えられていて、礎石や掘立柱建物が数棟見つかっています。切石を積んだ石積や、岩盤を削って造られた石塁などが見つかっています。虎口は岩盤を削り精巧に造られ、検出された柱穴から四脚門を伴った虎口だともいわれています。それらにより、城主や代官が常駐していた城の可能性も指摘されています。
御城印には検出された石積みや虎口をデザインしました。

 


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佐貫城(上総国)

有限会社 宮醤油店

TEL0439-66-0003

千葉県富津市佐貫247

営業時間 9:00-17:00

年中無休(大晦日正月3が日を除く)

佐貫城は染川とその支流の北上川に囲まれた丘陵に築かれました。16世紀前半には、上総武田氏の拠点の一つだったと考えられています。永正4年(1507年)の佐貫鶴峰八幡神社再興棟札には、大旦那として武田氏の名が書かれていることからも、武田氏と佐貫の関係が指摘されています。
その後、武田氏の内紛に介入した里見氏と小田原北条氏の争いがおき、佐貫城も両勢力の戦いの舞台になりました。天文14年(1545年)頃には里見氏の城となり、当主である義堯が居城としていましたが、北条氏が佐貫城を囲み、里見方は北条氏が囲みを解くまでの1ヶ月近くを籠城戦で凌いだといいます。しかし、天文年間の終わり頃にはついに佐貫城が落とされ、義堯は久留里城に移ったとされています。
永禄6年(1563年)には北条氏が擁立した古河公方足利義氏が佐貫城に入っていることからも、北条氏がいかに佐貫城を重要視していたかがわかります。この後、里見氏と北条氏が江戸湾を挟んで佐貫城を巡り熾烈な戦いを繰り広げます。その過程で佐貫城は再び里見氏の城となり、里見氏の本拠が岡本城(南房総市)に移ると佐貫城は里見方の一拠点として存続していきました。

天正18年(1590年)の小田原合戦以降、関東に徳川家康が入封すると、徳川譜代の内藤家長が入城しました。その後は松平氏の時代や天領になった時期を経て、阿部氏が入ります。

宝永7年(1710年)に入封した阿部氏は、藩校の誠道館の設立や、砲台を築いて海防強化に努めました。そして、多くの幕府関係の儀式に参加し、譜代大名として明治まで存続しました。

《御城印デザインのご説明》
上総武田氏、里見氏、小田原北条氏、足利義氏、そして、近世初頭には徳川譜代の内藤氏が入るなど、多彩な歴史に彩られた佐貫城。それらの歴史がいかに佐貫城が重要だったかを物語っています。御城印には武田氏「四つ菱」、足利氏と里見氏の「二つ引両」、北条氏の家紋「三つ鱗」をそれぞれ配置しました。

佐貫城は天正18年(1590年)に内藤氏が入って以来、松平氏、阿部氏と城主が変わり、現在残る遺構は近世に改修されたものですが、中世の佐貫城が基本的には踏襲されたと考えられます。本丸から二の丸へ続く丘陵が近世では佐貫城の中心だったと思われますが、中世においてもこのエリアが城の中心だったと思われます。中世から近世へと上書きされながら存続した佐貫城の御城印は江戸時代に描かれた絵図をモチーフにするとともに、佐貫藩を再立藩し、江戸時代を通して存続させた阿部氏の家紋「丸に違い鷹の羽」をデザインしました。



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成東城

大髙醤油株式会社

TEL 0475-82-5581

千葉県山武市富田540

営業時間 8:00―17:00(土日休み)

成東城は九十九里平野を臨む標高45mほどの台地に築かれました。現在は城の中心部が成東城跡公園として整備されています。
作田川が近くを流れ、現在はその支流が成東城の裾野を囲むように流れています。成東城は台地全体を利用して築かれていて、現地を歩くとその規模を感じることができます。さらに、台地東南にあたる九十九里海岸方面には遮る丘陵が全くなく、成東城が水上交通の要であったことが見て取れます。

成東城は鎌倉時代以降、この地を治めていた印東氏が築城したとも伝わりますが、今に残る遺構は16世紀以降のものと考えられています。
1450年代に印東氏がこの地を支配しなくなった後は本佐倉城を拠点にした馬加千葉氏の勢力下になり、その子、胤定(鳴戸八郎)が城主として成東地域を治めたといいます。

永禄12年(1569年)頃には正木氏による下総侵攻があり、成東城もその混乱に巻き込まれたと思われ、そういった状況下で改修されながら機能したと思われます。

台地全体を利用して築かれた成東城は、本佐倉城や土気城などといった両総の主要城郭に匹敵する規模であることからも、この地にこれほどの城を築ける勢力がいたことを物語る城といえます。
天正18年(1590年)に豊臣秀吉が小田原城の北条氏を攻めると、成東千葉氏当主の将胤は北条方として戦い、討ち死にしました。小田原北条氏が滅亡し、徳川家康が関東に入封すると成東には家康配下の石川康通や青山忠成などが配属されましたが、元和6年(1620年)に廃城となりました。

 

《御城印デザインのご説明》

宅地化が進み、一部は破壊されているものの、成東城には遺構が良好に残っています。土塁、空堀、虎口、切岸などの防御が施され、堅固な城であったことがわかります。主郭は三方に土塁を巡らし、取り囲む空堀も折れを伴い、防御制を高めていることが見て取れます。

戦国期の姿を色濃く残す成東城の御城印には、台地全体を城郭化し広大な城域を誇る成東城の地形がわかる地図と縄張図をモチーフにしました。

鎌倉時代からこの地を領有していた千葉氏の家紋「月星」と「九曜」、そして、享徳の乱を契機とし、主家を滅ぼし千葉氏当主となった馬加千葉氏の家紋「月星(星が真上)」をデザインしました。

 



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多古藩陣屋

道の駅多古あじさい館
千葉県香取郡多古町多古1069-1
0479-79-3456
午前9時~午後7時(但し9月~3月は午後6時まで)

休業日:年末年始(1月1日~1月2日)  

多古藩陣屋は、現在の多古第一小学校周辺の小高い場所に築かれました。

多古は、古くから名族千葉一族ゆかりの地で、享徳の乱に端を発した一族の内紛で千葉氏宗家が多古で滅ぶなど、中世を通して下総国内で重要な地でした。

天正18年(1590年)に小田原北条氏が豊臣秀吉に攻められ、戦国大名として滅亡すると、徳川家康が関東に入封しました。そして、多古には家康家臣の信濃高遠城主保科正光が入りましたが、関ケ原の戦い(1600年)後に正光は加増され高遠藩に移ったため、多古藩は一時廃藩となりました。

寛永12年(1635年)に8千石の旗本松平(久松)勝義が、上総国武射郡と下総国香取郡に所領をもらい、多古に陣屋を構えます。これが多古藩陣屋のはじまりです。そして、延宝8年(1680年)に家督を継いだ勝義の九男勝以(かつゆき)は加増を受け、1万2千石の大名となり、多古藩が再び立藩されました。以後、久松松平氏が多古藩領主として存続し明治に至ります。

当時、陣屋の敷地は板塀や石垣で囲われていましたが、現在は多古第一小学校の校庭となり、陣屋前面の石垣の一部がわずかに残るだけです。しかしながら、全国的に石垣が築かれた陣屋は珍しく、このことからも多古藩1万2千石の威光が想像でき、この陣屋が多古藩の政治の中心地であった往時が偲ばれます。

 

《御城印デザインのご説明》

多古藩陣屋の御城印には昭和8年に描かれた多古町の鳥瞰図をモチーフにし、町の風景を描きました。あわせて、江戸時代に発行された『下総名勝図絵』に描かれた多古藩陣屋の表門遠景もデザインしました。

久松松平家の家紋「星梅鉢」、さらに「六つ葵」を配置しました。久松松平家は徳川家から葵の紋の使用を許されていました。

 

 

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2021年6月19日 (土)

柏市の講演のお知らせ

7月22日(海の日)講演会やらせていただきます。
場所は柏駅の近く「アミュゼ柏」です。

お城の楽しみ方、歴史と城を使った地域活性…みたいな話をしようかなと思います。
千葉氏、三浦氏、柏周辺のお城、そんな感じで楽しい題材を散りばめてお話しさせていただきます✨

【7/22、柏市】歴史講演会「山城ガールむつみさんが語る城めぐりの魅力」開催 - お城ニュース - 全国で開催されるお城や歴史関連のイベント情報まとめ (kojodan.jp)

 

手賀沼と松ヶ崎城の歴史を考える会 HP (matsugasakijo.net)

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2021年6月13日 (日)

COTONOWA 新講座の募集のお知らせ

上大岡京急百貨店の講座ご案内です✨
6月12日から受け付けスタートになりました。
お申し込みは、COTONOWAのHPから!サイト内、「山城ガールむつみ」で検索くださいませ。

公式サイト - COTONOWA-京急百貨店がお届けする新しいコト体験‐コトノワ

7月「いざ、水運の要衝、六浦湊へ!」
六浦や八景周辺を散策して、いろいろと歴史探検します。

9月「いざ、村岡城へ!」
鎌倉街道の上の道を探して楽しく歩きます。

ぜひ、お申込みよろしくお願いします!!

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2021年6月 5日 (土)

いざ、津久井高重 奮戦の地へ!!

今回は津久井一族の足跡をたどり、三河国に行ってきました。
潜入歴史調査です✨

津久井氏の本拠地は横須賀市津久井。三浦半島の東南に位置する海沿いの場所です。
衣笠城で討ち死にを遂げた伝説の英雄三浦義明の弟の義行が津久井の地に入り、津久井氏の祖となりました。

津久井氏の詳細は一番最後に御城印とともに添付しておきます。
後でお読みください。
今回は津久井氏の奮戦レポです!

承久3年(1221年)5月、後鳥羽上皇は北条義時追討の宣旨、院宣を発します。そしてまず、京都守護の伊賀光季を討ちました。これによって、承久の乱が幕を開けます!
対する鎌倉幕府は、京都攻撃の軍を発しました。大将軍は北条泰時、時房です。

このときに北条政子が有名な演説をします。
「頼朝さまのご恩は海よりも深く山よりも高く…うんぬんかんぬん。みなのもの、亡き殿の恩を感じているのなら、朝廷を討つために立ち上がれ(こんな感じの内容)」によって、御家人たちは京都を討つために決起したのです。
これによって、「朝廷VS北条義時」という図式が、「朝廷VS鎌倉幕府」になったのです。

三浦一族としては、実は朝廷方の先鋒になっていたのが三浦胤義。これは三浦一族棟梁の義村の弟に当たります。
胤義は兄の義村に一緒に朝廷方として義時を討つように持ちかけました。しかし、義村はその内容を義時に告げ、弟と袂を分かつことになるのです。

その場面を描いたのがこちら。左奥にいるのが北条義時、大河ドラマでは小栗旬さん。
義時に報告してる青の着物が三浦義村、大河ドラマでは山本耕史さん。


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そんな感じで、幕府と朝廷方の戦いがはじまり、幕府軍は東海道、東山道、北陸道の3道から都へ進軍しました。
東海道を行く軍列は5月30日に橋本宿に到着しました。橋本宿は現在の静岡県湖西市にありました。江戸時代になると橋本宿は廃止され、その近くに新居宿と名を変えた宿場が整備されました。


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浜名橋。橋本宿の近くにあったとされる橋。
なんと、平安時代の段階で長さ167m、幅4m、高さ5mの橋が架かってたということ!すごい!
風光明媚な景勝地として旅人から人気のスポットだったんでしょうね✨

この浜名橋付近にあった橋本宿こそが今回のテーマ、津久井高重に関わる歴史舞台なのです♡
京に向かう東海道軍の中に三浦一族津久井高重の姿がありました。
津久井氏は朝廷方として戦っている尾張国守護小野盛綱(伊賀光季を討った人)
とゆかりがありました。
そのため、いったんは幕府軍について出陣してしまったものの、朝廷方として戦うため、橋本宿に着いたところで脱出します。夜陰に紛れて、一族郎党19騎とともに急ぎ京に向かったのです。


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浜名橋付近。松が植えられ、いい雰囲気です。
東海道の要衝地のため、この付近には歴史がたくさん埋もれてます。近くには梶原景時の子の景季(源太)の伝承も残ります。その話はまたの機会に。

では、ここで隊から脱走した津久井高重の足取りを追いましょう!!!



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脱走して京に向かった津久井高重の一行は、遠江の内田四郎なるものに発見されてしまいます。そして、北条泰時、時房の命を受けた内田四郎は高重らを追いかけました。
高重らは急ぎ逃げたものの、ついに追討軍に追いつかれます。その追いつかれた場所が、赤坂宿です。



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赤坂宿は江戸時代を通して賑わった宿場で、今も雰囲気の残る町並みになっています。


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大橋屋。
旅籠を観光拠点として改修していて、見学ができます。


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素敵です。無料で中に上がれます。


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二階にも上がれます✨


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赤坂宿近くには音羽川が流れていますが、川沿いで休息を取っているときに追いつかれたといいます。
水を飲んだり、馬に水を飲ませたりしてたんでしょうか。
この関川橋(落合橋)の付近で戦いになったといいます。


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こういう雰囲気です。イメージ湧きますね。
ここで内田四郎の軍勢60騎あまりに攻撃された高重らは、近くの寺に立て籠りました。



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長福寺山門。この寺に高重らは逃げ込みました。
高重らは、赤坂宿の街道沿いにある長冨寺(今の長福寺)に立て籠ったといいます。
寺伝によると、この高重らの戦いとの関連性は不明ながらも「承久の頃、放火のために僧房堂舎焼失」と書かれているとのこと。


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背後は高台になっています。逃げ込むにはもってこいの要害地形!


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今は観音堂が建てられています。


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この観音堂に祀られているのは平安時代の観音様。平安時代は大江氏が三河国司となっていて、この仏像は大江定基ゆかりのものと伝わります。

さて、立て籠った寺を囲まれた高重らはどうしたかというと、寺から打って出ます。
最初に戦いになった地点より、少しだけ上流側、現在の大黒橋あたりで合戦になったといいます。



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津久井高重19騎に対して、追っ手の内田四郎60騎あまり!
武勇に優れた高重の一団も多勢に無勢で防ぎきれず。
激しい戦いが繰り広げられ、ついに全員討ち取られてしまいました。
このあたりの川が血で赤く染まったと伝わっています。


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朝廷方として戦うために京に向かった津久井氏は、ここ赤坂宿で最期を迎えました。
その知らせを受けた本拠地の三浦津久井(横須賀市)では、追っ手が来ることを恐れて一族が脱出。それぞれ、縁者を頼って逃げたといいます。
群馬県前橋あたりには、津久井氏の末裔とされる方々が住んでいるといいます。
津久井氏は神奈川県相模原市の津久井にもゆかりがあるとされ、そこにいた津久井一族もその地を脱出。
そこから脱出したとされる津久井氏の子孫が山梨県にいるそうです。

歴史の陰には津久井氏のように、熱い想いを抱えたまま埋もれていった人たちがたくさんいます。
色んなところに足を運んで掘り起こしたいですね✨ロマン✨

で、ここからが面白かったこと。やはり現地に行かないとダメだなぁと、つくづく感じた出来事。
図書館で町史を読んでいたら、津久井高重の供養塔があるとの情報を入手。どうしてもお参りしたい!と思って、探すも見つからず。町史に書いてあった手がかりをもとに歩き回るも見つからず。大黒橋の近くだと思うんだけど…。

畑で作業していた方(多田さんという方でした)に聞いたら、色んな家に声かけてくれて一緒に探してくれました♡
なんて優しい✨
でも、見つからない!みなさん口々に「うーん、わからないなぁ」と。
仕方なく、多田さんに、「もうあきらめます。ありがとうございました!」とお礼を言って別れました。

でも、どうしてもあきらめられない!
ダメ元で、大橋屋さんに言って聞いてみると…。
なんと!!わかりました!
個人の庭にあるため、親切にもその方に電話してくれました。わーい!!


