2021年4月 9日 (金)

クラブツーリズム三崎城&浦賀城へ

延期になってたクラブツーリズムツアー日にち決定しましたー!
5月8日です。
三崎城と浦賀城に行きます。

もしよろしければ✨


<歴史への旅>素敵な御城印付きでめぐる 山城ガールむつみの出陣ノススメ「いざ、三崎城&浦賀城へ」日帰り【新宿発】<22名限定/バス1人2席>|クラブツーリズム (club-t.com)

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2021年3月26日 (金)

NEW御城印作成&販売のお知らせ!!

いっきに新しい御城印が販売されます!
下総佐貫城・次浦城・真里谷城・真武根陣屋・須賀山城・沼闕(ぬまかけ)城
なんと6城も販売開始です!
春ですからね✨


ただ、ちょっとご注意を!
現地販売に各地ズレがあるのと、通販も少しズレがあるのでこちらをご覧くださいませ。

3月27日現地販売開始
・下総佐貫城
・次浦城
・真里谷城
・真武根陣屋

4月4日現地販売開始
・須賀山城
・沼闕城

通販取り扱い

・下総佐貫城
・次浦城
・須賀山城
・沼闕城
※真里谷城・真武根陣屋は通販取り扱いしません!
※通販開始は4月4日です。通販ご希望の方は受付いたしますが、発送は4月4日以降となります。


 

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飯岡灯台のある刑部岬にあった佐貫城は波に削られ、消失してしまった幻の城です。

残念ながら遺構は残っていませんが、『平家物語』や『源平盛衰記』に佐貫城は登場し、源義経とともに戦った片岡常春が城主だったと書かれています。

それ以降の歴史は不明ながらも、海上の重要地にあたる佐貫城は何らかの形で取り立てられたと思われます。

片岡氏も千葉氏と同じ出身とされるため、御城印には千葉一族の家紋「九曜」を配置し、『平家物語』では、常春が壇ノ浦の戦いで武功をあげ、海に落ちた神璽を拾い上げたと描かれていることから、壇ノ浦にて戦う源義経一行の船をデザインしました。このあたりの海岸線は、屏風ヶ浦として景勝地でもあるため、美しくそびえ立つ断崖も描きました。

【佐貫城(下総国)】千葉県旭市
販売場所
季楽里あさひ
千葉県旭市イの5238番地
0479-62-0888
9:00~17:00 
休業日:年中無休

 

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次浦城は、台地に築かれていて、その一画には土塁と空堀で囲まれた方形居館跡が残っています。周辺には城郭に関連する「土橋」「馬場道」などの字名が残り当時を偲ばせます。

築城年代や城主は不明ですが、次浦八郎常盛の居城だったとも伝わり、この人物は千葉一族の粟飯原家常の子であることから、次浦城も千葉一族との関連が指摘されます。

たびたび多古が戦いの場になると、次浦城も城郭として拡張整備されていったと考えられます。

近くの山中に源義家の伝承が残る「矢指塚」があったり、次浦城の馬場では流鏑馬の伝承も残ることから「矢」をデザインし、千葉一族の家紋を入れました。

【次浦城】千葉県香取郡多古町
販売場所

道の駅多古あじさい館
千葉県香取郡多古町多古1069-1
0479-79-3456
9:00~19:00(但し9月~3月は18:00まで)
休業日:年末年始(1月1日~1月2日)  




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真里谷城は、古河公方足利成氏によって房総半島に送り込まれた武田氏が上総に進出するための重要な足がかりとして築いた山城です。

真里谷武田氏の中で争いが起き、里見義尭と北条氏を巻き込んだお家騒動となり、これを機に武田氏の勢力が弱まっていきます。真里谷武田氏内紛時の「真里谷城」については、まだ不明なことが多く今後の研究が楽しみです。

御城印には武田氏の家紋「四菱」を配置、さらに地元に伝わる「武田三河守」座像をデザインしました。

また、市内にある前方後円墳「金鈴塚古墳」から出土した「金鈴(国重要文化財)」は木更津が古代から重要な地であったことを示すものとして取り入れました。



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真武根陣屋は嘉永3年(1850年)に築かれた請西藩の陣屋です。

幕末の慶応3年(1867年)請西藩主となった林忠崇は、戊辰戦争の折、藩主でありながら自ら脱藩し、陣屋に火を放ち、旧幕府遊撃隊の要請に応じ出陣しました。文武両道で優れた人物であったといいます。出陣後、各地を転戦しますが、最後は仙台藩の説得に応じ降伏。請西藩の領地は没収され、藩は消滅し、陣屋も廃されました。
その後、長寿を全うした忠崇は、昭和16年(1941年)まで生き、「最後の大名」の異名をとりました。

