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2022年4月の10件の投稿

2022年4月30日 (土)

衣笠城ツアー募集開始のお知らせ

ツアー募集開始になりましたのでお知らせです✨
6月5日(日)
衣笠城に出陣!
今回は午前座学、午後衣笠城へ。
丸一日楽しめるツアーです♪

きっと何度歩いても楽しいです。
なぜなら100回以上衣笠城の周辺を歩いてる私でも毎回楽しいから笑

申し込み締め切りは5月16日。応募多数の場合は抽選です。
詳細は衣笠観光協会HPもしくはチラシをご覧下さい。

【参加者募集】歴史体験ウォーキングツアー「三浦一族の足跡を追え!(第3回)」 - 衣笠観光協会 (yokosuka-kanko.com)

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2022年4月27日 (水)

吉川弘文館「本郷」

とても嬉しいのでご報告!!
あの吉川弘文館さんの『本郷』に寄稿させていただきました✨
「歴史のヒーローヒロイン」というコーナーです。

私が書いた人物は”矢部禅尼”です。
三浦義村の娘で、北条泰時と結婚して北条家嫡男である時氏を生みました。
時氏の子、経時と時頼が4代、5代の執権になりました。
時氏は早世してしまいましたが、矢部禅尼の孫たちが執権になったのです。

矢部禅尼と泰時は離縁しますが、彼女はその後、同じ三浦一族の佐原盛連と再婚しました。
そのことから、1247年に起きた三浦氏と北条氏が戦った宝治合戦で三浦宗家は滅びましたが、佐原氏は北条氏に味方して、その命脈を繋ぎ、三浦宗家を継ぎました。さらには、会津の蘆名氏へとその血が繋がっていきます。

そんな矢部禅尼を三浦一族にとってのヒロイン、そして私にとってのヒロインとして書かせてもらいました。
よろしければ、お買い求めください。200円ですが、内容がものすごいです。
執筆されてる先生方の豪華なこと!!


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2022年4月22日 (金)

和田城・松尾城・埴谷城の御城印販売開始のお知らせ

4月23日(土)から新しい御城印が販売されますのでお知らせです。
千葉県香取郡東庄町の和田城、千葉県山武市の松尾城と埴谷城の3城です。
またデザインと同封説明文を担当させていただきました。

詳細はこちら。


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【和田城のご説明】千葉県香取郡東庄町

和田城はかつての椿の海から入り込んだ入江左岸の丘陵に築かれました。周辺を湿地に囲まれた要害だったと思われ、「舟戸」の地名が残ることから、水運と密接に繋がっていたことが分かります。谷を挟んで南方には桜井城、入江を挟んで北東に大友城があることからこの地域の重要性が分かります。さらに、須賀山城、森山城、小見川城などの主要城郭へ続く北進する街道が付近を通っていて、まさに水陸の要衝地です。

和田城の築城等の詳細は不明ですが、千葉一族である上代(かじろ)氏の居城だったと伝わり、城内には千葉神社が鎮座しています。千葉神社の北方直下には三日月形の横堀が掘られ、さらに一段下に横堀が入り、そこから雛壇状の曲輪が続いています。その下は根小屋集落が形成されていたと考えられ、今でも当時の雰囲気を色濃く残しています。

和田城は主要な2つの曲輪で形成され、その曲輪を守るように横堀、土塁、腰曲輪が施されていて、戦国時代の城郭の姿を良好に残しています。 

 

【御城印デザインのご説明】
千葉一族である上代氏の居城と伝わる和田城の御城印には、千葉氏の家紋「月星」、「九曜」をデザインしました。そして、椿の海へと続く水上交通の要衝地だったと思われることから、近くを船が行き交う様子を描きました。

和田城には合戦が行われた伝承が残っています。真偽のほどは定かではありませんが、正木氏の下総侵攻の際にこの地域がかなり緊迫した状況下に置かれたことが推察され、戦死者を祀ったと伝わる「左右大神」などが残ることから、和田城周辺で何らかの戦闘があったことが推測できます。そのため、御城印には和田城で奮戦する上代氏とその家臣団をイメージしました。

なお、東庄町発行の和田城の御城印は、日本のみならず海外でご活躍の英国王立美術協会の名誉会員でもある岩井颯雪様にご揮毫いただきました。

和田城のご購入はコチラ

○東庄町役場
千葉県香取郡東庄町笹川い4713-131
0478-86-6075(東庄町観光協会事務局)