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と、いうことで、恋い焦がれた石塔と感動の対面✨
感動。涙がでましたよ。
五輪塔と宝筺印塔が混ざってます。
南北朝くらいのものでしょうか。
かつては19基あったとのこと。
高重ら19騎の分を建ててくれてたんですね。
三浦一族を代表して感謝いたします(笑)

個人のおうちのため、もしお参りしたい方がいましたら私にメールください。
赤坂宿の皆様、ありがとうございました!!


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こちらは、本拠地三浦津久井の菩提寺東光寺さんの津久井氏の供養塔。



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ご住職さんと。
このたびの津久井高重の命日に、東光寺さんでは追善供養を行いました。
新しく「義勇院殿武徳忠高大居士」という戒名をお授けしたそうです。
承久の乱から800年、とてもいい供養になったのではないかと思います。

津久井氏の本拠地津久井と津久井氏の詳細は下に添付してあります!
津久井氏の歴史に興味持っていただけたなら、御城印もオススメです♡

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津久井館は三浦一族津久井氏の居館跡と伝わります。津久井は南側が海に面し、北側の山稜に向かって谷戸が形成されています。衣笠城で討ち死にを遂げた伝説の棟梁三浦大介義明の弟義行が津久井の地をもらい、「津久井」を名乗ったのが始まりとされています。

源頼朝が打倒平家のために挙兵すると、津久井氏も他の三浦一族とともに頼朝方として戦いました。その後、鎌倉に入った頼朝が上洛する際に供奉した武士の中に津久井氏の名が見え、その活躍をうかがい知ることができます。

義行、高行、義通、高重と4代にわたり、この地を領しましたが、承久3年(1221年)に起きた承久の乱では朝廷側につき、高重をはじめとする津久井一族は討たれました。これにより、この津久井の地から津久井氏は姿を消しましたが、群馬県や山梨県にその残党が逃げ落ち土着したという伝承が現地に伝わっています。

津久井氏の館があったとされる場所は、「峯屋敷」と呼ばれていて、東光寺西南の高台がそれにあたります。江戸時代に書かれた『新編相模国風土記稿』には、峯屋敷の周りには堀跡が残っていたとも記されていますが、宅地化された今となっては当時の姿を知る由もありません。

しかしながら、谷戸の最奥部にある真言宗七宝山医王院東光寺が津久井氏の歴史を今に伝えてくれます。東光寺は津久井氏の菩提寺です。寺伝によれば、奈良時代に行基が創建したといい、その後、荒廃した東光寺を津久井義行が中興し祈願所にしました。境内には、津久井一族の五輪塔が残り、津久井氏がこの地にいた当時を偲ぶことができます。

後鳥羽上皇は内裏を警備させるために、武士の中から精鋭を選び、「西面の武士」を置きました。その中に選ばれたのが、津久井高重です。御城印には西面の武士にも選ばれた津久井高重の武勇を表現すべく、馬上で弓を射る武者を描きました。

そして、三浦一族の家紋「三つ引両」を配置するとともに、津久井の北側にそびえる武山や美しい海岸線をモチーフにしました。津久井氏が祈願所とした東光寺薬師如来の光をイメージし、薬師如来の光の色である瑠璃色の雲をデザインしました。

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2021年6月 1日 (火)

パネル展示 in衣笠コミュニティセンター

横須賀市の衣笠コミュニティセンター1階に、三浦一族のパネルを展示してもらいました!
まさに三浦一族の本拠地にふさわしいー!!✨
このパネルは去年のお城EXPOで展示したパネルです。ここで役に立ってよかった!

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衣笠観光協会さんは2年に一回、武者行列をしています。
この武者行列は、なんと三浦一族が源頼朝とともに戦うべく、石橋山に向かう行列なのです。
かっこいい行列なのですよ♡

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そのため、衣笠コミュニティセンターには手作りの甲冑の展示もあります。三浦一族が勢揃い!

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そこに私が作ったパネルを展示していただくのは嬉しいですね。
お近くの方はぜひ見に行って下さいませ✨

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2021年5月28日 (金)

今月の発行御城印のお知らせ

今月は5月29日(土)に新しい御城印が6コ発行されます✨
全部、説明文とデザインをやらせていただきました。

南房総市から4つ!!
石堂城、丸城、平松城、里見番所!

三浦一族から1つ!
津久井館!

多古から1つ!
土やぐら城!

今回もバラエティに富んだお城がラインナップ!
全部、歴×トキにて通販でも取り扱いいたします。

津久井館

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津久井館は三浦一族津久井氏の居館跡と伝わります。津久井は南側が海に面し、北側の山稜に向かって谷戸が形成されています。衣笠城で討ち死にを遂げた伝説の棟梁三浦大介義明の弟義行が津久井の地をもらい、「津久井」を名乗ったのが始まりとされています。

源頼朝が打倒平家のために挙兵すると、津久井氏も他の三浦一族とともに頼朝方として戦いました。その後、鎌倉に入った頼朝が上洛する際に供奉した武士の中に津久井氏の名が見え、その活躍をうかがい知ることができます。

義行、高行、義通、高重と4代にわたり、この地を領しましたが、承久3年(1221年)に起きた承久の乱では朝廷側につき、高重をはじめとする津久井一族は討たれました。これにより、この津久井の地から津久井氏は姿を消しましたが、群馬県や山梨県にその残党が逃げ落ち土着したという伝承が現地に伝わっています。

津久井氏の館があったとされる場所は、「峯屋敷」と呼ばれていて、東光寺西南の高台がそれにあたります。江戸時代に書かれた『新編相模国風土記稿』には、峯屋敷の周りには堀跡が残っていたとも記されていますが、宅地化された今となっては当時の姿を知る由もありません。

しかしながら、谷戸の最奥部にある真言宗七宝山医王院東光寺が津久井氏の歴史を今に伝えてくれます。東光寺は津久井氏の菩提寺です。寺伝によれば、奈良時代に行基が創建したといい、その後、荒廃した東光寺を津久井義行が中興し祈願所にしました。境内には、津久井一族の五輪塔が残り、津久井氏がこの地にいた当時を偲ぶことができます。

後鳥羽上皇は内裏を警備させるために、武士の中から精鋭を選び、「西面の武士」を置きました。その中に選ばれたのが、津久井高重です。御城印には西面の武士にも選ばれた津久井高重の武勇を表現すべく、馬上で弓を射る武者を描きました。

そして、三浦一族の家紋「三つ引両」を配置するとともに、津久井の北側にそびえる武山や美しい海岸線をモチーフにしました。津久井氏が祈願所とした東光寺薬師如来の光をイメージし、薬師如来の光の色である瑠璃色の雲をデザインしました。

販売場所
東光寺
神奈川県横須賀市津久井5-8-3

046-848-4512

午前9:30~16:30

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東光寺の田村ご住職と✨



石堂城
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石堂城は天台宗寺院である石堂寺の背後の山に築かれました。石堂寺は寺伝によれば、神亀3年(726年)創建といい、行基の開山と伝わります。その後、火災で焼失したため、大永2年(1522年)に丸氏の援助で現在の地に再建されたといいます。その際に、丸山平野から奥に入った谷の山嶺上という城郭要素を併せ持った地に、寺と一体を成すように石堂城が築かれたと思われます。

石堂寺の本堂を取り囲む尾根上には、堀切や土橋などの城郭遺構が残り、平場や櫓台のような痕跡も見て取れます。丸氏の居城である丸城が指呼の距離にあることからも、丸氏やその主筋である里見氏の城として機能していたと考えられます。

戦国末期には足利頼氏が石堂寺で養育されました。小弓公方足利義明の孫にあたる頼氏は、足利の命脈を繋ぎ、喜連川藩祖となった人物です。足利氏が没落した後、豊臣秀吉が名門足利氏の功績を偲び喜連川(栃木県さくら市)の地を与えたことから、「喜連川」を名乗りました。足利の血を引き継ぐ頼氏が入った寺であることからも、石堂寺、そして石堂城の重要性が浮かび上がります。

石堂寺の多宝塔(国指定重要文化財)は天文14年(1545年)に丸常綱を大旦那として、丸一族を中心に建立されました。丸氏にとって、石堂寺は信仰の中心であり、その寺を取り込んだ石堂城を築いた際も丸氏が深く関わっていたと推察されます。御城印には丸氏の家紋をデザインし、戦国期に丸氏が属した里見氏の家紋もあわせてデザインしました。

奈良時代からの古刹石堂寺を取り込み築かれた石堂城の険峻な山容をイメージして、御城印に描きました。




丸城
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丸城は天台宗安楽寺背後の丘陵に築かれました。南北に延びる山塊一帯が城跡とされています。山頂からは周辺の平野部を見渡すことができ、北東方面に位置する古刹石堂寺へと続く街道を臨むことができます。

築城年や築城主などの詳細は不明ながらも、平安時代からの豪族、丸氏の居城とされています。平安時代から室町時代にかけて丸氏の拠点がどこであったかは不明ですが、室町時代のどこかの段階で、安房東部の領主としてこの地に城を築いたものと思われます。少なくとも、15世紀にはこの丸城を居城として、一帯を本拠地としていたと考えられます。その後、丸氏は丸城を中心として、丸山川流域に一族が分布していきました。

戦国時代になると、丸氏は里見氏に属しますが、丸城がいつまで使われていたかは定かではありません。城山社のある山頂部が主郭だったと思われ、この主郭が物見台の役目を担い、街道や平野部を監視していたと考えられます。

丸城が築かれた一帯は、源頼義が前九年の役の功により、朝廷から恩賞として与えられた源氏ゆかりの地です。平治元年(1159年)に、源義朝が子の頼朝の昇進を願い、伊勢神宮にこの地を寄進したため、「丸御厨」という伊勢神宮の荘園が成立しました。これにより頼朝は蔵人に補任され、頼朝にとってもゆかりの深い場所なのです。

この丸の地を拠点とした丸氏は、保元の乱(1156)では義朝軍として戦い、鎌倉政権成立後には『吾妻鏡』にもその名が見えるほどの一族です。

治承4年(1180年)、石橋山の戦いに敗れ安房に逃れた頼朝が丸五郎信俊を案内役として丸御厨を巡検し、丸氏の居館に宿泊し、安楽寺を参詣したといいます。

御城印には丸氏の家紋と、戦国期に丸氏が属したと思われる里見氏の家紋をデザインし、安楽寺の山門をモチーフにしました。この山門は享徳元年(1452年)に建てられていたといわれ、享徳の乱(1454年)直前にあたるこの時期の丸氏の居城を想像できる現在に残る貴重な遺構です。この時期の丸城城主は、丸常重であることも安楽寺に残る鋳造護摩釜よりわかっています。山門にあわせて丸城城山の山容を描き、街道を見張る櫓をデザインしました。


平松城

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平松城は山名川と平久里川に挟まれた丘陵上に築かれました。麓には「池之内」という地名が残り、山名川に向かって南方に口を開けた谷となっています。平松城は安房の豪族安西氏の居城として知られています。

治承4年(1180年)、源頼朝が打倒平家の兵を挙げるも石橋山合戦にて敗北。逃げた頼朝一行は海路にて安房に入りました。その安房入りの際、真っ先に頼朝の元を訪れ、再起を図るために尽力した安西景益が平松城を築いたとの伝承も残りますが、現在残る城の遺構は戦国期のものと思われます。現地には主郭と見られる平場や、腰曲輪、そして櫓台のような人工的に削平された遺構が残っています。安西氏は戦国期には里見氏や北条氏の家臣として取り立てられたとされています。

堀や土塁などの明確な遺構は残っていませんが、安房国の古くからの豪族安西氏の拠点としてその名を残す貴重な史跡といえます。

 

平松城は、太平洋航路の交通の要である鏡ケ浦(現館山湾)に注ぐ河川沿いに築かれました。安西氏はこの海上交通の要衝を押える水軍の一団だったと考えられます。御城印は船で太平洋を行き来する安西氏をイメージし、表現しました。

安西氏は対岸の三浦半島の豪族三浦一族とも関係が深かったとされていることから、三浦一族の家紋「三つ引両」をデザインしました。

三浦一族は房総半島にも勢力を広げ、たくさんの領地を持っていました。和田義盛の子である朝夷(あさひな)義秀の生母は安西氏の娘であり、三浦氏の棟梁義澄の娘は安西景益に嫁いでいます。三浦氏の系図には三浦為継の子に安西四郎なる人物もみえ、安西氏の入婿となったと思われています。それらのことから、安西氏は三浦氏と同族もしくは、三浦氏の家人とも考えられています。




里見番所

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里見番所は平久里川と長藤川の合流点北側にあたる標高約120m、比高約65mの丘陵に築かれました。別名「不寝見川(ねずみがわ)番所」とも呼ばれ、横堀、切岸、堀切などの城郭遺構が残っています。

歴史的な詳細は不明ですが、南北に走る平久里街道を直下に臨む立地に位置することからも、街道を見張る監視所の役目を担っていたと考えられます。南方には滝田城をはじめとするいくつかの城跡があり、それらの城の変遷や関係などは不明ながらも、この地域が緊迫した状況に置かれていたことが推察できます。

コンパクトな城郭ですが、主郭北東下には横堀が良好に残っています。急斜面を切岸状に削り、その直下に空堀を掘って土塁を巡らせていて、その造りから北側に対する防御の意識が見て取れます。里見氏のお家騒動「天文の内訌(1533年)」の際に、滝田城にいた里見義豊の勢力が一時的に築いた可能性も指摘されています。

御城印には里見氏の家紋「二つ引両」をデザインし、さらに里見番所の縄張図と復元鳥瞰図をモチーフにしました。


石堂城、丸城、平松城、里見番所の販売場所

・琵琶倶楽部

 千葉県南房総市富浦町青木123-1

TEL 0470-33-4611

営業時間:9:15~18:00
休館日:年中無休

 

・道の駅三芳村鄙の里

住所 千葉県南房総市川田82-2

TEL 0470-36-4116

営業時間:9:00~17:00

 

・道の駅 ロ-ズマリ-公園

千葉県南房総市白子1501

TEL 0470-46-2882

営業時間:09:00~17:00
休館日:無休(年間数日臨時休業有)

 

・道の駅ちくら潮風王国

住所 千葉県南房総市千倉町千田1051

TEL 0470-43-1811

営業時間:09:00~17:00
休館日:水曜(1月~3月・8月は無休)

 

・道の駅富楽里とみやま

住所 千葉県南房総市二部1900

TEL 0470-57-2601
9:00ー18:00

 

・道の駅おおつの里花倶楽部

住所 千葉県南房総市富浦町大津320

TEL 0470-33-4616

営業時間:12月~6月まで 9:00~17:00
7月~11月まで 9:00~16:30

 

道の駅和田浦WA・O!