林氏は信濃小笠原氏の分流といわれ、林家に伝わる「献兎賜盃」の伝承をデザインしました。雪の中、兎を捕まえて松平家の祖先に振る舞っ手その命を助けたと伝わります。その恩により、林家は幕府から正月最初の酒を振る舞われるという「献兎賜盃」の栄誉に代々預かったのです。


【真里谷城・真武根陣屋】千葉県木更津市

販売場所
木更津市観光案内所
木更津市富士見1-2-1スパークルシティ1F
9:00~17:00
0438-22-7711

年末年始のみ休業



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須賀山城は中世には「香取の海」と呼ばれた広大な内海に面する台地の上に築かれました。源頼朝とともに戦い頼朝の側近中の側近であった千葉(東)胤頼が居館を築いたのが須賀山城の始まりと考えられていて、代々、東氏の居城となりました。

その後、須賀山城が手狭になったためか、西側に森山城が築かれ、戦国期に千葉氏が小田原北条氏に属すと森山城の外郭部として改修整備されたと思われます。

周辺には千葉氏、東氏ゆかりの史跡が数多く残り、この地域と千葉一族の繋がりの強さがわかります。

御城印には「香取の海」をデザインし、東常縁の絵図をモチーフにしました。



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沼闕城は、かつて存在した「椿の海」に面して築かれた城です。大部分が公園化して原形が失われてしまっているものの、土塁、空堀などが残り、要害だった趣を十分に残しています。千葉一族東氏ゆかりの城で、戦国時代には小田原北条氏に属しました。

徳川家康の関東入封の際、家康義弟で、伊予松山藩祖松平(久松)定勝が3000石で入部しました。

御城印は椿の海と、その椿の海に向かって張り出す沼闕城の台地をモチーフにしました。

 

【須賀山城・沼闕城】千葉県香取郡東庄町
販売場所
東庄町役場

千葉県香取郡東庄町笹川い4713-131
0478-86-6075(東庄町観光協会事務局)

東庄町観光会館
千葉県香取郡東庄町笹川い580-1
0478-86-6075(東庄町観光協会事務局)

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多古城郭保存活用会「次に出るのはどこの城?」3月の御城印発表!!

多古城郭保存活用会から新発売の御城印。さて、3月のお城はどこでしょうか?

じゃじゃーん!

次浦城です

4月販売開始のお城あてクイズも今日から始まってますので、また多古におでかけくださいませ✨

次浦城は住民のみなさんや多古城郭保存活用会の方々が整備してくれました!
空堀がバッチリわかります!
標柱も立ててもらいました!感謝です✨

ぜひ多古へGO!!



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次浦城は、栗山川の支流である沼田川沿いの台地上に築かれました。現在、この台地上には、次浦の集落が広がっています。標高は約30mほどで、周囲には自然地形を人工的に加工した形跡が見てとれ、北側は切り立った崖となっています。
この台地の北西側には、土塁と空堀で囲まれた方形居館跡が残っています。
この辺りは地名(字名)を「城山」といい主郭と思われますが、城域全体が集落と重なっているため、その他の城郭構造は不明です。しかし、周辺には城郭に関連する「馬場小屋」「内小屋」「土橋」「馬場道」などの字名が残り当時を偲ばせます。

築城年代や城主は不明ですが、次浦八郎常盛の居城だったとも伝わり、この人物は千葉常兼の弟、粟飯原五郎家常の4男であることから、千葉一族との関連が指摘されます。

多古は「千田荘」とよばれる荘園で、千葉一族の支配地でした。千葉宗家当主の胤貞は「千田殿」と呼ばれていて、千葉宗家と多古が密接に関係することがわかっています。鎌倉幕府滅亡後に多古の土橋城周辺で起きた「土橋合戦」には次浦氏も関わっていて、この次浦城を拠点に戦いに臨んだと思われます。また、次浦氏は土橋城下にある東禅寺の大旦那だったことも金沢文庫古文書からわかっています。
その後もたびたび多古が戦いの場になると、次浦城も城郭として拡張整備されていったと考えられます。

次浦城から800mほど西方に次浦八郎常盛の館と伝わる居館跡があります。このことから次浦の台地周辺一帯を次浦氏が治めていたものと推測できます。
その居館跡近くの山中に「矢指塚」といわれる塚があります。これは、後三年の役で源義家に従い出陣した次浦常盛が戦いに勝利し戻った際に、戦場で使わず残った矢を記念に埋めた、もしくは前九年の役の凱旋の際に、義家が上総の海岸に100本の矢を1里ごとに突き刺しながら戻ってくる途中、この次浦に最後の1本を埋めた記念の塚とも伝わります。