○東庄町観光会館
千葉県香取郡東庄町笹川い580-1
0478-86-6075(東庄町観光協会事務局)

 

○まるごとしすい

千葉県印旛郡酒々井町飯積 2-8-2 

043-376-6810

営業時間 9時~18時 

定休日 毎週月曜日(但し、月曜日が祝日の場合は営業で、翌火曜日がお休みになります)



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【松尾城のご説明】千葉県山武市

松尾城は明治2年に築かれた松尾藩の城です。明治元年に徳川家が駿河、遠江に移封になったことを受けて、遠江国掛川藩は上総国に国替えとなりました。当初は芝山観音経寺(山武郡芝山町)を仮藩庁としたため、柴山藩と称していましたが、その後、大堤村、猿尾村、八田村、田越村の村域に新たに城郭を築き、藩庁と城下町を建設することになりました。新たな城郭は、九十九里浜を望む木戸川東岸の台地に占地され、西洋の稜堡式多角形要塞の建築が始まりました。

そして、掛川城本丸の南にあった「松尾池」、その南の「松尾曲輪」に因み、城名を「松尾城」としました。明治3年に藩庁(現松尾自動車学校)と藩主の居館である御住居地(現松尾中学校)、そして城下町が完成すると、柴山から移り、藩名を「松尾藩」に改称し、太田資美を藩主とする松尾藩5万石が成立しました。

しかし、明治4年に廃藩置県を迎えたため、松尾藩はその他の諸藩とともに松尾県に組み込まれ、松尾城は未完のまま廃城となりました。

松尾城は当初の計画では四稜郭の予定でしたが、地形等の制約により、最終的には三稜郭となりました。三稜郭は日本では松尾城が唯一となる貴重な遺跡です。

 

【御城印デザインのご説明】

松尾城の御城印には、松尾藩主太田氏の家紋「丸に桔梗」をデザインしました。松尾藩が成立したときの当主資美から数えて15代前の当主が道灌(資長)にあたります。道灌は桔梗紋を好んだと伝わっています。あわせて、「違い鏑矢」の家紋もデザインしました。この家紋は桔梗紋よりも古い時期から太田家で使われていたともいわれています。

そして、「臨時築法四稜城之図」をモチーフにしました。これは松尾城の計画絵図と考えられていましたが、調査の結果、16世紀初頭にオランダが植民地に築いた城塞とほぼ同じであることが判明しました。この絵図の入手経路などは不明なものの、松尾城築城には蘭学が大きな影響を及ぼしたことが分かる貴重な図面といえます。 

さらに御城印には掛川城の天守をデザインしました。掛川城から移封になりながらも、新たな城名と藩名に「松尾」の名を付けた藩主と藩士らの想いが偲ばれます。

 


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【埴谷城のご説明】千葉県山武市

埴谷城は山武市内を南北に流れる境川の左岸に広がる台地上に築かれました。標高は40mほどですが、周囲はかつて水田となっていて、湿地に囲まれた要害です。

台地の突端を利用し、地形に沿った五角形の単郭構造となっていて、腰曲輪が周りを囲んでいます。折れを伴う土塁や堀の痕跡が見て取れます。

築城等の詳細は不明ですが、上杉禅秀家臣の埴谷氏や、千葉一族宍倉氏との関連が指摘されています。
埴谷氏は、秩父平氏を出自とすると伝わり、関東管領を務める家柄の犬懸上杉氏の執事だったといわれています。犬懸上杉氏は上総国守護を務めていたため、埴谷氏がいずれかの段階で上総国埴谷に入植したと考えられます。重氏の代に、主人である犬懸上杉氏憲(禅秀)が鎌倉公方足利持氏に対して反乱を起こした「上杉禅秀の乱(1416年)」が勃発しました。翌年、乱は鎮圧され、禅秀は鎌倉で自害しましたが、上総国内で禅秀方の残党が処遇に対する不満から上総本一揆とよばれる一揆を形成し、鎌倉府の軍勢と戦いました。その上総本一揆の拠点のひとつが埴谷城だったと考えられています。

 

【御城印デザインのご説明】

埴谷城の御城印には、千葉氏の家紋「月星」、千葉一族宍倉氏の家紋「九曜」と、埴谷氏の主家である上杉氏の家紋「竹に雀」をデザインしました。埴谷氏は「鍋かむり日親」で有名な、日蓮宗の高僧日親(1407年-1488年)を輩出した家です。日親は、埴谷城下の妙宣寺で修行したといいます。