住所 千葉県南房総市和田町仁我浦243

TEL 0470-47-3100

営業時間:9:00-17:30


土やぐら城

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土やぐら城は多古町の南東部、中村地区の借当川流域を臨む台地の先端に築かれました。この台地の中央を走る「中城坂」を挟んで、北西300メートルほどの位置には物見台城(物見台跡)があり、中村中央の台地へと続くこの坂を物見台城と連携し、監視していたと思われます。土やぐら城の構造は判然としませんが、物見台城と一体となって機能することで効力を発揮したのでしょう。櫓台、土塁が今も現地に残り、かつては堀がめぐっていたとも伝わります。
この二つの城が築かれた台地の西側は、中村中央の台地に向かって谷(相ノ谷)が深く切れ込んでいます。さらに南から東にかけては借当川とその支流の平野部に接しています。土やぐら城は、この周辺地域の水運掌握のための監視所的な役割を担わされていたと推察できます。

借当川の上流部は、かつての椿海に通じ多古周辺地域の水運の要衝であり、香取地方へと繋がる街道も存在したことから、借当川流域が水陸交通の要衝だったことがわかります。治承4年(1180年)の源頼朝旗揚げの際、房総半島から立て直しを図る頼朝側に対し、平家方として戦いを挑んだ藤原(千田)親政の居館も借当川上流にあったとされ、この流域は古代より開けた重要な地域だったのです。

多古町には、江戸時代に描かれた土やぐら城の絵図が残っています。絵図には、「土やぐら」という名称の語源となったと思われる櫓台のような高まり(圡屋くら)や土塁が描かれており、それらは現存する遺構の形態とほとんど変わっていません。土やぐら城は小規模な城郭ながらも、400年以上前の城の姿を今に伝える大変貴重な城郭遺構といえるでしょう。

御城印には、その絵図をデザインするとともに、多古町中村地区とは特に歴史的かかわりの深い千葉氏の家紋「月星」を配置しました。そして、土やぐら城は監視所として機能していたと考えられることから、櫓をイメージし、表現しました。

 

販売場所
道の駅多古あじさい館
千葉県香取郡多古町多古1069-1
0479-79-3456
午前9時~午後7時(但し9月~3月は午後6時まで)

休業日:年末年始(1月1日~1月2日)  



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2021年5月23日 (日)

ツアーの様子・エリート情報誌

多古のツアーを記事にしていただきました。
色んな場所でツアーやっていきたいですね♪
⇓  ⇓  ⇓  ⇓  ⇓  
http://www.elite-joho.com/elite_bk/elitejoho_eb/210522EjohoNeb/HTML5/pc.html#/page/2

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2021年5月14日 (金)

KKR松汀園ツアーのお知らせ

KKR松汀園さんの新しいツアーのお知らせ。
お申し込みは松汀園さんにお電話してくださいませ。
ご飯付きのツアーです。
お食事はとても美味しいですよ♡
別途料金で、宿泊することもできまーす✨



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下総国・森山城ツアー


香取市森山城で地元の方限定ウォーキングツアー✨地元の方向けの住んでる場所の魅力再発見ツアー!
暖かく迎えていただきました🙌

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原氏の屋敷跡→中島砦→布野砦→森山城→原氏の屋敷跡というコース。
東庄町や小見川の付近にあった荘園東荘。東荘を領地とした千葉胤頼が苗字の地として東氏を名乗ります。
(この胤頼は頼朝の旗揚げの時に三浦義澄とともに側近だった人物!なので、勝手に親近感✨

その後、須賀山城が築城され、その西側に隣接するように森山城が築かれ拡大整備されていきました。
ちなみに森山城は香取市、隣り合わせの須賀山城は東庄町になります。
須賀山城もまたツアーやりたいな😆

全国に広がっていた東氏は郡上八幡にも領地を。享徳の乱になって、千葉氏の内紛が起こると、郡上八幡の東常縁が関東に派遣され、森山城に入りました。

その後は千葉氏は北条氏に属して、森山城も戦国の城として整備されていったと思われます。


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一瞬マスクを取って笑顔でパチリ。
歴史&山城を通して、地元を好きになってくれると嬉しいですね✨


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千葉日報さんに書いていただきましたよ。


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2021年5月 9日 (日)

新企画始動!!むつみ×のあたび

はい!ついに始まります!
新企画の始動です!
去年から一緒に企画をやらせていただいてる旅行会社のあたび✨
またまた楽しい企画を考えました!
のあたびさんと下見に行ったり、意見を言い合いながらも企画が完成しました!
わーい✨

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」が始まりますので、ドラマに合わせたコースです。
これで、大河ドラマが待ち遠しくなる!もっと楽しめちゃう!そんな素敵な企画です♡

三浦一族の話もたくさん出てきますし、鎌倉幕府を取り巻く色んな歴史を楽しみたいと思います。

こんな企画はなかなか他ではありませんぞ笑
「むつみ×のあたび」ならではの個性的な素晴らしいコースです✨(自画自賛)
もう10弾くらいまで構想中!一緒に楽しみましょう~


新企画はコチラをクリック!
↓  ↓  ↓
鎌倉殿の13人先取りシリーズ | 地元出発ツアー のあたび (noatabi.co.jp)

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2021年5月 7日 (金)

千葉テレビ出演・youtube公開

先日、千葉テレビに出演させていただいた番組がyoutubeになりました。
千葉県以外にお住まいの方で観れなかった方はぜひご覧下さい。
多古町の並木城を3分ほどですが、ご案内いたしました✨

11分過ぎくらいから登場しまーす✨

こちらをクリックしてご覧下さい!
↓  ↓  ↓
https://youtu.be/THbxD3ExYEw

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2021年5月 4日 (火)

三浦一族タクシーツアー

横須賀市観光協会さんのタクシーツアーやらせていただきました✨

7人乗りの観光タクシー1台につき4人乗り込んで出発。各スポットで下車して、私が説明しました。
このコロナの状況下では、密を避けながら観光する方法が模索されていますが、今回のツアーはそういった新しい観光の実証実験ツアーでした。

結論としては…

とってもいい!タクシーツアーは有効活用できる!

と、思いました。
まず、とても効率的。歩くだけのツアーでは一日で回れない距離でも、あっという間にタクシーで到着。
なので、よりテーマに沿ったコースを組み立てることができます。

それと、当たり前ですがラクチン✨
たくさん歩くツアーが私は好きですが、それでもいろんな事情から長距離歩けない方もいらっしゃいます。そういう方が気軽に参加して、歴史を楽しむことができます。
普段開催しているウォーキングツアーとはまた違ったツアーができそうで、ウォーキングツアーを残念ながら諦めていた方々にも楽しんでいただける、そんな可能性を感じました。

今回はタクシー4台で回りましたが、1台で家族単位で回れます。
なので、感染症対策の面からはとても有効な観光手段だと思います。

終了後にモニターとして参加してくれた参加者さんにはアンケートをいただきました。
とても好評で、書いていただいたコメントみて嬉しかったです。
励みになる書き込みもたくさんあって、感謝感謝✨


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こんな内容でした。

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三浦一族の魅力満載のツアー。
このツアーが販売になったら、私が案内したいなと思う楽しい企画でした。

 

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腹切松公園にて

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満願寺さんにて

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こちらも満願寺さん

タクシー企画、ほかでもやりたいな~。
企画してみようっと。

 

 

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2021年4月25日 (日)

4月の多古城郭保存活用会発行御城印の発表!!!

4月の発表です!
多古城郭保存活用会の発行後城印はコチラ!!

ジャジャーン✨

「松崎城」!!!!!!

ここは謎が多いお城。正木氏の伝承が残り、中心の建つ能満寺も正木氏ゆかりのお寺です。
お城も周辺を歩くと、土塁、虎口、堀を見ることができ、戦国時代の城の姿が残っています♡

能満寺は江戸時代の珍しい鐘楼門が残っていますので、ぜひお出かけください。
正木氏の三つ引き両が出迎えてくれます。

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2021年4月23日 (金)

新発売の御城印のお知らせ✨


4月24日(土)新発売になる4城のご紹介。
またまたデザインと同封の説明文を書かせていただきました。



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「松崎城」

千葉県多古町松崎城
ここは地元では「まっさき」と呼ばれています。
もしや「正木(まさき)」?と思って、足を運んでみたら、松崎城の中心に建つ能満寺さんに三つ引き両!!!
これは、正木氏の家紋です。

お寺の寺伝では、正木氏ゆかりの人物が建てたお寺だと伝わっています。
日運寺(南房総市)と関係がある日蓮宗にとって大事な寺院とされます。

謎の多い松崎城。周辺を歩くと、土塁や虎口も藪の中から姿を現しました。
今後、整備した調査をしていきたいと思います✨

 

松崎城の城域中心に建つ能満寺を開いた日運上人は正木氏に関係する人物で、城の歴史は不明ながらも、千葉一族の領地である多古に、里見氏、正木氏の勢力が入り、何らかの関係を持っていた経緯があったことが考えられ、水陸の要衝であった多古の中世における重要性が浮かび上がってきます。

能満寺の貴重な鐘楼門(町指定有形文化財)をモチーフにし、あわせて多古を所領としていた千葉氏の家紋「月星」と、能満寺に伝わる正木氏の家紋「三引き両」を配置しました。

 

販売場所
道の駅多古あじさい館
千葉県香取郡多古町多古1069-1
0479-79-3456
午前9時~午後7時(但し9月~3月は午後6時まで)

休業日:年末年始(1月1日~1月2日)  


ネット販売
歴×トキHPにて  https://www.rekitoki.com/

 

千葉県いすみ市
「万喜城」「大野城」「小浜城」

販売場所
千葉県いすみ市深堀1885-9

「海の直売所 アルファ」

電話番号:080-2387-4192

営業時間 午前9時から午後5時 年中無休


ネット販売
歴×トキHPにて  https://www.rekitoki.com/

 

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「万喜城」

万喜城は土岐氏が入る以前に長南武田氏が居城としていました。関東管領上杉氏の支配下にあった房総半島に、鎌倉公方が送り込んだのが武田氏の衰退とともに土岐氏が万喜城周辺に進出してきました。万喜城には、「マス台」と呼ばれる大手を守る高さ5mの櫓台があるなど、とても堅固な造りをしていました。御城印には堅固で大規模な万喜城のジオラマをデザインしました。このジオラマは、いすみ市郷土資料館に展示されています。

 

 

 

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「小浜城」

小浜城は万喜城の支城と思われ、土岐氏の家臣鑓田美濃守勝定が築いたとも伝わります。鑓田氏が合戦に赴いて城を留守にしている間に、城は正木氏に奪われ、またそれを鑓田氏が取り返したとの伝承も残ります。徳川家康の関東入部に伴い、上総国に入った本多忠勝に小浜城も接収され、廃城になりました。

土岐氏の家紋「水色桔梗」を配置し、断崖絶壁の城山の遠景をモチーフにするとともに、湊に停留する舟を浮かべました。いすみ市は、「波の伊八」の異名を取る彫師武志伊八郎信由ゆかりの地でもあり、その伊八が彫った波をイメージして御城印をデザインしました。

 

 

 

 

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「大野城」

大野城は上総狩野氏の居城でした。その後も戦国期には、正木氏の小田喜城と土岐氏の万喜城の境目の城として重要な役目を担っていたと思われます。その大野城の御城印には、要害となっている地形がわかる地図や正木氏と土岐氏の家紋をデザインしました。

さらに大野は狩野派ゆかりの地ともいわれていることから狩野派の山水画をイメージし、大野城が築かれた夷隅川沿いの美しい景色を描きました。



現地、もしくは通販などでお楽しみください✨

 

 

 

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2021年4月18日 (日)

千葉テレビ出演のお知らせ

千葉テレビで多古町並木城の紹介を2分くらいさせていただきます。

5月1日・22:00からの「ウィークリー千葉県」の中の数分です✨

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千葉テレビが見れる方はぜひ!

千葉テレビが観れない方には、後日youtubeに流れるのでまた告知しますね(^_^)V

どんどん埋もれてしまってる素晴らしいお城を発信していけるように頑張ります✨


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2021年4月17日 (土)

南房総市観光協会HP・出陣レポ

南房総市観光協会さんと一緒に
「山城や歴史で、魅力再発見!!✨」
みたいなお仕事をさせていただいてますが、観光協会さんのHPに出陣レポ原稿を書かせていただきました♡
一昨年の台風で被害の大きかった房総半島の山城はまだ入れないところがたくさんあります。
そんな中、南房総市観光協会さんは山城を整備して歴史とお城で町を盛り上げようと取り組み始めています✨
景色も綺麗で歴史も満載で、何コースも楽しい周遊コースが作れそう。ウォーキングツアーやりたいなー!
南房総のあたりは、安西氏、丸氏など鎌倉幕府ゆかり、三浦一族ゆかりの一族がいたエリアでもあるので余計にワクワク✨
三浦氏ゆかりの正木氏の土地でもあります。
今回のレポは白浜城、滝田城、宮本城の3つ。
訪れるときの参考に、もしくは、なかなか出かけられないけど行った気分に?!なっていただけたら嬉しいです😆
三浦半島で育って、ずっと思いを馳せ眺めてた房総半島。こっちで仕事できるようになって幸せ✨

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2021年4月 9日 (金)

クラブツーリズム三崎城&浦賀城へ

延期になってたクラブツーリズムツアー日にち決定しましたー!
5月8日です。
三崎城と浦賀城に行きます。

もしよろしければ✨


<歴史への旅>素敵な御城印付きでめぐる 山城ガールむつみの出陣ノススメ「いざ、三崎城&浦賀城へ」日帰り【新宿発】<22名限定/バス1人2席>|クラブツーリズム (club-t.com)

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2021年3月30日 (火)

はとバスツアーのお知らせ

はとバスさんで
三浦一族をめぐるツアーあります。

鎌倉 BUSHIDOU!!
山城ガールむつみといく三浦一族めぐり✨

今回はモニターツアーなので超お得♡
簡単なアンケートに答えていただくだけで、バスツアーが楽しめてしまいます♡
キャーすごい✨

ということで、先着順!
申し込みはお急ぎ下さい。

詳細はコチラ

R9711 鎌倉BUSHIDO

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2021年3月29日 (月)

最強の城スペシャル第8弾・出演

前日になりますが、
3月30日19:30~
NHK最強の城スペシャル第8弾に出演しまーす!

今回は埼玉県嵐山町の杉山城です!
とてもいいお城なので、ぜひみてくださいませ♡

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2021年3月26日 (金)

NEW御城印作成&販売のお知らせ!!