次浦の台地に城館が築かれたことから、台地の地図をモチーフにし、千葉一族の家紋「九曜紋」を配置しました。そして、矢指の伝説にちなみ「矢」をデザインしました。

 

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2021年3月17日 (水)

上大岡京急百貨店COTONOWA4月~6月の講座

春めいてきました!
4月~6月のCOTONOWA講座のお知らせです。
今回からはたまに座学を入れて開催します。

現地の歴史探検だけでもOKです。
より歴史を楽しみたい方は座学もぜひセットでお申し込みください♡

今回も楽しく歩きましょう!!
一緒にお城や館跡を探すツアーを考えました。
自分なりの推理で、歴史を楽しんじゃいましょう~✨

申し込みは下記のサイトか、上大岡京急百貨店COTONOWAの申込窓口にて!
お待ちしてまーす♡

サイト内の検索は「山城ガールむつみ」で!
公式サイト - COTONOWA-京急百貨店がお届けする新しいコト体験‐コトノワ


電子カタログはコチラから
↓ ↓ ↓ ↓ ↓
h1 (cotonowa.jp)

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2021年3月 2日 (火)

河村新城!!

神奈川県足柄上郡山北町の河村新城は、新東名道路工事に伴い、全面発掘調査されたあとに崩されます。
河村新城は、発掘調査によって考えられていたよりもずっとずっと大きな規模のお城が姿を現しました。

研究者の方々や発掘調査担当者の方々が口をそろえて、「生きてる間にこんな規模の発掘はない!」と仰ってました。
それほど広範囲の調査で、掘れば掘るほど遺構が姿を現し、調査箇所が広がっていきました。

山北町では、今回の貴重な調査を記録で残すべく、動画を作成しました。
そのナビゲーターをやらせていただきました!!
光栄!!✨

youtube動画はコチラ!
2種類の動画があります。

河村新城は3分の1が調査されて壊され、3分の2が調査されずに茶畑として保存されます。それぞれが楽しめる動画になってます。
ぜひみてね!とくに、「山城をめぐる」を見て、茶畑を歩いて思いを馳せてみてください!

河村新城発掘調査動画
コチラは崩されてしまう部分の遺物紹介や城の紹介
【23:52】 https://www.youtube.com/watch?v=9pxNYEQS7GU&feature=youtu.be


山城をめぐる~河村新城~
コチラは茶畑のまま調査されずに残される部分の紹介
【13:12】 https://www.youtube.com/watch?v=OswT5nIEmWs&feature=youtu.be

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2021年2月26日 (金)

新しい御城印の販売開始です!

新しい御城印が販売開始になります。

またまたデザイン&同封説明文を書かせていただきましたー!!
今回は
千葉県香取市の小見川城、森山城
千葉県香取郡多古町の久保城
千葉県匝瑳市の八日市場城

この4つです。
いつものことながら、どれもこれもお気に入りです。
素敵な御城印が完成でーす!(自画自賛)

販売情報はコチラ!
歴×トキの通販でも取り扱ってますので、手に入れてからいつかお城に行くという、そんな楽しみ方もいいかもしれませんね♡

次の御城印も乞うご期待♡


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久保城は、千葉氏宗家当主千葉胤貞(1288年-1336年)が居館として築いたものと伝わり、「千田殿」と呼ばれていた胤貞の存在を裏付ける重要な城といえます。

 鎌倉幕府が滅亡すると、胤貞は足利尊氏派につき、多古も戦の舞台となり多くの城が築かれました。戦国期に入り、また戦乱の舞台となった多古の城は整備拡張されて使われていたと思われます。久保城周辺には土塁や空堀などの遺構が残っています。

御城印には、久保城周辺の地図をデザインし、千葉氏の家紋「月星」を配置しました。

千葉氏は肥前国小城郡(佐賀県小城市)も領地としていたため、小城には九州千葉氏ゆかりの城跡や寺院などが今でも残り、その小城にある九州千葉氏の菩提寺「松尾山光勝寺」に残る胤貞座像を描きました。



販売場所
道の駅多古あじさい館
千葉県香取郡多古町多古1069-1
0479-79-3456
午前9時~午後7時(但し9月~3月は午後6時まで)

休業日:年末年始(1月1日~1月2日)  



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森山城周辺の地は鎌倉時代から千葉一族「東(とう)氏」の本拠地で、森山城の東側に隣接している須賀山城も東氏が築いた城と伝わります。
常陸との国境である森山城は重要な城として取り立てられ、後に千葉宗家当主になる千葉胤富も森山城に入りました。
千葉氏の家紋「月星」を配置し、古文書に書かれた胤富の花押と、胤富のものと思われる鶴の黒印をモチーフにしました。