あわせて、埴谷城の築かれた台地の地形が分かる地図と、上総本一揆の拠点のひとつだった埴谷城に集まった埴谷重氏をはじめとする上杉禅秀の残党の姿をイメージしました。

 

 松尾城と埴谷城のご購入はコチラ

○わがまち案内処(山武市観光協会)

〒289-1345 千葉県山武市津辺361-13

0475-82-2071

営業時間9:00~16:00

休館日12月29日から翌年1月3日

 

○道の駅あずの里いちはら

市原市浅井小向492-1
TEL 0436-37-8891

営業時間 午前9時~午後6時 ※一部営業時間が異なります。
定休日 毎月第2火曜日(祝日の場合は翌日) 、1/1~1/3

 

○千葉ポートタワー

千葉市中央区中央港1丁目
電話:043-241-0125

[6月~9月]
9:00~21:00(毎日)
[10月~5月]
9:00~19:00(月~金)
9:00~20:00(土日祝)
※最終入館は閉館時間の30分前までになります。

休館日12月28日~1月4日、2月28日(月)

※安全上において、強風等により臨時休業する場合があります。

 

○まるごとしすい

千葉県印旛郡酒々井町飯積 2-8-2 

043-376-6810

営業時間 9時~18時 

定休日 毎週月曜日(但し、月曜日が祝日の場合は営業で、翌火曜日がお休みになります)




 

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2022年4月20日 (水)

いざ、修善寺へ!源範頼&源頼家をめぐる!

新しいツアーのお知らせです♪

いざ、修善寺へ!修善寺では源範頼&源頼家をめぐります。そしてなんと、さらに安達盛長も!
という満載コース。さらに伊豆の国大河ドラマ館と箱根権現も✨
モリモリツアーです。よろしかったら一緒に歴史の旅へ♪


5/28・5/31 いざ、修善寺へ!伊豆の国大河ドラマ館と箱根権現詣り | 地元出発ツアー のあたび (noatabi.co.jp)

6月は伊東をめぐります。日にちだけお伝えすると、6月18日(土)、6月24日(金)の2日程です。
よかったらご予定開けといてください✨

それと、頼朝の足跡を追う房総半島ツアーもあります。
6月11日(土)
いざ、上総国へ! 上総氏ゆかりの一之宮玉前神社詣と千葉氏ゆかりの亥鼻城 | 地元出発ツアー のあたび (noatabi.co.jp)
一緒にたくさん楽しみましょうー♡


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2022年4月13日 (水)

小川町・四ツ山城ツアー


埼玉県比企郡小川町でツアー✨
天気良くて、目に入るもの全てが美しくて最高の1日!
今回は下里・青山板碑制作遺跡(割谷地区)、晴雲酒造、四ツ山城、鎌倉街道散策(奈良梨宿、陣屋など)を回りました。
小川町駅に集合して観光バスで回りました🚌

バスでしたが15000歩くらい歩く気持ちの良いツアーでした🐾

小川町では、歴史と城を生かして町を盛り上げようという動きが出てきています。そんな中、御城印発行に至り、今回のツアーが実現しました✨


四ツ山城に行ってビックリ!
なんということでしょう!
前は全く見えなかった箇所、足を踏み入れることもできなかった箇所が大規模に伐採されてました!今回のツアーのために、四ツ山城保存会の方々がかなりの整備をしてくれてました(T-T)

「ここ、当時の城道だと思うので歩けるようになったら良いですね」と、前にお話しした場所も伐採してくださってて、どれだけ大変だっただろうかと驚くほどの作業量でした。


現地でも会の方々が温かく出迎えてくれて、資料やお茶も振る舞ってくれて♪
参加者の方々もとても喜んでくれまして、感謝の気持ちで心がいっぱいです✨

これからも小川町いろいろ企画がありますので、楽しくやっていきたいと思います✨
ぜひ、四ツ山城へ行ってみてください。小川町駅周辺も風情がありますし、新しいオシャレな飲食店も増えてきてとても楽しいですよ♪

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みんなで足元の石を眺めてるだけで1時間経ってしまった。今までツアーでたくさん板碑の話をしてきたので、参加者の方をここにご案内できて感無量✨

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荒く成形されているのを見つけて、みんなで大はしゃぎ♪


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晴雲酒造の玉井屋さんでランチ。
美味しかった。
ここに、ひりゅうずとデザートが追加されました。
特に酒粕のブラマンジェ!美味ー!