いっきに新しい御城印が販売されます!
下総佐貫城・次浦城・真里谷城・真武根陣屋・須賀山城・沼闕(ぬまかけ)城
なんと6城も販売開始です!
春ですからね✨


ただ、ちょっとご注意を!
現地販売に各地ズレがあるのと、通販も少しズレがあるのでこちらをご覧くださいませ。

3月27日現地販売開始
・下総佐貫城
・次浦城
・真里谷城
・真武根陣屋

4月4日現地販売開始
・須賀山城
・沼闕城

通販取り扱い

・下総佐貫城
・次浦城
・須賀山城
・沼闕城
※真里谷城・真武根陣屋は通販取り扱いしません!
※通販開始は4月4日です。通販ご希望の方は受付いたしますが、発送は4月4日以降となります。


 

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飯岡灯台のある刑部岬にあった佐貫城は波に削られ、消失してしまった幻の城です。

残念ながら遺構は残っていませんが、『平家物語』や『源平盛衰記』に佐貫城は登場し、源義経とともに戦った片岡常春が城主だったと書かれています。

それ以降の歴史は不明ながらも、海上の重要地にあたる佐貫城は何らかの形で取り立てられたと思われます。

片岡氏も千葉氏と同じ出身とされるため、御城印には千葉一族の家紋「九曜」を配置し、『平家物語』では、常春が壇ノ浦の戦いで武功をあげ、海に落ちた神璽を拾い上げたと描かれていることから、壇ノ浦にて戦う源義経一行の船をデザインしました。このあたりの海岸線は、屏風ヶ浦として景勝地でもあるため、美しくそびえ立つ断崖も描きました。

【佐貫城(下総国)】千葉県旭市
販売場所
季楽里あさひ
千葉県旭市イの5238番地
0479-62-0888
9:00~17:00 
休業日:年中無休

 

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次浦城は、台地に築かれていて、その一画には土塁と空堀で囲まれた方形居館跡が残っています。周辺には城郭に関連する「土橋」「馬場道」などの字名が残り当時を偲ばせます。

築城年代や城主は不明ですが、次浦八郎常盛の居城だったとも伝わり、この人物は千葉一族の粟飯原家常の子であることから、次浦城も千葉一族との関連が指摘されます。

たびたび多古が戦いの場になると、次浦城も城郭として拡張整備されていったと考えられます。

近くの山中に源義家の伝承が残る「矢指塚」があったり、次浦城の馬場では流鏑馬の伝承も残ることから「矢」をデザインし、千葉一族の家紋を入れました。

【次浦城】千葉県香取郡多古町
販売場所

道の駅多古あじさい館
千葉県香取郡多古町多古1069-1
0479-79-3456
9:00~19:00(但し9月~3月は18:00まで)
休業日:年末年始(1月1日~1月2日)  




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真里谷城は、古河公方足利成氏によって房総半島に送り込まれた武田氏が上総に進出するための重要な足がかりとして築いた山城です。

真里谷武田氏の中で争いが起き、里見義尭と北条氏を巻き込んだお家騒動となり、これを機に武田氏の勢力が弱まっていきます。真里谷武田氏内紛時の「真里谷城」については、まだ不明なことが多く今後の研究が楽しみです。

御城印には武田氏の家紋「四菱」を配置、さらに地元に伝わる「武田三河守」座像をデザインしました。

また、市内にある前方後円墳「金鈴塚古墳」から出土した「金鈴(国重要文化財)」は木更津が古代から重要な地であったことを示すものとして取り入れました。



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真武根陣屋は嘉永3年(1850年)に築かれた請西藩の陣屋です。

幕末の慶応3年(1867年)請西藩主となった林忠崇は、戊辰戦争の折、藩主でありながら自ら脱藩し、陣屋に火を放ち、旧幕府遊撃隊の要請に応じ出陣しました。文武両道で優れた人物であったといいます。出陣後、各地を転戦しますが、最後は仙台藩の説得に応じ降伏。請西藩の領地は没収され、藩は消滅し、陣屋も廃されました。
その後、長寿を全うした忠崇は、昭和16年(1941年)まで生き、「最後の大名」の異名をとりました。

林氏は信濃小笠原氏の分流といわれ、林家に伝わる「献兎賜盃」の伝承をデザインしました。雪の中、兎を捕まえて松平家の祖先に振る舞っ手その命を助けたと伝わります。その恩により、林家は幕府から正月最初の酒を振る舞われるという「献兎賜盃」の栄誉に代々預かったのです。


【真里谷城・真武根陣屋】千葉県木更津市

販売場所
木更津市観光案内所
木更津市富士見1-2-1スパークルシティ1F
9:00~17:00
0438-22-7711

年末年始のみ休業



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須賀山城は中世には「香取の海」と呼ばれた広大な内海に面する台地の上に築かれました。源頼朝とともに戦い頼朝の側近中の側近であった千葉(東)胤頼が居館を築いたのが須賀山城の始まりと考えられていて、代々、東氏の居城となりました。

その後、須賀山城が手狭になったためか、西側に森山城が築かれ、戦国期に千葉氏が小田原北条氏に属すと森山城の外郭部として改修整備されたと思われます。

周辺には千葉氏、東氏ゆかりの史跡が数多く残り、この地域と千葉一族の繋がりの強さがわかります。

御城印には「香取の海」をデザインし、東常縁の絵図をモチーフにしました。



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沼闕城は、かつて存在した「椿の海」に面して築かれた城です。大部分が公園化して原形が失われてしまっているものの、土塁、空堀などが残り、要害だった趣を十分に残しています。千葉一族東氏ゆかりの城で、戦国時代には小田原北条氏に属しました。

徳川家康の関東入封の際、家康義弟で、伊予松山藩祖松平(久松)定勝が3000石で入部しました。

御城印は椿の海と、その椿の海に向かって張り出す沼闕城の台地をモチーフにしました。

 

【須賀山城・沼闕城】千葉県香取郡東庄町
販売場所
東庄町役場

千葉県香取郡東庄町笹川い4713-131
0478-86-6075(東庄町観光協会事務局)

東庄町観光会館
千葉県香取郡東庄町笹川い580-1
0478-86-6075(東庄町観光協会事務局)

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多古城郭保存活用会「次に出るのはどこの城?」3月の御城印発表!!

多古城郭保存活用会から新発売の御城印。さて、3月のお城はどこでしょうか?

じゃじゃーん!

次浦城です

4月販売開始のお城あてクイズも今日から始まってますので、また多古におでかけくださいませ✨

次浦城は住民のみなさんや多古城郭保存活用会の方々が整備してくれました!
空堀がバッチリわかります!
標柱も立ててもらいました!感謝です✨

ぜひ多古へGO!!



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次浦城は、栗山川の支流である沼田川沿いの台地上に築かれました。現在、この台地上には、次浦の集落が広がっています。標高は約30mほどで、周囲には自然地形を人工的に加工した形跡が見てとれ、北側は切り立った崖となっています。
この台地の北西側には、土塁と空堀で囲まれた方形居館跡が残っています。
この辺りは地名(字名)を「城山」といい主郭と思われますが、城域全体が集落と重なっているため、その他の城郭構造は不明です。しかし、周辺には城郭に関連する「馬場小屋」「内小屋」「土橋」「馬場道」などの字名が残り当時を偲ばせます。

築城年代や城主は不明ですが、次浦八郎常盛の居城だったとも伝わり、この人物は千葉常兼の弟、粟飯原五郎家常の4男であることから、千葉一族との関連が指摘されます。

多古は「千田荘」とよばれる荘園で、千葉一族の支配地でした。千葉宗家当主の胤貞は「千田殿」と呼ばれていて、千葉宗家と多古が密接に関係することがわかっています。鎌倉幕府滅亡後に多古の土橋城周辺で起きた「土橋合戦」には次浦氏も関わっていて、この次浦城を拠点に戦いに臨んだと思われます。また、次浦氏は土橋城下にある東禅寺の大旦那だったことも金沢文庫古文書からわかっています。
その後もたびたび多古が戦いの場になると、次浦城も城郭として拡張整備されていったと考えられます。

次浦城から800mほど西方に次浦八郎常盛の館と伝わる居館跡があります。このことから次浦の台地周辺一帯を次浦氏が治めていたものと推測できます。
その居館跡近くの山中に「矢指塚」といわれる塚があります。これは、後三年の役で源義家に従い出陣した次浦常盛が戦いに勝利し戻った際に、戦場で使わず残った矢を記念に埋めた、もしくは前九年の役の凱旋の際に、義家が上総の海岸に100本の矢を1里ごとに突き刺しながら戻ってくる途中、この次浦に最後の1本を埋めた記念の塚とも伝わります。

次浦の台地に城館が築かれたことから、台地の地図をモチーフにし、千葉一族の家紋「九曜紋」を配置しました。そして、矢指の伝説にちなみ「矢」をデザインしました。

 

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2021年3月17日 (水)

上大岡京急百貨店COTONOWA4月~6月の講座

春めいてきました!
4月~6月のCOTONOWA講座のお知らせです。
今回からはたまに座学を入れて開催します。

現地の歴史探検だけでもOKです。
より歴史を楽しみたい方は座学もぜひセットでお申し込みください♡

今回も楽しく歩きましょう!!
一緒にお城や館跡を探すツアーを考えました。
自分なりの推理で、歴史を楽しんじゃいましょう~✨

申し込みは下記のサイトか、上大岡京急百貨店COTONOWAの申込窓口にて!
お待ちしてまーす♡

サイト内の検索は「山城ガールむつみ」で!
公式サイト - COTONOWA-京急百貨店がお届けする新しいコト体験‐コトノワ


電子カタログはコチラから
↓ ↓ ↓ ↓ ↓
h1 (cotonowa.jp)

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2021年3月 2日 (火)

河村新城!!

神奈川県足柄上郡山北町の河村新城は、新東名道路工事に伴い、全面発掘調査されたあとに崩されます。
河村新城は、発掘調査によって考えられていたよりもずっとずっと大きな規模のお城が姿を現しました。

研究者の方々や発掘調査担当者の方々が口をそろえて、「生きてる間にこんな規模の発掘はない!」と仰ってました。
それほど広範囲の調査で、掘れば掘るほど遺構が姿を現し、調査箇所が広がっていきました。

山北町では、今回の貴重な調査を記録で残すべく、動画を作成しました。
そのナビゲーターをやらせていただきました!!
光栄!!✨

youtube動画はコチラ!
2種類の動画があります。

河村新城は3分の1が調査されて壊され、3分の2が調査されずに茶畑として保存されます。それぞれが楽しめる動画になってます。
ぜひみてね!とくに、「山城をめぐる」を見て、茶畑を歩いて思いを馳せてみてください!

河村新城発掘調査動画
コチラは崩されてしまう部分の遺物紹介や城の紹介
【23:52】 https://www.youtube.com/watch?v=9pxNYEQS7GU&feature=youtu.be


山城をめぐる~河村新城~
コチラは茶畑のまま調査されずに残される部分の紹介
【13:12】 https://www.youtube.com/watch?v=OswT5nIEmWs&feature=youtu.be

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2021年2月26日 (金)

新しい御城印の販売開始です!

新しい御城印が販売開始になります。

またまたデザイン&同封説明文を書かせていただきましたー!!
今回は
千葉県香取市の小見川城、森山城
千葉県香取郡多古町の久保城
千葉県匝瑳市の八日市場城

この4つです。
いつものことながら、どれもこれもお気に入りです。
素敵な御城印が完成でーす!(自画自賛)

販売情報はコチラ!
歴×トキの通販でも取り扱ってますので、手に入れてからいつかお城に行くという、そんな楽しみ方もいいかもしれませんね♡

次の御城印も乞うご期待♡


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久保城は、千葉氏宗家当主千葉胤貞(1288年-1336年)が居館として築いたものと伝わり、「千田殿」と呼ばれていた胤貞の存在を裏付ける重要な城といえます。

 鎌倉幕府が滅亡すると、胤貞は足利尊氏派につき、多古も戦の舞台となり多くの城が築かれました。戦国期に入り、また戦乱の舞台となった多古の城は整備拡張されて使われていたと思われます。久保城周辺には土塁や空堀などの遺構が残っています。

御城印には、久保城周辺の地図をデザインし、千葉氏の家紋「月星」を配置しました。

千葉氏は肥前国小城郡(佐賀県小城市)も領地としていたため、小城には九州千葉氏ゆかりの城跡や寺院などが今でも残り、その小城にある九州千葉氏の菩提寺「松尾山光勝寺」に残る胤貞座像を描きました。



販売場所
道の駅多古あじさい館
千葉県香取郡多古町多古1069-1
0479-79-3456
午前9時~午後7時(但し9月~3月は午後6時まで)

休業日:年末年始(1月1日~1月2日)  



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森山城周辺の地は鎌倉時代から千葉一族「東(とう)氏」の本拠地で、森山城の東側に隣接している須賀山城も東氏が築いた城と伝わります。
常陸との国境である森山城は重要な城として取り立てられ、後に千葉宗家当主になる千葉胤富も森山城に入りました。
千葉氏の家紋「月星」を配置し、古文書に書かれた胤富の花押と、胤富のものと思われる鶴の黒印をモチーフにしました。





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小見川城は小見川城山公園になっていて、部分的ではあるものの、戦国期の土塁や空堀が良好に残ります。香取の海と直結する水運の要衝のため常に地域の要として機能していたと考えられ、代々、粟飯原氏が居城としました。天正18年(1590年)豊臣秀吉による小田原攻めの際には、当主粟飯原俊胤は主君千葉重胤とともに小田原城へ駆けつけ豊臣軍と戦いますが、小田原城は落ち、それとともに小見川城も落城しました。

千葉宗家の家紋「月星」、そして千葉一族の家紋「九曜」、粟飯原氏の家紋「三本竹」、そして家康の関東移封に伴って小見川城に入った松平家忠の家紋「重ね扇」を配置しました。

森山城と小見川城は下記の2か所で取り扱ってます。

販売場所

道の駅水の郷さわら

千葉県香取市イ3981-2

電話0478-50-1183

営業時間 8時から18時 年中無休

 

寺嶋陶苑(てらじまとうえん)

千葉県香取市小見川268

電話0478-82-2322

営業時間 8時30分から18時30分 水曜日定休

 

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八日市場城は九十九里浜が広がる水運の要衝で、築城年代等の詳細は定かではありませんが、千葉氏家臣の押田(おしだ)氏の居城と考えられています。千葉氏が小田原北条氏に属す戦国時代末期の状況の中、千葉氏家臣である押田氏の城も軍事的緊張下の中で改修されたと推察できます。

押田氏は戦国時代になると、主君千葉輔胤の娘を妻にもらい、千葉一族の家紋である九曜を模した「丸九曜」を家紋としました。御城印にはその「丸九曜」ともう一つの押田氏の家紋である「五三の桐」を配置しました。

城山には櫓台の遺構が残り、南方向には九十九里浜の海が見えます。水陸交通の要衝で、眼下には街道が通り、城下に形成された宿も見えたことでしょう。御城印には現地に立つ櫓のような展望台をモチーフにし、周辺の地図をデザインしました。

販売場所
そうさ物産センター匝りの里(めぐりのさと)

千葉県匝瑳市八日市場イ137-1

電話番号 0479-73-5015

営業時間9時から18時年中無休


今月もお城と御城印を楽しんでください。
今後、各地でツアーも計画してますのでお楽しみに♡

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多古城郭保存活用会2月の御城印発表ー!!