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小見川城は小見川城山公園になっていて、部分的ではあるものの、戦国期の土塁や空堀が良好に残ります。香取の海と直結する水運の要衝のため常に地域の要として機能していたと考えられ、代々、粟飯原氏が居城としました。天正18年(1590年)豊臣秀吉による小田原攻めの際には、当主粟飯原俊胤は主君千葉重胤とともに小田原城へ駆けつけ豊臣軍と戦いますが、小田原城は落ち、それとともに小見川城も落城しました。

千葉宗家の家紋「月星」、そして千葉一族の家紋「九曜」、粟飯原氏の家紋「三本竹」、そして家康の関東移封に伴って小見川城に入った松平家忠の家紋「重ね扇」を配置しました。

森山城と小見川城は下記の2か所で取り扱ってます。

販売場所

道の駅水の郷さわら

千葉県香取市イ3981-2

電話0478-50-1183

営業時間 8時から18時 年中無休

 

寺嶋陶苑(てらじまとうえん)

千葉県香取市小見川268

電話0478-82-2322

営業時間 8時30分から18時30分 水曜日定休

 

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八日市場城は九十九里浜が広がる水運の要衝で、築城年代等の詳細は定かではありませんが、千葉氏家臣の押田(おしだ)氏の居城と考えられています。千葉氏が小田原北条氏に属す戦国時代末期の状況の中、千葉氏家臣である押田氏の城も軍事的緊張下の中で改修されたと推察できます。

押田氏は戦国時代になると、主君千葉輔胤の娘を妻にもらい、千葉一族の家紋である九曜を模した「丸九曜」を家紋としました。御城印にはその「丸九曜」ともう一つの押田氏の家紋である「五三の桐」を配置しました。

城山には櫓台の遺構が残り、南方向には九十九里浜の海が見えます。水陸交通の要衝で、眼下には街道が通り、城下に形成された宿も見えたことでしょう。御城印には現地に立つ櫓のような展望台をモチーフにし、周辺の地図をデザインしました。

販売場所
そうさ物産センター匝りの里(めぐりのさと)

千葉県匝瑳市八日市場イ137-1

電話番号 0479-73-5015

営業時間9時から18時年中無休


今月もお城と御城印を楽しんでください。
今後、各地でツアーも計画してますのでお楽しみに♡

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多古城郭保存活用会2月の御城印発表ー!!

多古城郭保存活用会の御城印当てクイズ!
2月発売開始のお城は…

じゃじゃジャーん!!

「久保城」

です。
正解は久保城でした。

道の駅多古あじさい館にて、キャンペーン開催中です。

また来月もお楽しみにーーー!

久保城は千葉胤貞ゆかりのお城。胤貞は鎌倉時代末期から、南北朝に入るころに活躍した千葉宗家当主です。
「千田殿」と呼ばれていた胤貞。千葉氏の宗家と千田荘(多古)との関係の深さがわかる重要な城館です。

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多古城郭保存活用会では、久保城に標柱を!
遺構はほんの少しですが、この久保の台地が千葉氏にとって重要な場所でした。
なので、遺構はわずかでもここは歴史的に大事な場所なんですね。

ぜひ、周辺を歩いて歴史を想像して楽しんでください♡

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2021年1月30日 (土)

新発売!山城ガールむつみの新デザイン御城印!

また新しい御城印が販売開始になります!
デザイン&説明文をやらせていただきましたー!
今回もいいお城がそろっております♡

なんと、一挙に5城の販売開始でーす。
また今月もお城と御城印を楽しんでくださいね✨



【坂田城】

坂田城は水運の要である栗山川沿いに築かれた台地上の城です。

千葉氏庶流の三谷氏が築いたとされ、その後、井田氏が押領し、拡大整備したと考えられています。

これは小田原北条氏が里見氏、佐竹氏に対するために配下の千葉氏を介して配置したものと思われます。

​そのように重要な位置にあった坂田城は、下総を代表する規模の城郭へと発展しました。


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坂田城が湿地や沼が点在する要害のため。御城印には沼に浮かぶように見える坂田城の遠景と縄張図をデザインしました。

