« 【イベント告知】いざ!石垣山城へ! | トップページ | オトナの遠足「いざ!品川台場へ!」の巻 »

2018年7月 6日 (金)

「山城ガールむつみの寺子屋!」の巻 其の十一

5月25日(金)19時から、横須賀市浦賀駅から徒歩2分のクールクランカフェにて、山城ガールむつみの寺子屋11回目を開催しました。

Img_0749
間違えて写真を消してしまい、寺子屋画像はこれ一枚しかない…。
写真はパラグアイの前原城です。

Photo
拡大するとこちら。
パラグアイにある三層四階の天守閣。城主”は広島県福山市出身の前原弘道さん。

前原さんは1958年、20歳の時に家族七人でパラグアイへ移住したそう。
今はパラグアイの養鶏王と呼ばれて、パラグアイ国内に流通する卵の七割を出荷する会社の社長とのこと。パラグアイの日本人会連合会の名誉会長もされてるそうです。

亡くなったお父さんが、望郷の念に駆られて、移住先のパラグアイに日本の城を建てるのが夢だったとのこと。その思いを引き継いでついに天守閣を完成させたのです。

千葉の館山城、愛媛の川之江城を参考にして設計したとのことで、1996年に着工。築城予定地に公園や道を造るところから始め、10年かけて完成。
熊本城、会津若松城などの復元を手掛けた職人を日本から呼んだり、何度も日本に来て打ち合わせしたり。瓦は750年の歴史と伝統をもつ、愛媛の菊間瓦を使用。伊予松山城や今治城とかに使われてる瓦だそうです。
日本から15000枚の瓦がコンテナで運ばれたとのこと。
天守閣はは日本人移民の資料館になっているようです。

パラグアイのお出かけの際はぜひ寄ってみてください(笑
総費用は1億円とのことです。

 

 

Photo_2

続きまして、これはどこでしょうか?鳥居と国旗が見えますね~。

これは所変わって、ブラジルです。
ブラジルのアサイ市に2018年5月1日に完成した天守閣風の建物。
「旭城」と名づけられたこの建物は、4階建てで石垣も含めた高さは約25メートルという立派なもの。
ここアサイ市は日本人4大移住地の一つ。今でもたくさんの日系人が住むこの町に、市が移民100周年行事として計画し、日本円で約9000万円をかけ、完成しました。
非日系市長は大変な親日家で、日本人の功績を形として残すとともに、アサイ市のシンボルとして観光のためになればと話してました。
天守閣内には日本移民史料館などがあり、日本移民の歴史を発信する役割も担っているそうです。

アサイ市は1932年、ブラジル拓殖組合によって開拓され「旭移住地」と名づけられた。しかし、ブラジルが日本と国交を断絶した1942年以降、公の場での日本語使用が禁止になりました。地名としての日本語も許されず、「Asahi」を止め、微妙に変えてポ語に見えなくもない「アサイ(Assai)」に変更したのだそう。つまり今回の城の命名で、戦後73年にしてようやく本来の「アサヒ」に戻した形になるのです。

 

と、こんなちょっと面白い海外の天守閣のお話をしました。


Img_1636

他にもいろいろと他愛のない話をしましたが、もう一つだけご紹介。
「ここがすごいぞ、三浦一族コーナー」の中から。

三浦一族は中世の早い段階から、そして江戸時代になっても伝承伝説で語り継がれていました。江戸時代には、色んな大名家が自分の家系を三浦氏に繋げるなど、英雄扱いされ、名族だと認識されていました。
いつもこんな話をしてますが、今回は九尾の妖狐のお話を。
南北朝時代の文献にすでに書かれて、伝説化されていたお話。

 

時は鳥羽院の世。
平安時代末期、1140年から1150年頃のお話です。
鳥羽院があるとき病に倒れました。陰陽師に占わせると、院の寵愛している玉藻の前という絶世の美女が、なんと九尾の狐の化身だったのです。
九尾の狐とは、古来、中国などで国を滅ぼすと言われている妖狐です。

これは大変!と、祈祷を行うと玉藻の前は正体を現し、九本の尾を揺らしながら天高く逃げていきました。

この妖狐を退治すべく命を受けたのが、我らが三浦大介義明と上総介広常でした。
逃げた先は下野国那須野。那須野へ駆けつけた義明は矢を放ち、見事、九尾の狐を退治しました。
那須野には今でも殺生石と呼ばれる石があり、ゴーゴーと有毒ガスを吐き出しています。それこそが、矢の刺さった九尾の狐が落ちたとされる場所であり、妖狐の怨念が今でも残っているのです。長きにわたり、近づく人を殺したと言われています。


今は観光地となってる那須野の殺生石。那須塩原温泉でも人気の観光地です。ここが塩原温泉の湯本。と、いうことは那須温泉をつくったのは三浦義明?!
なんとも面白い伝説ですね。

ちなみにこの話には、たくさんのパターンが生まれていますが、三浦一族、義明という存在が武家社会の中で伝説となるほどに高い地位を確立してた、そしていかに英雄的存在だったかということが分かって興味深いですね。


次回もこんな感じに色んな話をしていきたいと思います。

7月25日(金)19時
浦賀 クールクランカフェにて

よろしくお願いしまーす。

 

|

« 【イベント告知】いざ!石垣山城へ! | トップページ | オトナの遠足「いざ!品川台場へ!」の巻 »

文化・芸術」カテゴリの記事

旅行・地域」カテゴリの記事

城・歴史」カテゴリの記事

趣味・ガイド」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「山城ガールむつみの寺子屋!」の巻 其の十一:

« 【イベント告知】いざ!石垣山城へ! | トップページ | オトナの遠足「いざ!品川台場へ!」の巻 »