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2021年8月の7件の投稿

2021年8月29日 (日)

京急百貨店COTONOWA新講座のお知らせと「はまかぜ新聞」掲載のお知らせ

お知らせをふたつ✨

京急百貨店COTONOWAの新講座。サイト内で山城ガールで検索ください♪

9月は洲崎古戦場と梶原氏ゆかりの「梶原」エリア、10月は和田氏と梶原氏ゆかりの「深沢」と「笛田」エリア!、11月は梶原氏と三浦氏ゆかりの「寒川」エリアです!絶対楽しい(笑)!✨
申し込みは9/11から。

https://www.cotonowa.jp/cotonowa/asp-webapp/web/WTopPage.do



4月に開催された横須賀市観光協会主催の三浦一族タクシーツアーが「はまかぜ」に掲載されました。ネットでも読めます✨
https://www.hamakaze.com/yokosuka_miura/20190621/

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2021年8月26日 (木)

新しい御城印発行のお知らせ・千葉県銚子市の中島城と飯沼陣屋

新しい御城印の発行のお知らせです。
神奈川県大和市の深見城、千葉県銚子市の中島城と飯沼陣屋です。
両方ともデザインと同封の説明文を書かせていただきました。
3城とも歴×トキにて通販取り扱います。



詳細は以下です✨
どのお城も歴史が満載で楽しいお城。
御城印で楽しむのもよし、現地で歴史めぐりするのもよし。

それぞれに楽しんでください✨
下に詳細など載せておきます。

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販売開始は8月27日(金)ですが、土日祝がお休みなので、お気をつけください!

名称:松代印刷株式会社
住所:神奈川県大和市南林間1-7-9(3階)
営業時間:平日のみ営業9:00~17:00 土日祝休み

(その他、正月・お盆等の休みあり)

TEL:046-276-5151


【深見城のご説明】神奈川県大和市

 深見城は大和市の北東、横浜市瀬谷区との境に位置し、蛇行する境川に突き出した半島状の急崖上に築かれました。

発掘調査では13世紀初頭から14世紀にかけての遺物も検出されていて、詳細は不明ながらも、この台地が鎌倉時代から何らかの形で使用されていたことがわかっています。

地元では古くから山田伊賀守経光の城であるとの伝承もあります。この人物は宝徳年間(1449-1452)に境川対岸の瀬谷郷にいたことがわかっているものの、深見城との関連は不明です。

現地に残る遺構は、クランクを多用し、横矢が掛かる複雑な構造となっていて、その形態から15世紀から16世紀後半にかけて機能していたと考えられます。

永正年間以降、北条早雲(伊勢宗瑞)が相模国を手中に収めようと軍事行動を具体化させます。その意思を氏照、氏康らが引き継ぎ、扇谷上杉氏との抗争が起きる中で、深見城が小田原北条氏の陣城、駐屯用などの繋ぎの城として取り立てたとも推察されています。

この深見の地は交通の要衝に当たります。境川の水運はもちろんのこと、武蔵国と相模国の大動脈であった矢倉沢往還と鎌倉往還が通り、戦国期になると滝山城(八王子市)と玉縄城(鎌倉市)を結ぶ滝山街道が整備されました。その結節点にあたる下鶴間には、「宿」の小字が残っていて、宿場の機能を持つ集落があったと思われます。深見城が築かれた城ヶ岡には「一ノ関」という呼称も残り、古くから交通、軍事の要衝地であったことを連想させます。

 

【御城印のご説明】

深見城の発掘調査では、室町時代と思われる風炉や香炉などの遺物も検出されています。風炉は持ち運びができる炉で、上に釜を置いてお湯を沸かしました。御城印には風炉に描かれていた花びらのような模様をモチーフにしました。生活用品はあまり出土せず、かわりに火舎(火鉢)が検出されていて、駐屯の際に使用された可能性も指摘されています。

深見城は中世城郭としての遺構の残り具合は神奈川県下でも有数の城郭といえ、主郭に2カ所設けられた虎口の前面には馬出が配置され、横矢が多用された特徴的な縄張りになっています。御城印は、深見城の縄張図とジオラマをモチーフにしました。さらに城域の南端には、物見に使用していた櫓台と思われる高まりがあるため、ジオラマには櫓を描くとともに、小田原北条氏の家紋「三つ鱗」をデザインしました。馬出は北条氏特有の角馬出になっていることからも北条氏との関連が考えられます。



