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2023年3月28日 (火)

那珂川町ツアーのレポ

栃木県那須郡那珂川町でツアーをやらせていただきました。
今回のツアーは、那珂川町観光協会さんからお声かけいただいたのがきっかけです。
「町の新しい観光資源を掘り起こしたい!」という想いから、観光協会さんが町内の城を調べて歩いたそう。
そうしたら、町内にたくさんの山城があることに気づき、私に連絡を下さいました。

那珂川町の山城でツアーが可能か?人が来てくれるような山城なのか?
そんなお問い合わせをいただいたので、那珂川町に伺って現地を案内していただきました。

そしたら…楽しい!中世の雰囲気を感じられる景観。


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那珂川町は栃木県の北東に位置し、那珂川と八溝山地に囲まれた自然豊かな土地です。八溝山地は茨城県との境になっていて、中世においても国境の地にあたるため、重要な場所だったと推察されます。
さらに、東山道が近くを通っていて、北に向かうとすぐに白河の関です。

那珂川は太平洋に注ぎ、河口には古くからの大湊「那珂川湊」があります

このように、太平洋航路に繋がる那珂川町内には、たくさんの古墳が築かれ、古代から水上交通、陸上交通が発達したエリアであることがわかります。
豊饒な地だったため、朝廷の穀倉地帯でもあったそう。



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さらに、なんと。
こんなものまで!
「古代産金の里」の称号!

747年の奈良の大仏造立の時にここから金が発見され、ここから奈良に金を運んだそう。
大仏造立の資金にもなり、大陸文化との交流の際の資金にもなったとのこと。
日本最古の産金の地!
すごーい。那珂川を使って、舟で運んだのかな。

と、いうことで那珂川町は色んなコンテンツが埋もれています✨
楽しい!!

そんな那珂川町を古代には豪族那須氏が領し、中世になると宇都宮氏が領しました。
宇都宮氏の庶流の武茂氏や松野氏が那珂川町に館や城を築いて支配拠点としました。
そして、佐竹氏、那須氏らの勢力との最前線になったのです。
那珂川町にはたくさんの山城があります。
今回のツアーでは、台の館と武茂城をめぐりました。

では、行ってみよー!
いざ、出陣!


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ツアーの前日は大雪で。
開催が心配でしたが、むしろ幻想的で素敵な景色が楽しめました✨
貴重な体験♪


「道の駅ばとう」で待ち合わせしたら、まずは松林寺へ。
ここは宇都宮氏の庶流松野氏ゆかりの寺です。
松野氏は鎌倉時代に承久の乱などでも活躍し、伊予国守護にもなった有力御家人宇都宮頼綱の孫、業義がここを領して松野氏を名乗ったとされます。
戦国時代にもここを拠点としていて、松林寺を取り巻く山陵部に松野城を築きました。
今回は山城には上がらず、お寺と、麓に築かれた台の館を訪れました。

 

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松林寺。
山門から本堂の高台を眺める。
館がここでもいいくらいの要害。
カッコイイ地形。


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松林寺は曹洞宗寺院。
自伝によると、松林寺は天正18年(1590年)に創建されたとされていますが、その前から前身になる寺があったとも伝わります。
境内には本堂を取り巻くように、腰曲輪のような平場が数段確認できます。
お墓には松野氏の家臣だったと伝わる氏族の名前が刻まれています。

 

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中世の石造物も数基確認できました✨
中世の残欠を見つけると嬉しい♡
お参りを終えたら、麓の台の館へ。


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松野城の遠景。
松野城は松林寺を挟むように両サイドに2つの城が築かれました。向かって左が松野北城、右が松野南城です。
その2つの城の間は「城の間」と呼ばれる谷となっています。
おそらく、その谷には街道が通っていたと思われ、さらに、その谷には「城間川」という那珂川の支流が流れています。

