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2016年9月 9日 (金)

「いざ!佐原氏はじまりの城、佐原城へ!」の巻(タウンニュース連載記事)

タウンニュースにて連載の三浦半島のお城シリーズ!!
第二弾に選ばれたのは…
ジャジャーン!!
佐原城!!!!
ではでは、ドキドキワクワク!クリックどうぞ!

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タウンニュース連載記事です!こちらもお読みくださいまし!
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 JR久里浜駅、京急久里浜駅、京急北久里浜駅からスタスタ歩きで20分ちょっとのところに佐原城はあります。住宅街のほうにズンズン歩いていきます。案内板もなにもないので、わかりにくいです。目印としては「横須賀グリーンゴルフ」さんの方へ向かいます。向かって右手にある小山が佐原城址です。


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この奥の山が佐原城です。住宅街の中にポツンと取り残されたような小山。標高は20mちょっとかな。30年くらい前までは少々の尾根も残ってたみたいだけど、今は当時を偲ぶものは石碑のみ。


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現在は小山の上は大半は畑になってます。発掘調査によると、堀跡が見つかったみたいだけど現地ではよく分かりません。
でも、なんとなくね。

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ひな段のような高低差のある段々がなんだかね、お城だったときの名残りを感じさせてくれます。




城郭と言うより、防衛機能のある屋敷程度だったかもしれないけど、この城址に立つと、自分たちの生活や文化、経済を守ろうとした想いのようなものを感じます。実際にここには自分たちの大事な領地を守ろうとした意思が存在したんですね。想像するとなんだか、グっときますね。


三浦城郭史をはじめとする城郭資料には、
「衣笠城を守る馬蹄型に配置される支城群の大手の役目を担ってる」
と書いてあります。でも、最近では衣笠城も遺構の確認ができないとのことで、「伝衣笠城」と書いてある本も目にします。
その辺は衣笠城のくだりでお話しすることとして…。


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それにしてもこの石碑ひどい…。いまの農道と向きが違う方向いて建ってるし、蜘蛛の巣だらけだし。かわいそうな石碑。しかも、木に覆われて隠れてるから、石碑を探すのにグルグル回ってしまいましたよ。


昔は西裾の家を「トノイリ」、北裾の家を「コシマキ」と呼んでたみたい。両方とも城址に関係が深いものと思われるけど、今はどの家がそれに当たるのかわかりませんでした。


近くまで海が入江のようになっていて、このあたりも湿地帯でした。水田が広がっていたようです。
海を挟んで対岸には怒田城があり、まるで海からの入り口を佐原城と怒田城で守ってるように感じますね。



『鎌倉九代後記』には「佐原山が伊勢宗瑞(早雲)に攻められた」との記述もあります。その真偽は分からないけど、この城址に立って想像・妄想するには楽しい材料ですね。



佐原城を築城したのは佐原義連(よしつら)。三浦義明の子です。
この佐原の地に住んだので佐原氏を名乗りました。名門佐原氏の始まりです。
佐原氏は遠江の守護をはじめ、各地に所領を持っていました。三浦氏は三浦半島の一豪族ではないんですね。おいおい話しますが、まさに全国で活躍した中世史を代表する一族なんですね。
すごーい!


1247年の宝治合戦で、三浦宗家は滅びますが、唯一生き残った佐原氏が「三浦」を引き継ぎました。その血統が三浦道寸に繋がるわけですね。
さらにさらに!!
会津の蘆名氏にも繋がり、三浦の系統は戦国時代をも生き抜いていくんですね~。
ドキドキしますね!ワクワクしちゃう!!


そして、佐原城とセットで必ず寄ってほしいのが「満願寺」
開基は佐原義連。平家追討に向かう前に戦勝祈願したそうです。自分の等身大の観音像を彫らせて、平家追討に出発しました。
その観音像の美しいこと!!少し、頬がふっくらしてあどけなさの残る感じ。優しい表情なんだけど、負けん気の強そうな目。
226センチの観音像は迫力満点!必見です!要予約。拝観料300円なり。


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戦いに勝って「願いが満ちた」ということで、「満願寺」という名前になったそう。
整然としててとても綺麗な境内でした。発掘調査によると、当時はいまの数十倍の広さを誇ったそうな!!

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境内には義連のお墓もあります。


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迫力満点の文化財をとくとご覧じあれ!!


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境内にある中島三郎助の揮毫のある句碑が建ってます。
「まづたのむ 椎の木もあり 夏木立 」by松尾芭蕉

幕末の英雄はどんな思いでこのお寺にきて義連を、そして三浦一族を偲んだんでしょうか。



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発掘調査を終えた後、畑として利用されています。この平場の感じもなんとなく当時の名残りを感じさせてくれますね。
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一瞬、「おっ」っと思いましたが、これは当時の名残りではなく新しく作られた農道の模様。


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うんうん。なんだか感じますよ。



佐原城址に立つと、北側から風が吹き抜けます。当時もこんな風が吹き抜けたのかな?
そんなことを思うと楽しくなってきます。
北側は佐原インター方面に車も通れるほどの幅の道路が通っています。その道の向こうは満願寺方面です。当時はどうだったんだろう?こっちが大手だったんでしょうか?

怒田城方面に目をやると、うっそうと繁った木が視界を阻みます。だけど、不思議と怒田城を感じ、想像することができます。
佐原城の近く、どの辺まで海が迫っていたんだろう?
想像して思いを馳せることに全く退屈しません。
何も分かってないからこそ、何も残ってないからこその楽しみ方。
これが山城の醍醐味ですね!



では、最後に周辺のオススメコースのご紹介!!
詳しいことは上の手書きプリントに書いてありますので見てみてくださーい。



久里浜駅(京急でもJRでも可)



長安寺



八幡神社



正業寺



御滝神社



滝ノ井戸



等覚寺



茅山貝塚



慈眼院



佐原城



満願寺

↓ 

京急北久里浜駅

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