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2017年10月16日 (月)

「いざ!三崎城へ!」の巻(タウンニュース連載記事)

タウンニュースの連載も16回目になりました。
ではでは、今回は「三崎城」です。いってみよー!!
まずはタウンニュースノのコラムを!



↓   ↓   ↓   ↓   ↓   ↓

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三崎城は今の三浦市役所があるあたりです。旧三崎中学校のところ。車で行くと、あまり気づきませんが、結構な高さがあります。歩いて市役所に向かうと、よくわかります。山になってます。標高は30mくらい。
三崎城の始まりはよくわからないけど、今に残る三崎城の姿は北条氏が三浦一族を滅ぼした後に拡大改修したものです。三崎の地は里見氏との国境に当たるため、房総への軍事行動の拠点になったんですね~。海路だと、房総半島は目と鼻の先ですね。

実際、里見氏は何回か攻めてきてて、1556年には兵船80隻で、目の前の城ケ島を占拠して三崎城へ上陸しようとしました。なんとか、三崎城と城ケ島の間の海上で戦って上陸は阻止!里見氏は上げ潮に乗ってヒットエンドラン戦法で、しょっちゅう攻めてきました。怖い怖い。これには北条氏もかなり手こずりました~。
時には迂回して、新井城に攻めてきたこともあります。その対策として北条氏は、攻撃の拠点にしようと浦賀城を築きました。三崎城はどっちかというと、守りの城って感じですもんね。


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エリア的には、こんな感じ。外堀が広い道路になってたり、当時の名残りが今でも十分に地形からも分かります。



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住宅の隙間から城山を見る。突き当たりの高台が城山。うん、結構な山になってますね。

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城山から下を覗くとこんな感じ。うんうん、高く感じます。
海南神社の脇から、城内へと向かいます。海南神社は三浦総鎮守です。
城山に上がって海南神社を見下ろすと、斜面が切り岸になって、がくんと落ちてるのが分かります。
海を見ると城ケ島が、どーんと横たわってます。城ケ島は防波堤にも、港の目隠しにもなったんですね。こうやって眺めると、よくわかりますね。

三浦氏の新井城が落ちた時、三浦の残党が城ケ島に籠って、三崎に入った北条氏をしばしば襲ってきたとの事。これには北条氏も手を焼いて、お寺が仲裁に入ったらしい。その後は、三浦の旧臣は北条氏について三崎十人衆として北条水軍に組み込まれました。三崎は玉縄城領に属し、三浦氏の旧臣は三浦衆として編成されたようです。



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そのまま三崎小学校の方に進むと、光念寺と本瑞寺が並んでます。ここは城の南西にあたり、光念寺と本瑞寺の間には、こんな感じの土塁があります。結構高いです。5mくらいかな?

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うんうん、遠目に見ても高い。
この本瑞寺は、いわゆる頼朝の三崎の三御所の一つ、「桜の御所」にあたります。ここで宴を開いたと吾妻鏡にも書かれてます。室町時代前期のものとされる梵鐘も本堂の中にあります。



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三崎小学校。ここももちろんお城の一部。曲輪があったところです。


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三崎小学校を通り過ぎて、大きな通りに出るところにこんな、こんも~りとした土の塊。これが土塁の一部です。
この大通りの向こう側が主郭にあたるので、空堀になってたと思われます。そこが今は道路になってるんですね。


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この土の塊は三崎市役所入り口の所。これもきっと土塁の名残りでしょうね。


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まずは主郭の北側の際を見ようと、旧三崎中学校の裏手へ。
ほらほら、怪しいじゃ~ん。なんですか!?がくんと落ちてますよ!


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ほら!ここだけ、不自然な感じで。お家が2列分だけ、落ちてます。空堀の底の名残りっぽく見えます!あぁ、楽しい。歩いてて、こういうの見つける感じが本当に楽しい。
三崎城は海側の防衛は堅いけど、北の陸続き側は弱いので3重の空堀を巡らせてたらしい。このガクンと落ちた空堀の名残りのようなものは、自然地形に人工の手を加えた空堀の名残りですね。

そして、旧三崎中学校のプールを通りすぎ、まっすぐ細い道へと向かいます。そうすると、右へ向かう坂道。これを上っていくと、お城の東端の曲輪に到着。




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こんな感じ。右が小さな曲輪。その下の湾の見張りのような位置。
堀切のようにも見える。主郭に向かう通路は土橋になってます。


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今はお堂が建ってる。下を覗くと断崖。標高30mとは思えないほど、高く見えます。下の入江が丸見え!

