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2026年6月23日 (火)

吉川弘文館『歴史手帳2026』最新エッセイ

連載させていただいてる吉川弘文館『歴史手帳』購入者特典のお城コラム、新しい記事がアップされました。

最新コラムでは、「四国の名城を歩く 愛媛・高知編」から、4城をご紹介しました。

旧国名でいう伊予と土佐は、瀬戸内海と太平洋に面した水上交通の要所であり、平安時代から有力公家が荘園を持ち、鎌倉時代には宇都宮氏、三浦氏、北条氏などの御家人が守護・地頭として進出するなど、中世の早い段階から中央と結びつきの深い地域でした。のちに豊臣秀吉が伊予を「九州中国の要」と評したことからも、その重要性がうかがえます。

伊予では、河野氏が室町時代に伊予守護をほぼ世襲し、村上氏、宇都宮氏、西園寺氏らと勢力争いを繰り広げました。一方の土佐では、守護に任じられた細川京兆家が在京していたため、一族の頼益細川家が下向して守護代を務めました。しかし、16世紀初頭、京での政変などによって守護代が京へ戻ると、土佐は有力国人が入り乱れて戦う戦国時代へと突入します。

公家大名の一条氏をはじめ、土佐の有力国人として軍記物などに登場する本山氏、安芸氏、大平氏、山田氏、津野氏、吉良氏、香宗我部氏、長宗我部氏らが争う中、やがて長宗我部元親が台頭し、土佐統一へ向けて歩を進めます。こうした群雄割拠の乱世において、戦いの舞台となった城を通して歴史を知ることができます。現地に立つと、戦国の世に漂っていた緊張感が今もなお感じられるようです。


歴史手帳に記載されているQRコードなどから、歴史百科webにアクセスいただき、ぜひお読み下さい✨

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