多古城郭保存活用会の御城印当てクイズ!
2月発売開始のお城は…

じゃじゃジャーん!!

「久保城」

です。
正解は久保城でした。

道の駅多古あじさい館にて、キャンペーン開催中です。

また来月もお楽しみにーーー!

久保城は千葉胤貞ゆかりのお城。胤貞は鎌倉時代末期から、南北朝に入るころに活躍した千葉宗家当主です。
「千田殿」と呼ばれていた胤貞。千葉氏の宗家と千田荘(多古)との関係の深さがわかる重要な城館です。

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多古城郭保存活用会では、久保城に標柱を!
遺構はほんの少しですが、この久保の台地が千葉氏にとって重要な場所でした。
なので、遺構はわずかでもここは歴史的に大事な場所なんですね。

ぜひ、周辺を歩いて歴史を想像して楽しんでください♡

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2021年1月30日 (土)

新発売!山城ガールむつみの新デザイン御城印!

また新しい御城印が販売開始になります!
デザイン&説明文をやらせていただきましたー!
今回もいいお城がそろっております♡

なんと、一挙に5城の販売開始でーす。
また今月もお城と御城印を楽しんでくださいね✨



【坂田城】

坂田城は水運の要である栗山川沿いに築かれた台地上の城です。

千葉氏庶流の三谷氏が築いたとされ、その後、井田氏が押領し、拡大整備したと考えられています。

これは小田原北条氏が里見氏、佐竹氏に対するために配下の千葉氏を介して配置したものと思われます。

​そのように重要な位置にあった坂田城は、下総を代表する規模の城郭へと発展しました。


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坂田城が湿地や沼が点在する要害のため。御城印には沼に浮かぶように見える坂田城の遠景と縄張図をデザインしました。

坂田城御城印販売場所
・横芝駅前情報交流館「ヨリドコロ」
〒289-1732
千葉県山武郡横芝光町横芝1355番地2
電話番号0479-74-8585

一般社団法人 横芝光町観光まちづくり協会 (yokoshibahikari-kankou.com)
営業時間等の詳細につきましては、上記のHPをご覧ください。




【中城】

中城は多古の中心ともいえる中村の大地に築かれた城です。

​鎌倉時代から室町時代に開山された古刹、日本寺や妙興寺などが建ち並びます。

​千葉氏宗家当主の千葉胤貞が中城を築いたとも伝わりますが、詳細はわかりません。

​いずれにしろ、台地全体が要衝地であり、戦国期に改修されながら城郭として取り立てられたと思われます。

​地元ボランティアの素晴らしい活動のおかげで、良好な遺構をを楽しむことができます。

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中城は多古城郭保存活用会が整備したため、美しい遺構が姿を現しました。
そんな中城の御城印には、保存活用会が作成した縄張図をどーんと真ん中に配置しました。


中城御城印販売場所

・道の駅多古あじさい館
〒289-2241
千葉県香取郡多古町多古1069-1
電話0479-79-3456

道の駅 多古 あじさい館|千葉県香取郡多古町多古の道の駅 (michinoeki-tako.com)
営業時間等の詳細につきましては、上記のHPをご覧ください。

 


【河村新城】

河村新城は高速道路の工事に伴う発掘調査により、その姿が明らかになりました。

相模・駿河・甲斐の境界に位置し、小田原防衛のための最重要地点といえます。

武田信玄や勝頼に攻められたり、武田氏滅亡後にその遺領を徳川氏と北条氏が争った緊迫した状況が河村新城を通して浮かび上がってきます。

​工事で破壊されるのは三分の一であり、大部分は今後も茶畑として残ります。今後の研究調査が期待されます。

ちなみに城へ向かう途中に立ち入り禁止の鎖がありますが、徒歩でしたらそのまま進んでOKです。車は立ち入り禁止です。
発掘調査の現場には入れませんが、調査箇所の手前に案内板がありますのでそこまでは行けます。


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河村新城の御城印には、発掘調査で出てきた障子堀をモチーフにするとともに、新編相模国風土記稿に描かれた河村新城の絵図を入れました。壊されず残る部分は、絵図にも描かれていて、今後もこの絵を片手に十分楽しむことができます。



河村新城御城印販売場所

・道の駅山北
〒258-0123
神奈川県足柄上郡山北町湯触317
電話番号 0465-77―2882
買う | 山北町観光協会公式サイト (yamakita.net)
営業時間等の詳細につきましては、上記のHPをご覧ください。

・山北観光協会
ともしびショップさくら1階売店

ともしびショップさくら (yamakitashakyo.jp)
営業時間等の詳細につきましては、上記のHPをご覧ください。

 



【勝浦城】

勝浦城は勝浦湊東側の岬に築かれました。丘陵伝いに南北1.5km、東西0.6kmに広がる広大な城域です。

勝浦正木氏の本拠地として整備され、正木氏は天文11年(1542年)頃に勝浦に入ったと考えられています。

​勝浦正木氏は里見氏の配下でしたが、小田原北条氏につき、さらにまた里見氏の配下となり、里見氏について安房国へ移りました。



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勝浦城の御城印は特徴のある突き出した岬の地図と、城に建つ「お万の方」の像をモチーフにしました。勝浦正木氏の娘であるお万は徳川家康の側室となって、水戸藩初代頼房、紀州藩初代頼宣を生みました。


勝浦城御城印販売場所

・ONE勝浦企業組合
〒299-5225 
勝浦市墨名657-2
勝浦市商工会館内
0470-73-4554
10:00~16:00
定休日 水・土・日・祝日
営業時間内でも不在の場合がありますので事前にお問い合わせください。
ネットショップにて販売も致します。
勝浦おみやげ市場
https://www.one-katsuura.com/

・遠見岬神社 
〒299-5233 
勝浦市浜勝浦1番地
0470-73-0034
8:00~16:00
休務日あり(不定休の為お問い合わせください。)



【興津城】

興津城は興津湊の北側の丘陵上に築かれました。そこから北へと尾根が延びその尾根は主要街道となっていて、興津城が水陸の交通の要衝に位置することがわかります。

戦国時代になると、上総武田氏や正木氏が城としてとりたて、里見氏に攻められたことが記録に残っています。

​「興津巣城計」と書かれた文書が残り、攻め囲まれて裸の状態になった城の姿が浮かび上がり、緊迫感を伝えてくれる
現地には戦国期の遺構が残ります。


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興津城の御城印は湊を望む山陵と湊の地形がわかる地図をモチーフにしました。
さらに縄張り図を配置し、正木氏の家紋を描きました。
正木氏は三浦一族からの庶流とされていて、家紋も三浦氏と同じ三つ引両です。


興津城御城印販売場所

・ONE勝浦企業組合

〒299-5225 
勝浦市墨名657-2
勝浦市商工会館内
0470-73-4554
10:00~16:00
定休日 水・土・日・祝日
営業時間内でも不在の場合がありますので事前にお問い合わせください。
ネットショップにて販売も致します。
勝浦おみやげ市場
https://www.one-katsuura.com/

・御門
〒299-5245 
勝浦市興津2656
0470-76-0008
8:00~19:00
定休日 毎週日曜日 




今回の御城印は5城ともに歴×トキにて通信販売もしてます。
御城印に同封されてる山城ガールむつみオリジナルチラシや説明文を先に読んで、いつか現地に行くのも楽しいと思います♡




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2021年1月22日 (金)

松汀園ツアー3月のお知らせ

逗子にあるKKR逗子松汀園にて3月にまたツアーやります。
1月のツアーも楽しく無事に終わりました!


次回は、逗子と鎌倉の境にある名越切通しに行きます。
鎌倉から、名越の切通しを抜けて逗子へ。
途中いろんなとこに立ち寄ります✨

歩き終えたら松汀園にておいしい懐石料理です。
お申し込みは松汀園さんに電話してください。


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2021年1月13日 (水)

流鉄の中吊りポスターに登場!!

千葉県流山市の「流山駅」から松戸市の「馬橋駅」までを結ぶ流鉄。通称「リュウテツ」!
とてもかわいいホノボノとしたローカル線。


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そんなリュウテツの車内ポスターに登場させていただきました。

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なんと、流鉄沿線にはたくさんのお城があるんですよ。
このあたりはまさに、江戸川沿いの要衝地!江戸川で南下すると、下総国府があった国府台へとつながるのです。

お城もたくさん築かれましたし、合戦の舞台にもなった重要エリアなのです。

2020年10月には、流鉄「流山駅」で花輪城の御城印、「平和台駅」で前ヶ崎城の御城印が販売開始に。
11月には、「小金城趾駅」で小金城と、根木内城の御城印が販売開始になりました。

まさに「流鉄に乗ってお城に行こう!」なのです。
と、いうことで中吊りポスターにしていただくことになったのです♡


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小金城趾駅
その名も城趾駅!小金城が歩いて5分くらい。


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小金城は発掘調査で障子堀が検出されている小田原北条氏に属した高城氏の拠点です。
台地全体を城郭化した千葉県有数の大規模城郭です。
宅地開発が進んで破壊されるも、公園になっていて一部は保存整備されています。


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達磨口のところ。櫓台か物見台があったと思われます。



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達磨口から歩いて5分くらいの広徳寺。
ここも方形居館のようになってて、空堀と土塁で囲まれていたと思われます。


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土塁を壊して墓地にした模様。


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土塁の上には高城氏の墓所が。


小金城趾駅から歩いて30分くらい行くと、根木内城もあります。
ここは高城氏が小金城を改修して移ってくる前に本拠としてたとされるところ。
道路で分断されてしまってますが、存分に戦国期の遺構を楽しむことができます。

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土塁も堀も良好に残ってます。


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流山駅

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流山駅から歩いて10分ちょっとの花輪城。川沿いの台地に築かれました。
空堀と土橋が検出されてます。


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平和台駅

歩いて20分くらいに前ヶ崎城があります。
リュウテツに乗ると、丸一日では足りないくらい見どころ満点なのです。


コンセプトとしては、とにかく地味な城たちを一人でも多くの人に知ってもらおう!ということ。
山城好きの中でも、ちょっと地味なお城をチョイスしました。
特に、花輪と前ヶ崎はちょっとマイナーよね。
でも、個人的には、前ヶ崎城が大好きです、わたしは。

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前ヶ崎城。

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ここ前ヶ崎城。土塁が美しいです。



しばらく車内に貼られてるので、出かけられるタイミングになりましたら是非!リュウテツの旅を楽しんでください。
お城にも足を運んでくださいね。

お城で地域活性化したら本当に嬉しいなと思います。
埋もれてる地域の魅力、どんどん掘り起こしていきましょう~!!


スポンサーになってくださったのは、株式会社塚原緑地研究所さま。
こちらは、千葉県下の県立公園などの管理をしている会社です。
県立公園は、城跡が公園になってることもあり、城の保存活用に積極的に携わってくれてる会社さんです。ありがたや✨
カメラマンはいつもお世話になってる斉藤小弥太さんです。

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この辺りは「金(こがね)領」です。千葉氏の庶流である原氏の支配領域を高城氏が引き継ぐ形で、城郭を構えながら支配領域を広げていったと思われます。
様々な勢力がぶつかる境界地帯だったので、幾つものお城が築かれたんですね。
前ヶ崎城では、討ち死に記録残っていて、当時の緊迫した状況が伝わってきますね。

ぜひ、リュウテツに乗って歴史の旅にお出かけくださいませ♪
ちなみに流鉄ではICカードは使えません。そこがまたイイ味です✨
なので、500円のフリーパスがオススメ!改札でお買い求めいただけます。

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2021年1月10日 (日)

NHK出演

2021年1月3日放送の「最強の城スペシャル第7弾」に出演させていただきました。
群馬県の太田金山城です。
再放送予定が決まったらまた告知しますね。放送前に告知し忘れました。すみません…。


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ここは何度もツアーでやっている大好きなお城です。この写真は2年前くらいのツアー風景。
お正月の家族で観る番組とのことで、
「元気が出る」「行ってみたくなる」「パワースポット」「負け知らずで縁起がいい」
そんなキーワードで金山城の紹介が構成されていました。

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まずは歴史好き、城好きの裾野を広げたいと思って私は活動してるので、そういった構成でOK!と思って出演させていただきました。
知ってもらわないことには、「マニアックな一部の人の趣味」で城ブーム、山城ブームが終わってしまいますから。
そうじゃなくて、興味持ってもらってちゃんと歴史と城を大事にする環境を作らなきゃいけないですからね。
有名なお城はいいですけど、その辺にたくさんあるお城たちは、存在を知ってもらわないと!

と、いうことでNHK出演~✨

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金山城は土馬などが出てることからも、古代からの信仰の山だったと思われます。地域の聖地である金山を取り込むように、城郭化していったのが金山城だと思います。
なので、ある意味、山全体が聖なる山(まぁ、パワースポット?)です。

例えば、三浦一族の衣笠城もしかり。
同じように聖なる信仰の対象の山を一族の聖地として取り入れて、いつの時代の頃か、そこが城郭として取り入れられるパターン。

古墳が多い地ということからも、古代からの歴史はもちろんのことですが、新田氏が新田荘に入った頃の平安鎌倉時代から歴史が連綿と繋がってるような気がして、何度来ても金山城は感動します。

アゴ止め石の石積みもあったり、1590年以降と思われる石垣があったり、とにかく面白いお城。
車でも行けるので、もし興味持っていただけたら出かけてみてください。


大光院からの登城路、大手方面からの登城路、歩くなら両方ともオススメです。
麓のガイダンス施設と金龍寺も是非寄ってくださいね。

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ガイダンス施設のジオラマ。これだけで余裕で1時間は楽しめる!


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たまに金山城ツアーやりますので、また開催の時にはHPやブログで告知しまーす。
太田は宿場もありましたし、街並みも歩いてて楽しいのでぜひ太田駅から歩いてみてください。
駅前の図書館も素敵ですよ♡

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2020年12月25日 (金)

多古城郭保存活用会・お城当てキャンペーン12月の正解発表!

多古城郭保存活用会の12月発行のお城は…

 

じゃじゃーん!!

 

「分城」

です!!

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「わけじょう」と読みます。
千葉胤貞ゆかりのお城で、名族千葉一族と多古の深い関係が浮かび上がってきます。
多古ってすごいんです。
お城EXPOでもそんな講演をやらせていただきました。
機会あれば、またどこかでお話ししますね。

ということで、分城にお出かけくださいね。


土塁や堀が残ってます。
地元の方々が道しるべや草刈りなどしてくれてます。
感謝ですね!

