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2024年9月18日 (水)

埼玉県比企郡吉見町「松山城」御城印発行

久しぶりに新しい御城印の発行です。
今回は、埼玉県比企郡吉見町の松山城です。
この城は、関東を代表する歴史が詰まった城で、説明文に書ききれないほど面白いです。


今回は地元の保存会の方が御城印発行を熱望してくださり、発行ができたので、今後ツアーやりたいな。
東松山駅から近いし。関東動乱シリーズには必須の城✨

2024年9月28日(土曜)販売開始です。
販売場所と松山城の説明、以下をご覧下さい。

ちなみに、販売場所の「岩窟売店」もとてもユニークで素敵なお店なので、こちらぜひお立ち寄りいただき、資料見たり、お食事召し上がったりしてください♪
このネーミングの謎も、お店に行けば解けます(^^)


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松山城の説明
松山城は市野川に張りだす丘陵の先端に築かれ、広大な湿地帯に囲まれた天然の要害です。市野川を挟んで北西約1kmに位置する松山本郷(東松山市)は、古くからの街道の交差点に当たるため、松山城は水陸交通の要所を押さえる重要な役目を担ったと考えられます。

松山城は西から東に向かって本曲輪、二の曲輪、三の曲輪などが一直線に並び、そのまわりに大小含めて相当な数の曲輪が配置されています。また、それぞれの曲輪を囲むように横矢掛かりを伴う空堀と切岸が巡らされていて、防御性の高さが見て取れます。

本曲輪と惣曲輪で行われた発掘調査で検出された遺物は、15世紀後半から16世紀中頃が中心だったといいます。これは、古河公方と関東管領上杉氏が対立した「享徳の乱」、そして、山内上杉氏と扇谷上杉氏の抗争「長享の乱」が起き、比企地方に戦乱が広がり、たくさんの城が築かれた時期と一致します。以降、松山城は扇谷上杉氏、太田氏、北条氏綱・氏康・氏政、武田信玄、上杉謙信による関東の覇権争いの舞台になり、都度、改修整備されたと考えられています。

天文6年(1537年)、北条氏綱は扇谷上杉朝定の河越城を攻めると、扇谷上杉氏の支城松山城にも攻め寄せました。このとき、城代の難波田弾正憲重が果敢に戦ったと伝わり、戦いの最中に敵と歌を詠みあったという「松山城風流歌合戦」の伝説も残っています。

天文15年(1546年)の河越合戦で、扇谷上杉氏が小田原北条氏に滅ぼされると、松山城は北条氏と岩付太田氏の抗争の舞台になりました。

永禄3年(1560年)、関東管領上杉憲政から上杉氏の名跡と関東管領の職を譲り受けた上杉謙信が、憲政の要請に応じて、北条氏討伐のために越後から9万を超える兵を率いて関東に出陣。上杉方の岩付城主太田資正は、これに乗じて松山城を攻め落とし、扇谷上杉氏の再興を期して、扇谷上杉氏の血筋にあたるとされる上杉憲勝を松山城主としました。しかし、すぐさま今度は北条氏康、氏政と武田信玄の連合軍が松山城を包囲。持ちこたえられなくなった城主上杉憲勝と太田資正は、越後に戻った上杉謙信に援軍要請します。これを受けた謙信は、石戸(北本市)まで来るも、松山城方は持ちこたえられず、永禄6年(1563年)に降伏。謙信はこれに激怒し、人質に取っていた憲勝の親族を処刑したといいます。以降、松山城は北条氏の城となり、鉢形城と連携する北武蔵の拠点のひとつになり、北条氏家臣上田氏の居城になりました。上田氏は、もとは扇谷上杉氏の家臣でしたが、主家滅亡後は北条氏に属していました。

天正18年(1590年)、豊臣秀吉による小田原の役の際、城主上田憲定は小田原に詰めており、松山城には城代と約2300名が籠城していたといいます。豊臣方の前田利家、上杉景勝らが松山城に来襲し、落城。その後、徳川家康が江戸に入ると、家康家臣松平家廣が松山城に入り、松山藩1万石が立藩しますが、慶長6年(1601年)に廃城となりました。

 

御城印デザインの説明
永禄3年(1560年)に起きた松山合戦で、北条氏と武田氏の連合軍に囲まれた城主上杉憲勝は、岩付城の太田資正に危機を知らせる伝令を送ります。この伝令として送られたのが、資正の飼い慣らした犬でした。犬10匹が首に竹筒をぶら下げ、岩付城に走ったと伝わります。伝えによると、2時間で岩付城に着き、無事に役目を果たしたといい、これが軍用犬のはじまりだともいわれています。御城印には、岩付城に走る資正の犬をデザインしました。

また、関東の覇権争いの舞台になり、幾度となく戦いが繰り広げられた松山城はまさに関東の戦国時代を代表する城といえ、そのイメージから戦う武者をデザインするとともに、松山城の戦いに関係のある扇谷上杉氏、上田氏、太田氏、北条氏、武田信玄、上杉謙信の家紋を配置しました。あわせて、松山城の地形の分かる地図と縄張図をデザインしました。


松山城御城印は1枚500円(税込み)です。
販売場所は以下です。

・岩窟売店
〒355-0155
埼玉県比企郡吉見町北吉見309
電話070-8997-8959
営業時間10:00-17:00
定休日:毎週月曜・第一第三火曜(その他、臨時休業あり)

・おいでなせえ小川町駅前
〒355-0328

埼玉県比企郡小川町大塚33-1
電話0493-59-6988

営業時間10:00-17:00
火水木は定休日

 

ネット販売
おいでなせぇ

https://hiki-gojouin.stores.jp

 




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