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鎌倉街道や市野川を見下ろすように位置する四ツ山城。
想像が膨らむから、まわりの景色が見えるようになるといいな、と前に話したら…。
なんと伐採してくれていて、まわりの景色が丸見え歴史的な背景を話しながら、みんなで思いを馳せました。










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保存会の方々がご挨拶してくれました。あと、城主と伝わる増田重富の御子孫の増田さんも来てくれました♪


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一歩も踏み入れられなかった箇所が全て伐採されてました!ここから、下の腰郭、さらには麓に下りていけます。


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八和田神社。前は諏訪神社。
方形の堀と土塁で囲まれていて、奈良梨陣屋として裏に案内板あり。奈良梨宿は古くから宿が形成されてました。
齋藤慎一著「中世東国の道と城館」、榎原雅治著「地図で考える中世」などを読んで下見したので、この周辺ものすごく面白かった!


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数日前、ツアー下見へ。
自転車で今回のコース全て回って、しんどかったです。
久しぶりに筋肉痛になるほどの運動量。
アップダウンすごくて。
当日、なんてバスって楽なんだろうとしみじみ思いました🚲


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下見では下里分校にあるカフェにも立ち寄り。
おしゃれで素敵なお店が小川町にはたくさん✨

 

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2022年4月11日 (月)

月刊Will増刊号 YouTube出演

月刊Will増刊YouTubeに登場させていただきました。
以前本誌の方で、外川先生とのお城めぐり企画に登場させていただきましたが、このたび外川先生の本が発売となりましたので本の紹介や、お城のお話をしてます。良かったら、ご覧下さい✨
https://www.youtube.com/watch?v=3U28CvrEYCo


★外川淳 著『近世城郭 見尽くし、撮り尽くし』購入はコチラ!
・Amazon
近世城郭 見尽くし、撮り尽くし | 外川 淳 |本 | 通販 | Amazon

 

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2022年4月 9日 (土)

最近載せていただいた新聞記事

ガタゴトバスツアーなどを記事にしていただきました。
取り上げていただくのは嬉しいですね✨
もっともっと色んな場所にスポットが当たりますように。


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千葉日報



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東京新聞




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産経新聞


大河で注目 千葉常胤と上総広常 御城印帳の表紙に 山城ガールむつみさんデザイン:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)



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2022年4月 7日 (木)

城組

2022年4月6日(シロの日)に、萩原さちこさんと

一般社団法人 城組

を設立いたしました。

「しろぐみ」と読みます。
かわいい響き。親しみやすく、楽しそうな団体名にしました。
城組さーん!はーい!…と言いたくなる感じ笑

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ロゴも最高です✨


さちこさんとは数年にわたり、お互いの色々な想いや仕事のことをたくさんお話ししてきました。
そんな中、こういうカタチでさちこさんと一緒に新しいスタートをすることになりました✨


事業理念
『楽しく歩いてきちんとつなぐ』
これを胸に今後も進んでいきたいと思います。

個人の仕事は今まで通り、精一杯やりますが、
広がって繋がったら、できることは大きくなります。
まだ箱を作った段階ですが、少しでも私たちの想いを形にするために、今後30年くらい楽しく進んでいければと思います。
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具体的な活動が始まりましたら、またお知らせします。
Facebook、ホームページなども整えていくつもりです。どうぞ、城組をよろしくお願いします。


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さちこさんと法務局で登記申請を済まし、お祝いディナーをしてきました❤
美味しかったです✨




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ラジオ鬨の声・第2回(多古町ガタゴトバスツアーの話etc)

やっとYouTubeアップしました。ラジオ鬨の声です。多古町ガタゴトバスツアーの話とかしてます。
ぼーっとしたいときに、ぼーっと聴いていただけると嬉しいです♪


https://youtu.be/DPuIcRhPOcI

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おすすめアイテム詳細は、YouTube概要欄をご覧下さい。


房総半島後編はもう少しお待ちください(汗)

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2022年4月 3日 (日)

東庄町ツアー🍓楽しかった!

