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2017年6月16日 (金)

「いざ!花園城・鉢形城へ!」の巻

最近は三浦半島の話題ばかりだったので、久しぶりに他県の山城めぐりのお話を。
Facebookには小まめにアップしてるんだけど、ブログだと、じっくりしっかり書かなきゃと思い後回しになってしまう…。
記事を貯めるより、とりあえずサラっと書こう!という、やる気満々な感じで紹介するのは「花園城」と「鉢形城」!埼玉県寄居町です。

今回は友人9人でお城めぐり。寄居駅に10時に集合して出発です。

まずは正龍寺へ。
ここには北条氏邦夫妻・藤田康邦夫妻の宝篋印塔などがあります。
花園城のあたりはもともとは鎌倉時代から続く藤田氏の所領。藤田氏は武蔵七党のひとつ、猪俣党の出。山内上杉氏の重臣だったんだけど、河越合戦の後に北条方に。
それで、藤田康邦が北条氏邦を婿にして、それ以降、藤田氏の嫡流は氏邦が継ぐことに。で、藤田康邦の子たちは用土氏を名乗ったそうな。

それにしても、氏邦、康邦ってややこしい。ここに氏康とか入ってくると、ますますややこしい!!
このあたりの住所は「藤田」。こうやって藤田という名は残ってるんですね~。

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この正龍寺は山門から立派!!本堂には北条の家紋の入った駕籠もありました!
あと、飛天もたくさん!

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他にも、北爪氏の武勲を賞し、氏邦から三ツ鱗の家紋を許されたとの碑。北爪家に伝わる氏邦の感状も。ぜひ、お立ち寄りください。





お次は花園城へ。諏訪神社の裏手を登っていきます。


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とくに道はない。と、いうか分からなかった。草ぼうぼうで、道らしくものが見つからん…。9人それぞれが思い思いに草をかき分けながら斜面を登るも、どれが道かわかんないー!誰の進む道が正解?
とにかく草を掴んで上るのみ!

うーん、私の勘だと、そろそろ竪堀が出現するはずなんだけどな…
あっ!!あったー!やっぱり~。と、二本の竪堀を発見!!
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これ、竪堀ですよ!横堀じゃないんですよ!!なのにこの写真写りの良さったら!!肉眼はもっとすごいです!これが横並びで二本!!叫び声上げました。

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そして、おびき寄せられるように進むと石積みの行き止まり!!
しまった!罠に嵌った!!!…ってな感じ。


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この石積みは正面にドバンと。大手道かな?
かなり埋まってるけど、掘ったらかなりの石積みがでてきそう!!
石積みに当てられて、進路を右へ。

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石積みの左手には横堀が入ってます。


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おっと!虎口!繁りすぎてて、めちゃ分かりにくいけど。
木の中に入ると良好な感じで残ってることが確認できました!


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角度がすごい!結構深いぞ!岩盤だ!うーん、ここは堀底が道なのかな?
…とキョロキョロすると発見~。

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あれに見ゆるは橋脚台じゃありませんか?
上ってみよう!


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ほーら。ビンゴ!!
ここに橋を渡してたと思われます!

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曲輪の上の土塁を歩く人たち。下には腰曲輪が続いてる。

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石碑もあった!

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本曲輪の横堀。これが竪堀に繋がっていくのかな。岩盤がっつり。

西側の斜面がどうなってるか見たくて、みんなでガソゴソ進む。迷彩のズボン履いてる人もいるもんだから、自衛隊みたい。迷彩色は森の中に入ると、まったく見つけられない。ゲリラ部隊のようで笑える!!

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ひとり、またひとりと藪の中に消えていく…


結局、道なき道を突き進み、雨上がりのため泥だらけになり、服もビショビショ。やっと出たと思ったら思い切り民家の庭。リビングで寛いでる家主と目が合い、頭を下げながら庭を突っ切らせてもらいました。
山の中ってのはなぜこんなに楽しいのか。全員、童心に帰ってましたね。



氏邦は永禄年間(1558-70)には鉢形城に移ってるらしい。豊臣軍に鉢形城は落とされたとき、花園城はどうなったのかな?攻撃されたのかな?
発掘されてないから、今のところは不明点が多いですね。
このお城はかなり面白い!石積みをなぞって行くと、気づくとおびき込まれてたりとワクワクドキドキ!またいい時期に来たいな~。


近くには伝藤田氏館もあり、その隣にも中世の館跡である箱石遺跡も見つかってます。それらを鑑みると、詰城としての花園城と居館の関係が見えて来るとの事。
by「関東の名城を歩く・南関東編」


と、いうことで次は鉢形城に。歩くこと、1時間。
素晴らしい荒川の渓谷が見えてきます。キャンプをやってる姿も見え、美しい景勝地です。
美しい景色とは裏腹にお城の北側は断崖絶壁!
「鳥も窺い難し」と言われたほどの天然の地形を利用した要害です。

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荒川の水運は昔から使われてて、この地が重要とされたのも舟運が発達してたからでしょうね。
長尾景春がここで主君の上杉顕定に反旗を翻して、鉢形城が歴史の舞台に出てくるわけで。なんやかんやあって、太田道灌に鉢形城が落とされて、ここは山内上杉氏の拠点になっていきます。さらに、なんやかんやあって、鉢形城は北条氏のものになり、氏邦が入って大改修を行い、今のような城になったんですね。

当時の文献から、鉢形・八王子・小田原を結ぶ道が明らかになってるらしい。すごく重要な街道ですね。そして、鉢形城も要衝地なんですね!


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本曲輪。自衛隊がいる!


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二の曲輪。ほんのりと畝堀。横矢もかかる。

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伝秩父曲輪の馬出のとこ。

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馬出の内側。石積みは補強の為かな?

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こっちも石積み。排水溝も完備。

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歴史館に行った後は外曲輪経由で馬出をみて帰路へ。
スマホの電池切れにより、全然写真が撮れず…。がびーん。
諏訪神社あたりもすごかったのに!悔やまれる~。

好戦派だった氏邦は鉢形城に籠るも、前田&上杉軍などに攻撃され開城。
氏邦は前田利家預かりになり、能登へ。鉢形城はまもなく廃城に。


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スマホの最後のひと頑張りで、記念撮影。
大宮で終電まで飲んで帰りましたとさ。楽しかったです。

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