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新作の御城印!販売開始のお知らせ

今年最後の御城印&御城印帳販売開始のお知らせです。
千葉県柏市の「増尾城」「幸谷(こうや)城」「松ヶ崎城」
千葉県香取郡多古町「分(わけ)城」&「多古御城印帳」
4城の御城印&御城印帳が新たに発行になりました。

全部デザインと同封の説明文を担当させていただきましたー!!
どれも現地で12月26日から販売開始です。
全部、歴×トキの通販でも取り扱います。


柏市の増尾城、幸谷城、松ヶ崎城の販売場所は

道の駅しょうなん
9:00-18:00
(年末年始の営業時間はHPをご覧ください)
277-0911
千葉県柏市箕輪新田59-2
TEL04-7190-1131
http://www.michinoeki-shonan.jp/



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増尾城の崖下には手賀沼に流れ込む大津川の支流が流れていて、天然の要害になっています。

​詳細は不明ながらも、折れを伴う土塁や空堀などから戦国期の城郭と推測できます。増尾城は小金領にあることから、小金城主高城氏との関連も指摘されています。指呼の間にある幸谷城と連携して機能していたと思われ、この地域の緊迫した状況が伝わってきます。
増尾城と幸谷城にはお互いを望む位置に櫓台跡と思われる土の高まりがあります。なので、御城印には櫓を描きました。

 



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幸谷城(こうやじょう)は「きつね山」と呼ばれる小丘に築かれました。

​詳細は不明ながらも、調査による出土物から15世紀後半から16世紀まで使われていたと推測されています。

幸谷城は小金領にあることから、小金城主高城氏との関連も推察され、増尾城と連携して機能していたと思われます。「コウ城」での戦闘の記録も残り、それが幸谷城に比定される可能性も指摘されています。

増尾城と同じ櫓を描き、相馬御厨が近くにあったため相馬氏との関連も指摘される幸谷城には相馬氏の家紋「つなぎ駒」も描きました。






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手賀沼の最西端に位置する台地の上に築かれました。水運の要衝だったのはもちろんのこと、近くを古東海道も通っていて、水陸の要衝地でした。

​遺構が良好に残るものの、詳細は不明です。しかし、遺物からは15世紀後半から16世紀にかけて利用されていたことが考えられます。現地に良好に残る土塁と空堀をモチーフにしました。





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分城(わけじょう)は詳細は定かではありませんが、千葉氏宗家千葉胤貞(1288-1336)が築いたと伝わります。

​現在残る土塁や空堀は、その後の改修改変の中で整備されたと思われますが、千葉胤貞ゆかりの城として、現地には千葉氏の信仰「妙見社」が祀られています。

分城の販売場所は
販売場所:道の駅多古あじさい館
千葉県香取郡多古町多古1069-1
0479-79-3456
午前9時~午後7時(但し9月~3月は午後6時まで)
※御城印キャンペーンの投票箱が設置されている2階の情報センターは午前10時~午後6時(但し9月~3月は午後5時まで)
休業日:年末年始(1月1日~1月2日)  


道の駅多古あじさい館では同じく26日から御城印帳も販売開始です。
一冊税込み3500円です。

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2020年12月14日 (月)

新作むつみデザインのいろいろ

またまたデザインさせていただきました。

横浜市緑区の榎下城です。
こちらは、12/19.20のお城EXPO「横浜の中世城郭」ブースで販売開始となります。
同時に横浜市歴史博物館売店にて販売開始です。

歴×トキでは通販はやりません。横浜市歴史博物館さんのミュージアムショップでネット販売してます。
横浜市歴史博物館-都筑区センター北 (city.yokohama.jp)


永享の乱の舞台にもなった榎下城の御城印!
ぜひどうぞ。

横浜市歴史博物館さんで販売されてる小机城と少し似た感じのデザインにしましたー!
榎下城は今は旧城寺というお寺になってます。

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前にも書きましたが千葉県の師戸城、多古御城印帳もデザインいたしました。
画像載せておきます。

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千葉県はなんと、お城EXPO県下初出展なのです!
盛り上げっていきましょう!
【いざ、参城。 お城EXPO2020】に千葉県の団体が初参加!/千葉県公式観光情報サイト-まるごとe! ちば- (maruchiba.jp)

cocoa登録も御来場の際にはお願いします。できるだけ、前売り券で来場ください。

 

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お城EXPO応援隊

お城エキスポ2020の応援隊になりました!!
さて、もう一週間でエキスポの開催です。
感染対策をしっかりおこなって開催いたします。

パシフィコ横浜にぜひ足をお運びくださいね!
色んな情報をSNSで発信していきまーす。

まずは私の出演のお知らせ。

12/19 10:00~11:00  多古城郭保存活用会「多古の山城の魅力」
12/19 14:30~15:00  千葉城郭保存活用会「千葉の御城印の魅力」
 

12/20 11:30~12:00  千葉城郭保存活用会「千葉の御城印の魅力」
12/20 14:10~15:10  多古城郭保存活用会「多古の山城の魅力」
 
エキスポの詳細は以下のリンクをご覧くださいね♡

お城EXPO2020 (shiroexpo.jp)

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2020年12月12日 (土)

お城EXPO告知&新デザイン御城印と御城印帳の先行販売のお知らせ!!

千葉県印西市「師戸城」(300円)と千葉県香取郡多古町「多古御城印帳」(3500円)デザインさせていただきました!!
こちらはお城EXPOにて先行販売です。
お城EXPOは12月19日(土)、20日(日)にパシフィコ横浜で行われます。


お城エキスポの詳細はこちらをクリック!
お城EXPO2020 (shiroexpo.jp)

私も多古城郭保存活用会ブース、千葉城郭保存活用会ブース、三浦一族&山城ガールむつみブースの3つを掛け持ちさせていただきます。ブースの展示パネルや配布資料なども書かせていただきましたよ。どのブースも素敵に仕上がりましたのでぜひお立ち寄りくださいね。
ワークショップなども行う予定です。
ぜひブースに遊びに来てくださいね♡

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のぼりも完成~♡


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※師戸城は歴×トキでの通販取り扱いはありません。
※多古町御城印帳の通販取り扱い開始日は未定です。そのため、現段階では予約受付はできません。
※師戸城御城印、多古御城印帳ともに現地での販売開始情報詳細は未定のため、また後日お知らせします。




多古御城印帳・表
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多古御城印帳・裏
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2020年11月27日 (金)

NEW御城印の発行のお知らせ「小金城・根木内城・玉造城・造海城」

11月28日からまた新たに千葉県内で4つのお城の御城印が発行されます。
すべてデザインと説明文を担当させていただきましたー!!
松戸市「小金城、根木内城」
多古町「玉造城」
富津市「造海城」
です!


小金城

販売場所:流山鉄道「小金城趾駅」
千葉県松戸市横須賀1-19
販売時間:始発から終電まで

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小金城は高城氏の本拠の城です。
もとは高城氏の主筋の原氏が使ってたとされる小金城を高城氏が整備拡張し、本佐倉城、臼井城に次ぐ規模の城になりました。戦国期には小田原北条氏に属し、小田原が開城となった後は廃城となったと思われます。



根木内城

販売場所:流山鉄道「小金城趾駅」
千葉県松戸市横須賀1-19
販売時間:始発から終電まで


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根木内城は高城氏の本拠小金城の支城です。
もとは高城氏の主筋の原氏が使ってたとされる根木内城を高城氏が整備拡張し、支配の拠点としていました。しかし、手狭になったために小金城に本拠を移したとされます。
発掘調査では堅固な障子堀が見つかっています。



玉造城

販売場所:道の駅多古あじさい館
千葉県香取郡多古町多古1069-1
0479-79-3456
午前9時~午後7時(但し9月~3月は午後6時まで)
※御城印キャンペーンの投票箱が設置されている2階の情報センターは午前10時~午後6時(但し9月~3月は午後5時まで)
休業日:年末年始(1月1日~1月2日)  


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玉造城は野平氏の城と伝わり、戦国期に野平氏は小田原北条氏に属していました。そのため、1590年の小田原城開城の際に玉造城も開城になったといいます。
今も敷地内には野平氏のご子孫が住んでいて、きれいに整備してくださっています。


造海城

販売場所:清藍荘(せいらんそう)
千葉県富津市萩生160番地
TEL 0439-69-8336
午前9時~午後5時
年中無休

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造海城は浦賀水道に面した丘陵築かれました。上総武田氏が上総進出の際に取り立てたと思われます。
戦国期には里見氏の家臣、正木氏の城として機能しました。対岸には小田原北条氏の水軍拠点、浦賀城がはっきりと見え、当時の緊迫した軍事状況が想像できます。

すべて、歴×トキのサイトからも通販できます。

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11月正解発表!多古城郭保存活用会発行の御城印

千葉県香取郡多古町の「多古城郭保存活用会」さんが開催している御城印発行のキャンペーン「次に出るのはどこの城?お城当てキャンペーン」の今月の正解は

じゃじゃん!「玉造城」
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応募いただいた方々、ありがとうございました。
商品の当選は発送をもってかえさせていただきます。


道の駅多古あじさい館では来年の6月までお城当てキャンペーンを開催してますので、ぜひ足をお運びください。
次のお城はどこだろう??
もう決まってるけど内緒でーす!


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玉造城は野平氏の城と伝わり、戦国期に野平氏は小田原北条氏に属していました。そのため、1590年の小田原城開城の際に玉造城も開城になったといいます。
今も敷地内には野平氏のご子孫が住んでいて、きれいに整備してくださっています。

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祝!ふるさと納税の返礼品に三浦一族御城印&御城印帳がエントリー!

三浦一族御城印がふるさと納税の返礼品にエントリーいたしました~。
わーい!

三浦氏一族の素晴らしさ、歴史と城の面白さ楽しさを発信してきましたが、
ついに!
御城印&御城印帳が三浦一族のふるさと「横須賀市」の返礼品として認められましたー!
これは嬉しいです。

私の愛情たっぷりの郷土自慢の品、ぜひ寄付の返礼品として選んでください♡

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JTBのふるさと納税ポータルサイト「ふるぽ」 (furu-po.com)

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新講座・よみうりカルチャー

2021年1月からよみうりカルチャーさんで新しく講座が始まります。
ぜひご一緒しましょう。

3か月ごとの更新で、座学1回、現地探検3回という内容になってます。
奮ってご参加ください♡

サイト内は「むつみ」で検索くださいませ。

歴史&城めぐり:よみうりカルチャー横浜:よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター) (ync.ne.jp)

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【告知】京急百貨店COTONOWA1月~3月

京急百貨店COTONOWAさんの新しい冊子ができました。
1月は相模国津久井城へ。
2月は武蔵国世田谷城へ。
3月は相模国遊行寺へ。

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h1 (cotonowa.jp)

受付開始は12月12日の10時です。
詳細はHPをご覧ください~。
サイト内の検索は「むつみ」で検索してください。


公式サイト - COTONOWA-京急百貨店がお届けする新しいコト体験‐コトノワ



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東京新聞掲載のお知らせ

東京新聞に取り上げていただきました。
どこもかしこも実はお城だらけ!!
足もとに眠ってる歴史をぜの楽しんでください。

どんどん御城印の輪が広がっていきます。

各地域が町おこしで繋がっていければ素敵だなと思います♡

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「城の伝説」御城印に 横浜の歴史講師デザイン 地域のファン増加に期待:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp) https://www.tokyo-np.co.jp/article/65796


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2020年10月26日 (月)

新聞・御城印の記事

千葉日報と産経新聞に御城印の記事。
こうやって取り上げていただくのは嬉しいですね。
城があることを知るきっかけになりますように。


産経新聞
https://news.yahoo.co.jp/articles/73e8a71bffd165b7dee2e4e427c576605ad05982

千葉日報
https://www.chibanippo.co.jp/news/local/734149






 

 

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2020年10月23日 (金)

NEW御城印「土橋城」「国府台城」「花輪城」「前ヶ崎城」

新しい御城印をまたデザインさせていただきました。説明文も担当しましたー。
10月24日からすべて販売開始です。
今回の4城は歴×トキのサイトで通信販売もしまーす。


千葉県香取郡多古町「土橋城」

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土橋城は千葉一族の内乱の舞台となった場所です。
宗家である千葉貞胤と分家の千葉胤貞が戦った土橋合戦が繰り広げられました!

名前がややこしい!
簡単に言うと、千葉の本家は元寇の時に九州に防衛に赴き、そこで戦死。その間に本領の千葉にいた分家が大きくなり、本家分家の争いが起きたのです。
本家は南朝、分家は北朝、そうして多古の地では南北朝の動乱が起こったのです。


・道の駅多古 あじさい館
千葉県香取郡多古町多古1069-1
0479-79-3456
午前9時~午後7時(但し9月~3月は午後6時まで)
※御城印キャンペーンの投票箱が設置されている2階の情報センターは午前10時~午後6時(但し9月~3月は午後5時まで)
休業日:年末年始(1月1日~1月2日)


千葉県市川市「国府台城」
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旧利根川水系である太日川(現江戸川)沿いの重要な場所に位置する国府台城は何度も戦いの舞台になりました。
小弓公方足利義明と北条氏綱が戦った第一次国府台合戦、北条氏と里見氏が戦った第二次国府台合戦という有名な戦いにより房総の戦国史が転換期を迎えるわけですがそんな大事な戦いの舞台になるのがここ国府台城なのです。
それ以外にも、太田道灌勢力が陣を敷いたりと常に重要な拠点として使われました。



・市川観光・物産案内所
千葉県市川市市川1-1-1
047-324-7751
午前10時~午後4時
休業日:毎月第1月曜日(祝日にあたるときは直後の平日)
年末年始


・道の駅いちかわ
千葉県市川市国分六丁目10番1号
047-382-5211
平日9:00~19:00
土日祝日9:00~20:00


千葉県流山市「花輪城」

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詳細は一切不明ながらも、小さな障子堀や土橋が発掘調査で出ており、水運の要衝である花輪城のなんらかの軍事施設が置かれたことが分かっています。
高城氏の支城と見られ、街道や水上交通をおさえるポイントに築かれました。


・流山鉄道「流山駅」
千葉県流山市流山1丁目264
04-7158-1010
販売時間:始発から終電まで



千葉県流山市「前ヶ崎城」

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本土寺過去帳に「前崎討ち死に」と書かれてるように、戦いの舞台となった前ヶ崎城。
台地の突端に位置し、高城氏の根木内城、小金城を守るように配置されています。
太田道灌が長尾景春に与同した千葉自胤(のりたね)と戦った境根原合戦の前哨戦がこの前ヶ崎城で繰り広げられたと考えられており、軍事上とても重要な城でした。


・流山鉄道「平和台駅」
千葉県流山市平和台4丁目483
販売時間:始発から終電まで

 

どれもカッコよく仕上がってますので、ぜひ現地に行ってみてくださいね。
遠方の方など、行けない方は歴×トキのサイトにて通販でご購入出来ます。




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正解発表!!多古城郭保存活用会「お城あてキャンペーン」

多古城郭保存活用会主催の次に出る御城印を当てるクイズ!

次に出るのはどこの城?お城あてキャンペーン!!

本日発表となります。
ジャジャン!!

正解は
「土橋城」です!!

ということで、10月24日発行のお城は『土橋城』でした。
当たった方の中から抽選で土橋城の御城印お届け!
外れた方の中から、多古の名産品をお届け!!
どちらも発送を当選に替えさせていただきます。

来月発行の御城印あてもすでに始まってますので、道の駅多古あじさい館に足をお運びください。

2階の情報発信コーナーに投票箱がありますよ。

 

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動画撮影は南房総市の宮本城の麓からでした〜。

 

 

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2020年10月 9日 (金)

千葉日報掲載のお知らせ

千葉日報に掲載していただきました。

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yahooニュースの記事も。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20201001-00010007-chibatopi-l12

多古町をはじめとして色んな所で歴史やお城を大切にしてくれるようになりますように。
私も頑張りまーす!