そして、城の麓には平時の居館と思われる方形居館が築かれていたと思われます。
その居館は「台の館」と呼ばれていて、現在でもわずかな土塁が確認できます。



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那珂川の支流「城間川」
松野北城と南城の間を流れています。
ちなみに松野北城は民地のため、現在入ることができません。
南城に関しては、松林寺から上がっていくか、山麓の二荒山神社から上がっていけます。



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二荒山神社の階段は上り甲斐があります。
結構大変(笑)

 

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台の館の土塁。
那珂川と支流城間川の合流地点の河岸段丘に築かれています。
この付近には江戸時代にもとてもにぎやかだった「久那瀬河岸」があります。

中世から川湊が存在してたのでしょう。

 

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土塁と堀に囲まれたきれいな方形居館の痕跡が残ります。
これだけで楽しい~♡
土塁とその手前の茶色い土の部分が、かつての空堀。

畑にするのに埋めてしまったんですね。


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台の館周辺には五輪塔や宝筺印塔などが残っていて、松野氏の痕跡を見ることができます。
三角の石造物には、貞和3年(1347年)の銘が入っているため、「貞和の碑」とよばれています。
「貞和」が北朝年号のため、松野氏と北朝の繋がりが想像できます。
また、この付近には「堂西」という屋号を持つ家があり、松野氏に関わる寺の存在も指摘されています。

 

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また、貞和の碑とともに、中世の五輪塔や宝筺印塔、天正16年(1588年)と慶長2年(1597年)の碑も並んでいます。
松野氏の存在をこれらの石造物から感じることができますね。

台の館は少し地味ではありますが、名族宇都宮氏の分家松野氏を知るには貴重な遺跡です。
方形居館としても楽しめますし、松林寺の台地、それを囲む南城と北城、宇都宮一族のシンボル二荒山神社、さらには那珂川と城間川の河川交通など、複合的に見るとものすごく面白いです。
中世が手つかずで残っているようで、この松野の空間、私は感動しました✨
こういう地域の魅力をもっとたくさんの人に伝えたいです。

 

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と、いうことでお昼ご飯です♪
お昼は「御前岩」でいただきました。
今回のツアー企画のために特別に作っていただきました。
豪華すぎる!!!
地のものがふんだんに使われていて、美味しかったです。
こんな素晴らしい食事を用意して下さって、感謝感激です。

 

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午後は武茂城へ!
武茂城は武茂泰宗が永仁年間(1288-1299)に築いたと伝わります。
武茂氏の最初の居館は武茂川対岸の「古館」だとするという伝承も伝わっています。
武茂城の築城当時の詳細は不明ですが、今に残る武茂城の遺構は戦国時代のものと考えられます。

乾徳寺を中心として、東西に城郭が築かれています。それぞれ、武茂西城、武茂東城ともよばれています。
松野城もそうでしたが、真ん中に谷があって、そこに寺が置かれて、寺を挟むように2つの城郭。
この地域の特徴的な築城だなと思いました。
他のお城も今度まわってみようっと。

今回のツアーは武茂西城へ。
東城は現在は荒れていて入るのが厳しいです。
将来的に整備して入れるようにしたいなぁ。

武茂城の南側には武茂川と並行するように街道が通り、交通の要衝地だったことがわかります。
武茂東城の南側に根古屋が形成されていたとされ、家臣屋敷があったと考えられています。
中世の城下を江戸時代に踏襲して整備したようです。
城下には鍵の手状のクランクなどが見受けられます。
江戸時代には宿場町として発展しました。交通の要衝ならではですね。


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城下町。いい雰囲気。


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武茂氏は宇都宮氏の庶流にあたります。
宇都宮景綱の3男泰宗が武茂の地を領し、武茂氏を名乗ったとされます。
泰宗は兄宇都宮貞綱が元寇の際に九州に赴くと、自身も同行したため、泰宗の子時綱が武茂荘を継ぎました。