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中島城と飯沼陣屋の販売開始情報はコチラ
販売開始は8月28日(土)
販売場所
名称:銚子観光案内所
住所:千葉県銚子市西芝町1438(JR銚子駅構内)
営業時間:8:45~17:00 年中無休 
TEL:0479-22-1544

【中島城のご説明】千葉県銚子市

中島城は利根川に面する標高40mほどの台地に築かれ、東西約500m、南北約400mを城域とする大規模城郭です。中世には香取の海に面する水運の要衝地にあたり、千葉一族海上氏の居城と考えられていて、戦国期には千葉氏の下総統治の拠点のひとつだったと思われます。

周辺に残る海上氏ゆかりの寺院には、鎌倉期の仏像が安置されており、また、周辺からは鎌倉時代の経筒も出土しています。これらのことからも、すでに鎌倉期には海上氏がこの地域を本拠地にしていたと考えられていますが、折れを伴う空堀などの遺構から、現在の形態は戦国期の城郭であると思われます。空堀の一部には湿地となっている箇所もあり、中世城郭には珍しい台地上の帯曲輪部分に水堀の存在が指摘される貴重な城です。

海上氏は平安期に両総平氏の常衡、常幹父子を祖として歴史舞台に登場しましたが、まもなく衰退しました。鎌倉時代になると、源頼朝の幕府樹立に貢献した千葉常胤の子、胤頼から始まる東氏の庶流が海上庄を領して、海上氏を名乗りました。そして、室町期には鎌倉公方の奉公衆となり、勢力を拡大していきました。

戦国期になると、千葉宗家当主昌胤の庶子だった胤富が婿として海上氏を継ぎ、森山城(香取市)に入りました。その後、胤富が千葉宗家に戻り、当主として本佐倉城に入りましたが、胤富との関係からその後も中島城や森山城は整備拡張されたと考えられます。

城内の堀跡と思われる箇所から大量の石塔が出土しており、詳細は不明ながらも、永禄年間には正木氏による下総侵攻、そして天正18年には千葉氏が属していた北条氏の小田原城が落城するなどの流れの中で中島城も落城し、破城された可能性もあると考えられています。

 

【御城印のご説明】

海上氏は「鶴の丸」を紋としていました。平安時代末期に、源頼朝から海上常幹が鶴亀のついた扇を下賜されて以来、海上氏の紋として「鶴の丸」が使用されていたといいます。千葉胤富の印判として有名な「鶴丸型黒印」は、当初、海上氏を継いだ胤富が海上氏の「鶴の丸」に基づいて作成したものと考えられています。御城印は胤富の鶴丸の印判と、千葉一族の家紋「九曜」をモチーフにしました。

中島城は香取の海に面する水運の重要地であり、周辺には津が点在していました。御城印には、野尻や高田といった中島城と関連する湊集落がわかる地図をデザインしました。これらの湊を拠点に活動する戦国期の流通商人の存在も確認されていて、その代表格が「宮内清右ヱ門」であり、城下には「みやせい」という地名も残ります。水運を介した流通商人も中島城とともに海上氏発展の一因を担っていたのです。



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【飯沼陣屋のご説明】千葉県銚子市

飯沼陣屋は下総国海上郡飯沼村(現在の銚子市陣屋町)に置かれた上野国高崎藩の陣屋です。現在の陣屋公園一帯に相当します。

海上郡周辺は、中世には香取の海が広がる水運の要衝地でした。平安時代から戦国時代にかけては、千葉一族である海上氏が領地としていました。海上氏は銚子周辺に中島城などの城を築き、円福寺などの寺院も保護し、勢力を拡大していきました。

しかし、海上氏が小田原北条氏とともに没落すると、徳川家康配下の松平(五井)伊昌(これまさ)が下総国に入封、海上郡内4000石を加増され、銚子に陣屋を築いたとされます。五井松平氏の陣屋の場所は定かではありませんが、後の高崎藩銚子陣屋と同じ場所だった可能性も指摘されています。陣屋は、五井松平氏の遠江国移封により、廃されました。

そして、その後、高崎藩の出張陣屋として築かれたのが飯沼陣屋です。松平(大河内)輝貞が享保2年(1717年)に高崎に入った際、海上郡の7村を与えられ、陣屋を築いたとされます。以来、明治まで高崎藩の出張陣屋として存続しました。