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2020年10月 6日 (火)

はじめてのオンラインツアー宣伝動画公開

作っていただきました!
オンラインツアーの宣伝用の動画です。


https://youtu.be/tEn5f4F0isM

かっこいいー
素敵な動画にしてもらいました。

一緒に歩いてるような気分になってもらえるように撮影しました。

はじめてのオンラインツアー初日は11月15日(日)です。
申し込みはこちらから。

https://online-tour.jp/

 

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2020年10月 4日 (日)

松汀園・10月&11月歴史ウォーキングイベントのお知らせ

またまた逗子のKKR松汀園にて歴史ウォーキングイベント開催いたします!
好評いただきまして、しばらくシリーズ化?させていただくことになりました♡

ウォーキングのあとは逗子のKKR松汀園にてお食事付きのコースです。
大正浪漫のお宿で、とっても美味しい懐石料理を食べて解散となります。

日帰りでもOK!もちろん宿泊もできます!(宿泊は別途宿泊料金)

申込みは下の写真の電話番号へお願いしますね。


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はじまりの鎌倉&おわりの鎌倉!!
面白いテーマです。
ぜひご一緒しましょう~。

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2020年10月 3日 (土)

新ツアー「のあたび」のお知らせ

神奈川県藤沢市にある旅行会社「のあたび」さんにて、ツアーをやらせていただくことになりました。

とても素敵なツアーを開催してる会社で、ホームページも可愛い!!
わたしのツアーページもとても楽しく可愛く作ってくれました♡

まずは第一弾!!
鎌倉殿の13人を先取りしましょう〜。

https://noatabi.co.jp/goto-kamakura13-part1/

なんと、GOTOキャンペーンでものすごい安い!!
びっくり!!

古民家レストラン「なるせ」の昼食付きです。

ありがたいことに予約が埋まりそうとのこと。検討中のかたはお急ぎください。
和田義盛の弟が所領にしてた南深沢エリアをたっぷり歩きます。

GOTO歴史探検の旅へ!!

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2020年9月26日 (土)

「御城印」一宮城・高藤山城・宿内砦・謙信一夜城

9月26日に新しい御城印が販売になります。
千葉県長生郡一宮町から「一宮城」「高藤山城」
千葉県佐倉市から「宿内砦」「謙信一夜城」

すべてデザイン担当させていただきましたー!
今回もカッコいいぞー!自分で言う(笑)


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一宮城は水陸の交通の要衝地にあたり、上総国一宮である玉崎神社も置かれています。
そのため、色んな勢力がぶつかる地で、戦国時代には何度も戦いの舞台になりました。
一宮城は一宮正木氏の城として整備され、同族の勝浦正木氏との戦いの舞台にもなりました。さらには、小田喜正木氏(大多喜)との関係や、里見氏、北条氏も絡み、何度も戦火にさらされました。城下に発給された禁制も残っています。

平安時代から鎌倉時代には上総氏が領地としていたといい、頼朝の鎌倉幕府設立に尽力した上総広常が一宮周辺を治めていました。

頼朝の武運を祈って一宮玉前神社に鎧を奉納したといいます。
御城印はその伝承に因んで鎧をモチーフに、さらに上総氏、正木氏、里見氏の家紋を配置しました。



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高藤山城は上総広常の居城と伝わりますが、今に残る城の遺構は戦国期のものです。
御城印は上総広常の絵図をモチーフにしました。

高藤山城の城の由来は不明ですが、一宮城と連携して戦国時代には取り立てられ整備されたと思われます。

販売場所のご案内。

一宮城と高藤山城は以下の1か所での販売です。

・一宮駅前観光物産直売所
千葉県長生郡一宮町一宮2738-1

℡ 0475-47-2100
8:30~16:30 (火曜定休) 

通販は歴×トキで取り扱います。
https://www.rekitoki.com/shop





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宿内砦は臼井城の支城として整備されたと考えられています。
他にも臼井城支城砦群として4つの砦がありましたが、遺構がのこっているのは宿内砦だけです。

上杉謙信(輝虎)が臼井城を攻めるものの、臼井城は落ちず、上杉軍は撤退しました。
御城印は臼井城や宿内砦から出撃して上杉軍と戦った城兵の絵をモチーフにしました。
謙信一夜城は城兵に攻撃されて逃げていく謙信の軍勢をデザインし、2枚でシンクロして楽しめるようになってます。



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謙信一夜城は臼井城を攻めるために上杉謙信(輝虎)が築いた陣城と伝わります。
御城印は臼井城からの攻撃に逃げていく謙信の軍勢をモチーフにしました。
宿内砦の御城印は臼井城や宿内砦から出撃して上杉軍と戦った城兵の絵をモチーフにしてあり、2枚でシンクロして楽しめるようになってます。


宿内砦と謙信一夜城は以下の3か所での販売です。

・京成佐倉駅前観光案内所
千葉県佐倉市栄町8番地7(佐倉市観光協会内)
043-486-6000
8:30~17:00
年中無休(年末年始は除く)

・JR佐倉駅前観光情報センター
千葉県佐倉市六崎169-17
043-485-9700
9:00~17:00
休業日:12月29日~1月3日

・ふるさと広場売店「佐蘭花」
千葉県佐倉市臼井田2714
午前9時~午後5時
※休業日 年末年始(2018年12月29日(土)から2019年1月3日(木))のみ

〇ネット販売
 下記ネットショップにて販売しております。(歴×トキでは通販の取り扱いは致しません)
 https://sakurakankou.thebase.in
上記のネット通販は、1枚400円(税込)※別途送料100円がかかります


宿内砦、謙信一夜城の通販に関するお問い合わせは、
◆問い合わせ
公益社団法人佐倉市観光協会
043-486-6000

現地にも足を運んでくださいね。
どのお城も歴史たっぷり楽しめます♡

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2020年9月22日 (火)

OMOオンラインツアーのお知らせ

なかなかウォーキングイベントなどができないこともあり、新しいことを取り入れてみました。
オンラインを使って、なにか面白いことをやりませんか?と声をかけていただきまして作戦START!
やっとツアー開催が決まりました。

現地のレポートVTRと、オンラインのリアルタイムでのつながりを生かした新しいツアーです。
ただ画面を見てるだけではなくて、オンラインで話したり、クイズに答えたりと参加型のツアーです。
(もちろん見てるだけでもOKです)

お土産付きのツアーになってますので、コースを選んでいただくと商品がご自宅に届きます。
行った気分になって、おうちでビールを飲んだりしながらツアーをお楽しみいただけます。
人数限定で、スタジオ鑑賞&懇親会付きのコースもあります。

いつもとちょっと違うツアー、一緒にいかがですか?

https://online-tour.jp/

シリーズ1作目は、高野&長窪切通しと六国見山です。
リアルウォーキングイベントに参加した方もきっとお楽しみいただけます。
遠方の方もオンラインなので全国全世界どこからでも参加できますのでぜひぜひ♡

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いざ、神津島へ!

はじめての神津島!
神津島は大火で燃えてしまい史料などが残ってないものの、延喜式に定められた式内社が2社もあります。
とても歴史深い島なのです。

山城じゃないけど、歴史を使って神津島の魅力をさらに発信しようというようなお仕事をいただいて行ってきました😊
天気に恵まれ、夜は天の川も見れて最高でした

 

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前浜の景色。
神津島の集落はこの前浜地区しかありません。
なので、島の人はほとんど顔見知りとのこと。

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物忌奈命神社。ものいみなのみこと神社。式内社(明神大社)。
式内社とは、延喜式に列せられた格式の高い神社のこと。
延喜式とは、朝廷が定めた律令の細則のこと。

簡単に言うと、朝廷が定めた法律があって、そのなかに細かい色んな決め事があって、神社の項ではいくつかの神社が明神大社として格の高い社として登録されてて。その登録されてる一つがここ物忌奈命神社なのです。

この神社の創建は不詳ですが、840年に神階が上がったとされています。
神階が上がった理由は、838年に神津島が噴火した際、その音が京都まで聞こえたといい、あまりの噴火の凄さに理由を占った結果、噴火の原因が阿波神の怒りだということが分かりました。
なぜ、阿波神が怒ったかというと…。
実は832年に三嶋神とその後妃である伊古奈比咩命の両神が名神になりましたが、本后である阿波神は名神にしてもらえませんでした。それに対する怒りで神津島は噴火したと占われたのです。

その占いを受けて、阿波神とその息子の物忌奈神の神階が上がったと言われています。


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ちなみに東京都で明神大社に列せられてるのはこの物忌奈命神社と、同じく神津島にある阿波命神社のみ!
神津島ってすごい!ますます神津島の歴史が興味深いですね。

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神津島は江戸時代には幕府の流刑地でしたので、思想犯政治犯などが流されてきました。
この十字架のジュリアは小西行長が朝鮮出兵の時に連れ帰ってきた朝鮮貴族の娘で、そのあと江戸城大奥に入りましたが棄教しなかったために神津島へ流されました。
そのジュリアの供養祭を今でも島で行ってます。ただ、神津島がジュリア終焉の地ではなく、島を出て他の場所に移ったという記録が近年出てきたそうです。
他にも日蓮宗不受不施派の僧侶たちも神津島には流されてきました。

 

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838年の噴火でできた山が天上山!
写真の奥の大きな山が天上山です。
何とその爆発までは、存在しない山だったのです。まだまだ若い山なんですね。

手前の湾が三浦湾、奥の湾が多幸湾です。

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手前の三浦湾の岸壁を少しアップに…。
洞穴があります。
黒曜石を取りにきた人たちが使ったんでしょうか。
中世に倉庫や舟の収納などには使ってなかったんでしょうか。

そもそも、神津島に「三浦湾」という湾があることを知って是が非でも来てみたかったんです!!
三浦一族は全国各地の湊を押さえていた一族で海の一族です。
中世には八丈島に三浦氏の代官がいたことも記録に残っています。八丈島、さらには神奈川湊の利権を伊豆の伊勢氏と争っています。八丈島より手前にある神津島に三浦氏の痕跡があってもおかしくないなとずっと気になってたのです。


神津島は大火で文献が焼失してしまってるので、詳しいことは分からないけど考えることはとても楽しいですね。
なにか面白いことが分かったらまた報告します!

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三浦湾からは三宅島(左)と御蔵島(右)が見えます。

 

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湾に下りてみます。民家の裏手から。最近は湾まで下りる人もいないようで草ボーボー。
有り難いことに前田村長が案内してくれました。


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三浦湾。流紋岩がゴロゴロとしてます。波に削られた玉石が転がってるのは、神津島ではここだけ。
風が強いときに風待ち湾として良さそうな湾です。


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三浦湾お隣の多幸湾。
ここも白砂で美しい。
天上山が崩れて、さらに風にさらされて白砂を生み出してます。

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流紋岩由来のガラス質の砂。
キラキラしてる。

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多幸湾には湧水が。
冷たくておいしい!ペットボトルに入れて持って帰っても数日は味が変わらず美味しいまま!ほのかに甘くて最高!

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どんどん湧いてきてます。

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実は利島の神様のおかげで、神津島では美味しい水が湧きます。
この寝っ転がってるのが利島の神様。

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神津島に、それぞれの島の神様が集まって話し合いをしました。
そのため「神集島」とも言われたりします。元は「上津島」とも書いたようです。
集まった島々の神様たちは、貴重なお水を分けるために話し合いをしました。その話し合いに送れてきた利島の神様が自分の島の分の水が少ないことに怒り、水を蹴散らしてしましました。その水は神津島のあちこちに飛んでいき、それが神津島の湧き水となって今も流れ出てるといいます。


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こちらが前述した阿波命神社。三嶋の神様の本妃です。こちらも式内社です。

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もともとの社殿の石垣。この石垣は東京都の指定史跡になってます。

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こちらは赤崎海岸。島の一番北側に位置して、夜は真っ暗になる星空ビュースポットです。
同じく天上山の流紋岩で海岸が形成されてますが、温度の違いなのか赤い岩が多いです。なので、「赤崎」と呼ばれているそうです。

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海賊のアジトのようなアスレチック的な感じ。飛び込み台があったりと、大人も子供も楽しめる海岸です。


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電灯の付け替え中につき、先っぽの電灯が外されています。
星空保護区申請につき、島の電灯の付け替えが行われました。
星空保護区になるには、光が空に向かって発光される電灯はNGです。そのため光が下向きにしか行かない電灯に付け替えなくてはいけないのです。


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抗火石を使った歩道の整備。流紋岩の一種である抗火石(コーガ石)をスライスして、タイルのようにしてます。
島の石を使った素晴らしい整備ですね。

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温泉。塩分たっぷりの源泉かけ流し。水着で入ります。ぬるめで最高でした。

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hyugaブルワリーのあしたばビール3種。
どれも美味しくて❤苦いのかなと思ったら、後味がほんのり甘くて。
お土産にもどうぞ。


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集落のある前浜エリアを歩くと、お地蔵さんや猿田彦がたくさん祀られています。
辻々に猿田彦が祀られていて、入り組んだ集落をフラフラしてるだけで楽しい。


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同じく集落にある資料館には黒曜石や縄文時代の遺跡からの出土品などが展示されてます。

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ただし、中世については何も史料がなく残念。

 

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神津島には江戸時代に坂東札所、秩父札所、西国札所めぐりが設置されて、島の人たちの信仰が垣間見えます。
上の写真は秩父山にある秩父札所の巡礼地。

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秩父山にある月待塔。
「月待」とは特定の形の月が出るのを待つ信仰。神津島では「二十三夜」を待って祈っていたそうです。



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これは、庵屋堂という坂東札所の巡礼地。

では、最後に天上山へ。
838年の爆発で出来た山です。
まだまだ若い山であること、西風が常に吹きつけることなどにより山頂付近には砂漠もあり、生態系も特殊だそうです


 

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これは山頂の裏砂漠。
一面真っ白の砂。白砂の海岸ともちろん同じガラス質の砂です。
流紋岩が風化して砂になるので、砂漠の砂も減ることなく一面真っ白。


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山頂には流紋岩がゴロゴロと転がってます。

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いくつか人工的に列にして石を積んでいる箇所が見受けられます。
誰が何のために?
案内板には「おろしやの石塁」と書かれていて、ロシア船が近郊で出没するようになった幕末期に、その対策として積まれたと書かれていますが…。



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山頂からは三宅島が。
ちょうど竹芝桟橋を昨日の夜に出発したサルビア号が入ってきました。

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そして、向きを変えると…。ものすごい!!
これが今回一番感動した景色!!

式根島、新島、大島、利島などなど。
何て美しい!!
この島々の間を縫って、古代から船が行き交ってたと思うと感動です。

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天上山山頂572m。

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不動池には不動明王が祀られています。
修験道の言い伝えもあるそう。

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窪んでるところが、噴火口かと言われてるところ。
ここに島々の神が集まったらしい。

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ツツジの枝や葉の隙間に砂が積もる。それがこんもり山になる。しかも、西から強風が吹くため、風よけにするために松が東側に生殖する。ツツジと松がそうやって共存してる。
面白い光景!