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下に見える入江はこんな感じ。この入江は「北条湾」という名前がついてます。
その先に、うっすらと見える城ヶ島。当時から今まで三崎港が良港だった理由が分かりますね。このあたりは軍船を留めていた場所です。城ケ島が上手に軍港を隠してくれました。
この入江はさらに奥まっていて、北条水軍の船を留めるには最適だったでしょう。
この港からは、中国からの輸入品の永楽銭が大量に見つかってるらしいです。北条氏にとって、貿易としても重要な港だったと言うことがわかりますね!すごいぞ、三崎城!!


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今は埋め立てて道路になり、さらには奥が住宅地になってますが、当時はもっと奥まで湾が入り込んでました。今でも道路や住宅の下には海が入り込んでます。


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埋め立てられた住宅地。当時はこの辺まで湾が入り込んでたんではないでしょうか?土地がとても低く感じます。

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ではでは、再び城内へ。さっそく横堀出現!結構なシロモノ!!
あぁ!写真では全く伝わらない!!




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そして土塁!!ぐるりと曲輪全体に!
本当は今回のタウンニュース、この土塁の写真にしたかったんだけどイマイチ分かりづらくて断念…。草木も邪魔だし、上手く撮れん!ガッデム!!


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土塁、結構な高さです。まだこのあたりが役場として整備されてない頃の写真を見ましたが、土塁の高さ8mくらいあったように見えました。今は5mってところかな。



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駐車場をぐるりと土塁!なんかイイ~。こういうの好き。


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旧三崎中学校のグランド。
ここには角馬出があったようですが、きれいさっぱりありません。ここが一番広い曲輪ですね。

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石碑。この裏側に土塁があって、角馬出に名残りか?なんて書かれてるんですが、たぶん曲輪の土塁の名残っぽいです。位置的に。
青少年会館、体育館などのまわりすべてに今でもうっすらと土塁の名残りがぐるりと。数十cm程度のとこもあるけど。分かる程度には残ってます。

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市役所の脇を通って行くと、こんな小道。うねうねと曲がりくねってます。これ、大手道かな。人さまの家の間をこっそりと進む。…別に不法侵入じゃないし、ちゃんとした道なんだけどあまりに道の細さに忍び足になってしまう。



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振り返るとこんな感じ。これが大手道っぽいですね。
こんな感じで、三崎城は馬出や枡形虎口とかの最先端の技術が使われてるんですね。北条氏の築城技術がたくさん散りばめられてる当時の粋を凝らしたお城だったんですね~。ちなみに、この大改修工事がほぼ完成したのは1577年ではないかという事。城主の北条氏規が「三崎之普請就出来申候」と記した資料があるらしいです。



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今度は南側の海の方へ。これがさっき上から眺めた北条湾です。いまでも船が係留してあって、なんか雰囲気ある!とてもいい!
三崎は頼朝の山荘があったように、風光明媚な場所でした。北条早雲や氏康たちも三崎を訪れて、景色などを楽しんだと言います。早雲もここに療養に来ていたらしい。



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湾の横のバス停、その名も「北条」!!こういうのを見つけるとテンション上がりますね!


三崎城は1590年の秀吉の小田原攻めにて降伏開城。
城主の北条氏規は韮山城主と兼務で韮山城で戦ったり外交に奔走してたし、城内の主だった人は小田原城に行ってた模様です。

北条が滅びた後は、徳川氏の所領となりました。そして、元武田水軍である徳川水軍の将、向井正綱の屋敷が建てられました。頼朝の三崎の三御所のひとつである見桃寺には、向井一族のお墓があります。桃の御所ですね。
三浦水軍も北条氏から徳川氏に受け継がれました。

江戸時代になると、三崎は天領となり幕府直轄の地となりました。奉行所や関所が置かれ、軍事だけでなく、商業、交通でとても重要な地になったんですね。浦賀とともに栄えたのです。
1811年には会津藩が海防の任につき、城山には陣屋が築かれました。城ケ島にはお台場が。頼朝の三御所の最後のひとつ、大椿寺には会津藩士の墓があります。椿の御所ですね。

三浦一族の時代から現代まで、ずっと重要な役目を果たした三崎。最近は観光客も増えて、にぎやかで楽しくなってきました。なんと、おしゃれカフェも何軒かできました。おいしいドーナツ屋さんも!!
観光がてら、ぜひ出かけてみてください。

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