陣屋周辺には水堀がめぐらされ、長方形の区画に長屋門、役所などが配置されていたといいます。

 

【御城印のご説明】

高崎藩は約150年間にわたり、銚子を統治しました。郡奉行1人、代官2名を銚子に派遣し、領内の年貢の徴収や治安維持に当たらせました。御城印は、弘化4年(1847年)に描かれた『高崎藩銚子陣屋地図』をモチーフにしました。陣屋の屋敷の配置や、陣屋を囲む水堀などが描かれ、当時の姿を今に伝えています。

また、江戸時代になると利根水運が江戸に通じるようになり、銚子は江戸への中継港となりました。そのため、東北諸藩の船や日本海から江戸に向かう北前船も銚子に寄港し、銚子の町は発展しました。その船と渡辺崋山が描いた銚子の町をモチーフにしました。

崋山は文政8年(1825年)に武蔵、常陸、下総、上総めぐりの旅に出ました。そのとき、崋山が描いた『四州真景図巻』が残っていて、銚子の海や町も描かれています。「新町大手、奉行屋敷」と書かれた絵は、陣屋周辺を描いたものと思われていて、酒屋の土蔵や、陣屋の門、高札などが描かれ、銚子の活気を感じることができます。


中島城と飯沼陣屋の販売場所はコチラ
名称:銚子観光案内所
住所:千葉県銚子市西芝町1438(JR銚子駅構内)
営業時間:8:45~17:00 年中無休 ※専用駐車場無
TEL:0479-22-1544





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2021年8月23日 (月)

youtube~鎌倉殿の13人!三浦一族と源氏ゆかりの地~ 『山城ガールむつみの出陣のススメ!!「いざ!秘境神武寺へ!前編」』

新しい youtube動画をアップしましたので、お知らせです✨
https://youtu.be/Fwr8IAJX5YU

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今回のテーマは秘境神武寺(前編)
神武寺は神奈川県逗子市にある天台宗の古刹です。鎌倉幕府の篤い信仰を受け、打倒平家のための調伏祈祷が行われたり、源実朝や政子が参詣したお寺です。
そして、戦国時代には戦火で全焼するなど戦いの記録が残る寺でもあり、城郭遺構があったとも考えられています。

水上交通と陸上交通の結節点で合ったと思われる神武寺の周辺は鎌倉幕府が開かれる以前から、源氏ゆかりの地でもありました。
頼朝のお父さん義朝の屋敷があり、頼朝のお兄さんの義平もここから戦いに出陣したとも伝わります。
どうして逗子に源氏ゆかりの地があるのでしょうか?
他にはどんな歴史が埋もれているのでしょうか?
一緒に歴史を紐解いていきましょう。
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」も先取りできちゃいますよ!
よろしければご覧ください❤️




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2021年8月16日 (月)

頼朝挙兵!いざ、旗揚げの地「韮山」へ!

行ってきました。
山城ガールむつみ×のあたび「鎌倉殿の13人」先取りツアー!!

今回は伊豆の韮山に行ってきました。頼朝の旗揚げの当日の足跡をたどりました✨
天気も良くて楽しかったー!
バスツアーなので、バスの中でもたくさんお話しさせていただきましたよ。

今回のコースは頼朝の屋敷があったとの伝承が残る蛭ヶ小島の歴史公園からスタート。
実際は蛭ヶ小島ではなく、頼朝の屋敷の候補地は願成就院の近くの光照寺といわれてます。

でも、やはり蛭ヶ小島という名は歴史ロマン満載なので、ここからスタート!
今回は挙兵した治承4年(1180)8月17日当日を再現しますので、まずは鬨の声!
えいえいおー!皆のもの!山木の館に出陣じゃー!
から始めさせていただきました。

みなさま、ちゃんと「おーっ!」してくれて感激♡
一人参加の方がほとんどでしたが、同じ趣味の元に集結した方々は息もバッチリ!


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まず目指すは、山木兼隆に屋敷です。
伊豆国の代官だった兼隆は桓武平氏大掾氏の庶流の出といわれています。
まずは、伊豆の国を管理する役人を襲撃することで挙兵の狼煙を上げましょう!