千葉県東庄町で、歴史&山城ツアーやらせていただきました。
主催は東庄町観光協会さんで、千葉城郭保存活用会と歴×トキの協力イベントでした。
私がナビゲーター✨

東庄町は、鎌倉時代以降は千葉一族「東(とう)氏」の領地になりました。
千葉常胤の6男胤頼を祖とする東氏は、千葉一族を代表する氏族です。
胤頼は、源頼朝の旗揚げのときに、三浦義澄と頼朝と3人で挙兵の相談をしていた人物です。
すごい重要人物!(大河ドラマに登場して欲しかったな。希望するキャストは岡田将生さん)

胤頼から始まった東氏は、この東庄を拠点にして勢力を拡大していきました。さらに美濃国山田荘も領地として、美濃でも強力な武家となり、東常縁を輩出します。そんな東氏はじまりの東庄で歴史ロマンの旅を楽しんできました♪

今回は中型バスでGO。
コースは、沼闕城⇒和田城⇒磯山観光農園⇒須賀山城⇒解散という流れ。

沼闕城は椿の海に張り出すように築かれ、和田城は椿の海の北側の入江をのぞむ位置に築かれました。
須賀山城は、この2つの北方に位置し、香取の海に面するような立地です。

永禄の正木氏による下総侵攻などで、このエリアは戦いの舞台になったと思われます。和田城周辺には、合戦の伝承がたくさん残っています。
今回まわった3つの城はそれぞれ遺構の残りもよく、地形や立地などから存分に楽しんでいただける城です。
参加者の方々にとっても喜んでいただけて、東庄町の方々もとても喜んでました。
また東庄ツアー、いつかできる日を楽しみにしてます✨


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沼闕城。背後には八丁堰と水田。その奥がかつての椿の海。


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空堀と土塁がぐるり。方形居館の跡が残ります。
いまは本丸部分には黄檗宗福聚寺がたっています。椿の海の干拓に貢献した鉄牛和尚の寺です。奥には鉄牛和尚のお墓もあります。


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下りていくと、高さがよく分かります。


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見上げると高い!下りて腰曲輪を歩くと、数本の竪堀が見て取れます。


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県民の森にとして公園になっている沼闕城ですが、城域はかなり広いと思われます。
ところどころに櫓台のような高まりがあったり、腰曲輪があったりします。


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お弁当。東庄町で有名なとんかつや「いなよし」さん♪
豪華!!!


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午後は和田城へ。
谷が美しいです。近くまで船で着けられる場所だったことが想像できます。


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地権者の方のご厚意で入らせていただきました。地権者の方が数人いらっしゃいますので、見学の際は要注意です。
とても綺麗に整備してくださっていて、本当に感謝です。草刈りとか、今後なにかお手伝いイベントとかできればいいな。


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和田城は、根小屋集落の雰囲気や、谷の景色、そして城の遺構と素晴らしいです。
わたしも皆もテンション上がりすぎて大興奮でした✨


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主郭横の堀。
箇所によっては、空堀と土塁が2重に取り囲んでいます。さらに、腰曲輪を数段に重ねて施して厳重に。とにかくかっこいいです!


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大満足の城攻め部隊。
見学させていただきましてありがとうございました。


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最後は須賀山城へ。
旗もはためいてましたー。


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須賀山城は香取の海に面しています。椿の海を水路できて、そこから上がって陸路を取って、ちょうど香取の海に出てきた場所にあるのです。なんて重要な場所。
西側の台地には森山城が築かれています。須賀山城と連携しながら戦国時代の終わりまで機能していたと思います。
須賀山城の麓の西福院は方形居館になっています。ここが屋敷地かなと思ってみたり。


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堀が大きーい。


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竪堀がガッツリー。


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どどーんと下まで。


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と、いうことで今回も楽しんできました。
磯山観光農園ではイチゴパフェをいただきました🍓最高ー♡甘すぎず絶妙!!


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東庄町では沼闕城と須賀山城の御城印発行を契機として、城と歴史をテーマに町の活性化という動きが始まりました。
沼闕城には、かわいい標柱を立ててくれたり、整備や活用などの計画が進んでいます。
そして、ついにツアーも開催に至りました。
御城印を出してそれで終わりではなくて、それをスタートとして長く何かご一緒できればいいなと思います。
今後は学校の課外授業などもいいなと思います。展開が楽しみです。



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和田城に完成ホヤホヤの標柱。素敵♡地元の誇りですね♪月星がまぶしい✨
和田城は千葉一族上代氏の居城とされています。「かじろ」と読みます。



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さらには地権者の方のご厚意で駐車場まで!!!!(T-T)
感動。涙。
すごすぎます。
和田城の御城印の販売まで、もう少々お待ちくださいね♪



















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