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2024年5月23日 (木)

埼玉県小川町「中城」御城印販売開始

埼玉県比企郡小川町の中城の御城印が販売開始になりました✨
中城はツアーでも何度か訪れた大好きな城。
デザインと説明文を書くことができて嬉しいです。

またツアーやりたいな。
駅から近いし、まわりには見どころたくさんあるし。

関東動乱シリーズ、企画しないとなぁ。
行きたいとこたくさんありすぎてキリがない!

中城の説明や販売情報は以下をご覧下さい😺



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【中城のご説明】

中城は八幡台と呼ばれる西方から東方の小川盆地に向かって張り出す比高約20mの台地の先端に築かれました。北側は湿地になっていたと考えられ、現在も沼になっています。また、中城の南側には槻川が流れていて、要害地形というだけでなく、水上交通の発達した地であったことも分かります。

築城等の詳細は不明ですが、土地の伝承では、鎌倉時代には猿尾(ましお)太郎種直の居城だったと伝わります。猿尾氏は、鎌倉幕府最後の将軍である守邦親王が鎌倉幕府滅亡の際、この地に逃げ込んだのを助け、匿ったと伝わっています。中城の西方約800mのところに、八幡神社があり、猿尾氏に匿われた守邦親王が創建したという伝承があります。

このように鎌倉時代からの伝承が残る地域ですが、今に残る中城の遺構は戦国時代のものと思われます。中城は二重土塁、横堀、横矢掛かり、虎口などの遺構が良好に残っており、発掘調査からも15世紀後半の築城だと考えられています。

太田道灌状にある文明6年(1474年)のことと考えられる記事に、「上田上野介在郷の地小河宿」と書かれていて、道灌が現在の小川町にあたる「小河」に立ち寄ったことが分かります。このとき道灌が立ち寄った場所こそが中城ではないかと指摘されていて、これにより、中城が上田氏の城だったと考えられています。中城の詳細は不明ながら、扇谷上杉氏の家宰である道灌が小河に立ち寄っていることから、小河が扇谷上杉氏と関係の深い地であることが見て取れます。

 

【御城印デザインのご説明】

中城の詳細は不明なものの、扇谷上杉氏の家臣上田氏に関係した城であると考えられています。そのため、御城印には扇谷上杉氏の家紋をモチーフにしました。あわせて、中城は素晴らしい遺構が残ることから、縄張図をデザインしました。

中城の西方約800mの距離にある八幡神社や穴八幡古墳からは、腰越城と笠山が見えます。笠山はこの地域のシンボルの山であり、腰越城は上田氏家臣山田氏の城です。腰越城も中城と同じく上田氏ゆかりの城と考えられることから、中城と腰越城は連携していたと考えられます。そのため、この地域の印象的な景色である笠山と腰越城の山並みを描きました。

また、中城は仙覚律師ゆかりの地でもあります。鎌倉時代の僧である仙覚律師は、この地域で万葉集の研究書である『万葉集注釈』を完成させたと伝わります。『万葉集注釈』は、後の万葉集研究において重要な書籍となり、日本の和歌の歴史に多大な影響を及ぼしました。このような経緯から中城には、仙覚律師の顕彰碑が建っています。御城印には万葉集をイメージしたイラストを描きました。

  

販売情報

〒355-0328

埼玉県比企郡小川町大塚33-1

おいでなせえ小川町駅前店

電話0493-59-6988

営業時間10:00-17:00

火水木は定休日

 

ネット販売
おいでなせぇ

https://hiki-gojouin.stores.jp

 

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