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なんだろう。積んである。
大正期の治山工事のときか、それともいつ?…
丸い半径3mくらいのスペースを石で囲むように。それもパッと見たところ、5つくらい。
なんなのか、全くわからないらしい。

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最後は多幸湾からの絶景を。
風が強いと、前浜の神津港ではなく、多幸湾からジェット船が出港。今回も多幸湾から東京へ戻りました。

神津島のちょっとした歴史MAPなどを作ります。
完成したらまたお知らせしますので、ぜひ神津島にお出かけくださいませ❤


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2020年9月20日 (日)

タウン誌「エリート情報」掲載のお知らせ

千葉県のタウン誌「エリート情報・成田版」に紹介していただきました。
多古町城郭保存活用会の活動が取り上げられ、私もアドバイザーとして紹介していただきましたー!!

多古町では御城印キャンペーンもやってるし、並木城も素晴らしい整備で見学しやすくなったし、これからどんどん盛り上がっていきます!!
これは多古町に行かないと!ですね(^^)

 

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2020年9月10日 (木)

多古城郭保存活用会アドバイザー就任&キャンペーンのお知らせ

千葉県香取郡多古町の多古城郭保存活用会さまからお声掛けいただきまして、アドバイザーに就任させていただきました!!
多古町は、ミネラルたっぷりの「多古米」などの美味しい農産物が有名ですが、今回は「お城で多古を盛り上げよう!」というそんな素敵な動きが多古町で高まってきているのです!!
なんて素敵♡お声かけいただいて光栄です✨


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アドバイザーにしていただいて、多古城、並木城、志摩城の御城印パネルにサインさせていただきましたよ。
多古町コミュニティプラザに展示してありまーす!

そもそもは多古城郭保存活用会が御城印で町を盛り上げよう!と、多古城、並木城、志摩城の御城印発行を開始したのが始まり。
御城印を買いに来た方に、お城を見に来てくれた方に、少しでも多古の城郭の素晴らしさを知ってもらおう!と、会の皆さんが並木城の整備を始めたのです。会のボランティアの草刈りや整備の甲斐があり、なんと、並木城が500年の眠りから目を覚ました。


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きれいに整備された並木城の空堀

 


多古は今も美しい水田が一面に広がっていますが、昔は湿地帯でした。栗山川や借当川が流れ、谷を作り、それらを水運として利用しながら地域は栄えました。多古は「多湖」、並木は「浪来」、志摩は「島」というように、水、水運、水上交通との関連が言われています。
そんな多古は南北朝時代には谷ごとに各勢力が存在蟠踞し、川を挟んで目と鼻の先の距離同士で「船いくさ」が繰り広げられました。

名門千葉一族の宗家が、猪鼻城を急襲されて最後に逃げてきたのも多古です。平安時代からの名族千葉氏の宗家が、諸家である馬加氏(まくわり)に滅ばされたのが、ここ多古なのです。多古には素晴らしい歴史が埋もれているのです!すごい!!

なので、多古には城郭がたくさん!
なんと35を超える城郭が県の調査で確認されています。

と、いうことで多古町御城印プロジェクトが始動~。
こんな素晴らしい地域の「城」という資源をフル活用しちゃいましょう~
エイエイオーッ!!


そのプロジェクトとは
「多古町御城印プロジェクト・次に出るのはどこの城?お城予想大作戦!」

主催は多古城郭保存活用会で、町一丸となってお城で多古町を盛り上げちゃいますよ♡



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今、多古町のお城の御城印は多古城、並木城、志摩城の3城が出ていますが、あと9城の御城印が発行されることになりました。
毎月1城ずつ発行され、2021年6月までに9城が発行予定、今までに出ている3城と合わせて12城となる予定です。
そこで、その毎月発行される御城印はどこのお城かを予想していただき、当たった方や予想してくれた方に素敵な景品が当たるというキャンペーンを開始します!



お城当て大作戦のルールは簡単に言うと、
”たくさんある多古のお城の中から、毎月発行される城を予想する”
”見事的中した方の中から抽選で毎月3名様に当該月発行の御城印をプレゼント”
”予想が外れても、なんと予想してくれた方の中から毎月3名様に抽選で多古町の名産品をプレゼント”
”多古町の名産は何が当たるかはお楽しみ、当選結果は商品の発送をもってかえさせていただきます”
”予想の応募は多古町のあじさい館2階の応募箱『タコバコ』1か所のみで受け付けてます”
”毎月おひとり様1回の応募とさせていただきます”

というものです。
多古町の道の駅あじさい館2階に、多古のお城MAPと応募用紙、応募箱「タコバコ」が設置してあります。
あじさい館にて、お城MAPを見ながら予想して、応募箱『タコバコ』に応募用紙を入れてください。
毎月応募しなきゃソンソン!!あじさい館2階には多古のお城MAP、一覧表などが掲示されてますのでそれを見て応募してくださいね。

9月12日(土)お城予想大作戦スタート!!
応募は道の駅 多古あじさい館2階情報コーナーにて。

詳細はコチラ

ダウンロード - e5a49ae58fa4e794bae5bea1e59f8ee58db0e38397e383ade382b8e382a7e382afe38388efbcb0efbcafefbcb0.pdf


こんな感じで、多古町のお城はこれから盛り上がっていきますのでぜひ足をお運びください。
あじさい館には美味しい多古の名産がたくさん売ってますよー!

あと、多古町コミュニティプラザには、多古城郭保存活用会が作成した並木城の鳥観図や、縄張図、多古町から出土した丸木舟などの展示もあります。合わせてお立ち寄りください。

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多古町コミュニティプラザ


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私の紹介も載せてくれました♡


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多古町のアイドル「ふっくらたまこ」ちゃん!かわゆい♡

ぜひぜひ、多古町に遊びに来てね!道の駅あじさい館にたくさんも名産品があるのでお土産にタンマリと買って帰ってね✨
お城当て予想はあじさい館の2階!ぜひ、ご応募くださいね♡

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2020年9月 7日 (月)

三浦一族研究会と芦名氏

三浦一族研究会の機関誌が届きました
私が担当した講座の記事も掲載されました。

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全国に広がって活躍した三浦氏の、各地の城を紹介させていただきました。
越後江上館、黒川城、鳥坂城
これは和田氏が越後の地頭になったことに始まり、戦国時代まで三浦一族の系統が続きました。そして上杉氏の家臣になり、そのまま米沢へと移りました。

会津向羽黒山城
こちらは、三浦一族佐原氏の系統が奥州の戦国大名蘆名氏となり、築いたのが発端の城です。
他にもそんな三浦氏ゆかりの城を紹介させていただきました。

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ぜひ、三浦一族研究会にもご入会くださいね。年間1000円ととってもお得です。


≪お問い合わせ・入会申し込み≫



文化スポーツ観光部文化振興課

横須賀市小川町11番地 本館3号館4階

電話番号:046-822-8116



 

この前、カルチャースクールで横須賀市芦名に行ったのでそのご紹介。
この「芦名」こそが、戦国大名「蘆名氏」の名前のもとになった地名です。

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この山が芦名氏の城と伝わります。
その真偽はともかくとして、この麓には「御館」という字名が残り、いまは大楠小学校になってます。
三浦義明の弟、芦名為清から始まるとされる芦名氏が領地としていたエリアです。
このエリアには、今でも佐島マリーナがあり、湊となっていた中世の姿が容易に想像できます。


芦名には三浦一族の氏神「十二天」が祀られていた神社も残り、三浦氏との繋がりが今でも現地に残っています。

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頼朝の子、頼家が生まれる際には佐原義連が神馬を奉納したりと、三浦一族の中でも重要な神社だったことが分かります。



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そんな芦名、佐島エリアを歩くとこんなお魚にも出会えます。
豊かな漁港町だったことが偲ばれて、散策するにも楽しいところです。


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2020年9月 4日 (金)

久留里城・御城印デザインさせていただきました!

千葉県君津市の久留里城の御城印デザインさせていただきました。
9月12日から現地販売開始です。
こちらの御城印は通販での取り扱いはしてません!
現地でお求めくださいませ。

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現地販売場所は
・君津市久留里観光交流センター
 君津市久留里市場195-4
 0439-27-2875
 9:00-17:00
 休館日は月曜(月曜が祝日の場合は翌日が休館)


久留里城は明治まで使われたお城ですが、今回の御城印は中世の歴史満載の図柄にしてあります。
江戸湾沿岸部の佐貫などの城で、北条氏の備えようとした里見氏ですが、北条氏の勢力に押される形で内陸部の久留里城に拠点を移しました。

そして、久留里城も北条氏の軍勢に攻められることになるのです。久留里城の発掘調査では、中世の柱穴も見つかっており、里見氏の痕跡が土の中に埋もれています。御城印には里見氏段階の建物が建っていた可能性のある基壇を描きました。江戸時代以前の城の姿を想像して楽しんでもらえたらいいなと思います。

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≪告知≫京急百貨店カルチャースクールCOTONOWA・10月から12月

少しずつカルチャースクールや講座なども再開になってます。
コロナ対策&熱中症対策しながら楽しく歩いてます。


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この前は横浜市都筑区の茅ヶ崎城と弥生時代の環濠集落と墓地である大塚歳勝土遺跡へ。
暑かったけど、早淵川の入江を想像しながら楽しく歩きました。


COTONOWAさんの新しいパフレット出たのでお知らせします。
https://www.cotonowa.jp/cotonowa/asp-webapp/web/WTopPage.do

サイト内の検索は「山城ガールむつみ」で検索ください。
10月27日(火)住吉城

11月24日(火)寺尾城
12月22日(火)小机城

申込お問い合わせは上大岡京急百貨店COTONOWAまで!
 
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2020年8月29日 (土)

≪新作完成≫山城ガールむつみデザイン御城印販売開始のお知らせ

8/29日から新たな御城印の販売が決まりました。
全て1枚300円です。(税込み)

千葉県安房郡鋸南町
「勝山城」「妙本寺砦」

千葉県富津市
「飯野陣屋」

この3城です。すべて私がデザイン&説明文を担当させていただきました。

勝山城と妙本寺砦は、ともに対北条氏用に築かれた里見氏の城、要害です。


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勝山城は直下にある湊をモチーフにしました。

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妙本寺砦は、いまの妙本寺の山門をモチーフに。現地に立つと、地形を利用した要害だということが分かりますので聳え立つ砦のイメージで作りました。



勝山城と妙本寺砦の販売場所は
・鋸南町観光協会 保田駅前観光案内所 9:00~17:00(火曜定休)

    千葉県安房郡鋸南町保田249 

    ℡0470-55-1683

    


   

飯野陣屋は譜代大名保科氏の陣屋です。1万7000石になった時点で築城されたので、横矢や水堀、土塁などを設け、城郭の構えになってます。
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飯野陣屋のシンボルである水堀を強調するデザインにしました。

飯野陣屋の販売場所は以下の2か所です。

・平野青果 
富津市下飯野895-1 
電話 0439-87-0386
 

・飯野ラーメン 11:00~20:30(木曜定休)
富津市下飯野330-3 
電話 0439-87-1535


3城とも歴×トキにて通販でも対応しています。HPの問い合わせから、お申し込みください。
https://www.rekitoki.com/shop








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2020年8月28日 (金)

≪告知≫KKR逗子松汀園イベント

逗子にある大正ロマンの宿「KKR逗子松汀園」で、食事付きのイベントです。
こちらもぜひ♡

9月28日(月)
鐙摺城と長柄桜山古墳へ!
申込お問い合わせはKKR逗子松汀園 へ。

046-871-2042


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2020年7月22日 (水)

≪新作完成≫山城ガールむつみデザインの御城印と御城印帳

新しく私がデザインした御城印帳と御城印が販売開始となります。
下記はすべて7月23日から販売開始です。

今回も楽しくデザインさせていただきました。またこれをきっかけに歴史を楽しんでいただけたらと思います。

・南総里見八犬伝の御城印帳 3,850円(税込み)

源氏の名門新田氏に繋がる里見氏は戦国期には房総半島にて勢力を広げていきました。南総里見八犬伝に描かれる里見氏の姿と、実像の戦国大名里見氏。表と裏の世界観の違いを楽しんでいただけたら嬉しいです。

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表面は江戸湾をまたにかけて活躍した里見氏をイメージし、海に浮かぶ船をデザインしました。

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裏面には南総里見八犬伝の世界を描きました。伏姫の周りには八匹の犬、頭上には八個の玉が妖しく輝いています。

里見氏の虚と実の世界、ぜひ楽しんでください。販売場所は以下の三か所です。

枇杷倶楽部 http://www.biwakurabu.jp/
千葉県南房総市南房総市富浦町青木123-1

道の駅三芳村鄙の里 https://www.hinanosato.jp/
千葉県南房総市川田82-2


道の駅ちくら潮風王国 https://shiokaze-oukoku.jp/

千葉県南房総市千倉町千田1051



・鶴舞城
御城印 300円(税込み)

明治に入ってからつくられた日本最後の城下町鶴舞。鶴のような地形から名付けられました。
鶴と城主井上家の家紋をモチーフにしました。廃校になった鶴舞高校の家紋も配置、鶴舞の歴史が地元の誇りとして顕彰されていきますように。

 

千葉県市原市鶴舞303
つるまいホープラザにて販売。
0436-88-4001

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・美濃山口城御城印 300円(税込み)

古田織部の生誕地とも言われる山口城。古田織部の絵と古田氏の家紋を配置しました。
織部焼の中でも代表的な青織部をイメージした青緑のカラーでデザインしました。

販売場所は以下の3か所です。

・道の駅織部の里もとす
http://www.motosukankou.gr.jp/02_sightseeing/02_02.html

・道の駅うすずみ桜の里
http://www.motosukankou.gr.jp/02_sightseeing/02_01.html

・モレラ岐阜観光案内所
https://malera-gifu.com/facilities/

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里見八犬伝の御城印帳と鶴舞城の御城印は通販にて取り扱ってます。(山口城は通販取り扱いはありません。)
ご注文はコチラから

https://www.rekitoki.com/shop

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2020年6月24日 (水)

ときがわ町「小倉城ツアー」開催のお知らせ

埼玉県ときがわ町の小倉城・大築城の御城印と、慈光寺の御朱印の発行が決まりました。
2020年7月23日(祝)です。
地元産の楮(こうぞ)100%の素晴らしい和紙を使った御城印&御朱印です。

これにより、素晴らしい地域の歴史が注目されるといいですね!
ときがわ町観光協会では、記念イベントを開催します。

和紙の手すき体験や書道家の直筆御城印などの企画がたくさん!
ぜひ足を運んでみてください。

私も発売開始日に小倉城ツアーを行います。7月23日の海の日は一緒に山城に行きましょう~。
事前予約30名先着です。予約はお早めに!!

この前、久しぶりに小倉城に行ってきました。下見がてら。

色々と分かって、楽しくて、ツアーが待ち遠しいです♡
参加申し込みお待ちしてます。

https://www.tokigawa-kankou.com/


詳細&申込問い合わせは、ときがわ町観光協会まで。


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