兼隆と頼朝の政子の三角関係がよく言われますが、政子と頼朝が相愛になったときには兼隆は京都にいたので、後のフィクションでしょう。ただ、頼朝と子をもうけた政子を政子のお父さんの北条時政が無理矢理に兼隆に嫁がせようとした可能性はあるので。そのへんと混同して話ができたのかもしれませんね。

では、兼隆の屋敷へ!時間は夜中の0時過ぎの設定です。



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兼隆 の屋敷があったとされる谷の一番奥には兼隆の菩提寺「香山寺」があります。兼隆の屋敷地は不明なんですが、候補地の1つが谷の入り口にある高台です。わたしもココが一番怪しいと思ってます。
高さにして8m~10mのくらいですが、谷野入り口にあたる見晴らしのいい高台になります。まずは、この周辺の地形を見ながら思いを馳せました。


韮山に何度か足を運んでる方も、こんなに地形みながらゆっくり歩いたのは初めて!と喜んでくれました。
のあたびと私は、バスツアーでもじっくり自分の脚で感じて楽しんでいただきたいという思いから、現地をストーリーに沿って堪能していただくコースを作ってます✨

なので、

バスツアーだからラクだと思ってたのにこんなに歩くの!?
と喜ばれる(笑)こともありますが、それが歴史探検の醍醐味ですから♡

ということで、兼隆の屋敷、香山寺、お昼ご飯と回った後は、願成就院、守山砦、堀越公方関連の色々etc…
という感じで韮山で丸一日楽しみました!


さらに、バスで移動して伊豆パノラマパークへ。
ここからは韮山を取り囲む山脈や狩野川、集落、すべてが見えます。
今日のおさらいとして、山の上から韮山を眺めて、最高の締めくくりになりました。

もちろん帰りのバスでも、寝かせないほどに喋りましたよ✨
楽しかったー!

今回は同じコースで2回やりましたが、また、同じ韮山コースも開催する予定なのでまだ参加してない方、もう一度参加したい方はぜひまたいきましょう!

そして次のコースは、石橋山の合戦です!

韮山で挙兵した頼朝軍は東に歩を進めます。小田原にある石橋山で起きた戦いが次回のテーマです。
次は、戦った合戦地と頼朝が逃げた足跡もたどります✨
これまた面白いですよ♡
詳細は以下のHPにて。
鎌倉殿の13人先取りシリーズ | 地元出発ツアー のあたび (noatabi.co.jp)





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2021年8月 9日 (月)

柏市の講演会

7月22日の海の日に、柏市「アミュゼ柏」のクリスタルホールで講演させていただきました。
海の日に山城の話🗻
ホールでの独演会、緊張しましたが楽しかったです✨

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各地域が歴史と城で繋がることができる面白さなんかもお話しさせていただきました✨
柏は千葉一族の相馬氏ゆかりの地。なので、相馬氏の鎌倉の痕跡もお話しさせていただきました。
繋がるって楽しい。

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今回は「手賀沼と松ヶ崎城の歴史を考える会」さんからお話いただきました。
松ヶ崎城は北柏駅から徒歩5分くらい。都市部にありながら、とっても遺構の残りがいい素晴らしいお城です。
会の方、所有者さん、柏市の職員の方々のご尽力があり、今の状態で残されました。

お城があるということ、そこに素晴らしい歴史があるということ、そういうことをちゃんと発信しないとお城も歴史も残りません。
そのために何か協力できればいいなと思います。

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今回の講演でもそういった想いもお話しさせていただきました。
撮影したので、今度youtubeとかでも動画をアップしたいなと思ってます。そしたら聴いてみてくださいませ♪

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2021年8月 3日 (火)

調布FM出演のお知らせ

調布FMの深夜に登場します。今回は鎌倉殿の13人の話とかしました。曲のリクエストもさせていただき、一曲選びました!
ラジオを83.8にあわせて下さいませ✨

調布FM (chofu-fm.com)

8月4日の24:45-25:00からのGSMチャンネルという番組。

 

ネットラジオなら、全国どこでも聴けます。

ただ、リアルタイムのみですので、この時間しか聴けません!遅くまで眠い目をこすりながらお聴きください~♡

web経由で調布FMを聞く方法(リアルタイム放送)

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上のListenRadio(リスラジ)のバナーをクリックし、

全国のラジオ局 → 関東 → 調布FM をクリックしてください。

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2021年8月 2日 (月)

雑誌掲載のお知らせ

月刊WILL9月号に登場させていただきましたー!
グラビアですよ♡

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記事は書いてませんが、写真とキャラクター入りで登場✨
本屋さんにありまーす。

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