南北朝期は本家である宇都宮氏と対立するものの、応永14年(1407年)には武茂氏の当主持綱が宇都宮家を継ぎました。
それにより、武茂氏は一度途絶えたため、永正3年(1506年)に宇都宮一族の芳賀正綱が武茂に入り、武茂氏を再興しました。正綱、もしくは3男の兼綱の頃に武茂城が築かれたともいわれています。

武茂氏は戦国時代には宇都宮氏に属しながらも、佐竹氏に属していました。
その後、豊臣政権下で武茂氏は佐竹氏の家臣団として常陸国大賀村に移封となりました。



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静神社から上ります。
ここもなかなかの階段。


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ただし、頑張って上ると素晴らしい遺構がお迎えしてくれます✨
見事な堀切や土塁、空堀が最高です。

これは、現地で是非体感して下さい。
また、ツアーもやると思いますので機会があればぜひ!!



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高低差がよく分かる!
かっこいい!



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ダイナミックで美しい空堀!



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広大な城なので、まだまだ歩ききれません。
何度も訪れて隅から隅まで見てみたいと思います。



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こんなですもん。1回のツアーじゃ、ムリムリ!
これは民俗資料館の展示です。冬期は閉館してます。

今回は左側の武茂西城に行きましたが、東と西で造り込み方が全然違うと感じました。

時期差なのか、用途の違いなのか?
そんなことも考えながら、またお邪魔しようっと。



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麓に降りて、曹洞宗寺院乾徳寺へ。
創建は寛正3年(1462年)と伝わっています。
武茂城の大手門と伝わる門が山門となっています。乾徳寺の参道が武茂城の大手道と考えられています。
この山門、当時から同じ位置にあるとも伝わるとても貴重な武茂城の遺跡です。

 

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乾徳寺は武茂氏の菩提寺で、境内には武茂一族の廟所があります。
武茂氏は宇都宮一族の中でも、重要な位置を占める分家でした。
宇都宮氏の当主が途絶えたときには、武茂氏から宇都宮当主が選ばれたほど。
宇都宮宗家と同じように和歌にも長け、歌人を輩出しています。
ぜひ、菩提寺にもお立ち寄り下さい。

 

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今回はモニターツアーだったので8人限定で2回開催しました。
皆さん、楽しんでくださったようで良かったです♪



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両日とも楽しかったです♪


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今回をスタートとして、歴史と山城で地域を盛り上げたいと那珂川町のみなさまが頑張ってます。
私も一緒に色々やらせていただきたいと思ってます。

今回、とても嬉しかったのがなす風土記の丘資料館の学芸員の初井さんがツアー両日とも丸々一緒に歩いてくださったこと。
一緒に歩きながら、私のガイドに補足してくれたり、質問にも答えてくれたり。
初対面と思えないほどに、なんだか息が合っていた気がします笑
とても楽しかったし、こういう発信の仕方いいなぁと思いました。
はじめてのパターンでした。

初井さんとも、今後もっと盛り上げたいね…などとお話しさせていただき、今後にますます期待が膨らみます。
那珂川町、熱くなりそう!🔥
頑張りたいです🔥

 

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那珂川町は便が悪いです。最寄り駅の氏家が遠い。バスがない。
なので、このツアーをはじめの一歩として、ツアーの時は宇都宮駅か氏家駅に送迎バスを出すなど、拡大していきたいと思います。
そんな話を那珂川町観光協会さんと話しました。
写真の方は観光協会の山口さん。
山城が町のコンテンツにならないかと、模索された方です。
声を掛けていただいて良かったです。

今後継続して、那珂川町で山城をテーマに町おこしできたらいいなとワクワクします。
初井さんとトークショーとかいいな。やりたいな。
またツアーもやりたいな。

と、いうことで那珂川町にぜひ足をお運び下さい✨



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ツアーにはケーブルテレビも来て下さって、地元の方にツアーの様子を届けてくれました。
地元の方が、興味もってくれると良いな。

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