坂田城御城印販売場所
・横芝駅前情報交流館「ヨリドコロ」
〒289-1732
千葉県山武郡横芝光町横芝1355番地2
電話番号0479-74-8585

一般社団法人 横芝光町観光まちづくり協会 (yokoshibahikari-kankou.com)
営業時間等の詳細につきましては、上記のHPをご覧ください。




【中城】

中城は多古の中心ともいえる中村の大地に築かれた城です。

​鎌倉時代から室町時代に開山された古刹、日本寺や妙興寺などが建ち並びます。

​千葉氏宗家当主の千葉胤貞が中城を築いたとも伝わりますが、詳細はわかりません。

​いずれにしろ、台地全体が要衝地であり、戦国期に改修されながら城郭として取り立てられたと思われます。

​地元ボランティアの素晴らしい活動のおかげで、良好な遺構をを楽しむことができます。

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中城は多古城郭保存活用会が整備したため、美しい遺構が姿を現しました。
そんな中城の御城印には、保存活用会が作成した縄張図をどーんと真ん中に配置しました。


中城御城印販売場所

・道の駅多古あじさい館
〒289-2241
千葉県香取郡多古町多古1069-1
電話0479-79-3456

道の駅 多古 あじさい館|千葉県香取郡多古町多古の道の駅 (michinoeki-tako.com)
営業時間等の詳細につきましては、上記のHPをご覧ください。

 


【河村新城】

河村新城は高速道路の工事に伴う発掘調査により、その姿が明らかになりました。

相模・駿河・甲斐の境界に位置し、小田原防衛のための最重要地点といえます。

武田信玄や勝頼に攻められたり、武田氏滅亡後にその遺領を徳川氏と北条氏が争った緊迫した状況が河村新城を通して浮かび上がってきます。

​工事で破壊されるのは三分の一であり、大部分は今後も茶畑として残ります。今後の研究調査が期待されます。

ちなみに城へ向かう途中に立ち入り禁止の鎖がありますが、徒歩でしたらそのまま進んでOKです。車は立ち入り禁止です。
発掘調査の現場には入れませんが、調査箇所の手前に案内板がありますのでそこまでは行けます。


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河村新城の御城印には、発掘調査で出てきた障子堀をモチーフにするとともに、新編相模国風土記稿に描かれた河村新城の絵図を入れました。壊されず残る部分は、絵図にも描かれていて、今後もこの絵を片手に十分楽しむことができます。



河村新城御城印販売場所

・道の駅山北
〒258-0123
神奈川県足柄上郡山北町湯触317
電話番号 0465-77―2882
買う | 山北町観光協会公式サイト (yamakita.net)
営業時間等の詳細につきましては、上記のHPをご覧ください。

・山北観光協会
ともしびショップさくら1階売店

ともしびショップさくら (yamakitashakyo.jp)
営業時間等の詳細につきましては、上記のHPをご覧ください。

 



【勝浦城】

勝浦城は勝浦湊東側の岬に築かれました。丘陵伝いに南北1.5km、東西0.6kmに広がる広大な城域です。

勝浦正木氏の本拠地として整備され、正木氏は天文11年(1542年)頃に勝浦に入ったと考えられています。

​勝浦正木氏は里見氏の配下でしたが、小田原北条氏につき、さらにまた里見氏の配下となり、里見氏について安房国へ移りました。



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勝浦城の御城印は特徴のある突き出した岬の地図と、城に建つ「お万の方」の像をモチーフにしました。勝浦正木氏の娘であるお万は徳川家康の側室となって、水戸藩初代頼房、紀州藩初代頼宣を生みました。


勝浦城御城印販売場所

・ONE勝浦企業組合
〒299-5225 
勝浦市墨名657-2
勝浦市商工会館内
0470-73-4554
10:00~16:00
定休日 水・土・日・祝日
営業時間内でも不在の場合がありますので事前にお問い合わせください。
ネットショップにて販売も致します。
勝浦おみやげ市場
https://www.one-katsuura.com/

・遠見岬神社 
〒299-5233 
勝浦市浜勝浦1番地
0470-73-0034
8:00~16:00
休務日あり(不定休の為お問い合わせください。)



【興津城】

興津城は興津湊の北側の丘陵上に築かれました。そこから北へと尾根が延びその尾根は主要街道となっていて、興津城が水陸の交通の要衝に位置することがわかります。

戦国時代になると、上総武田氏や正木氏が城としてとりたて、里見氏に攻められたことが記録に残っています。

​「興津巣城計」と書かれた文書が残り、攻め囲まれて裸の状態になった城の姿が浮かび上がり、緊迫感を伝えてくれる
現地には戦国期の遺構が残ります。


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興津城の御城印は湊を望む山陵と湊の地形がわかる地図をモチーフにしました。
さらに縄張り図を配置し、正木氏の家紋を描きました。
正木氏は三浦一族からの庶流とされていて、家紋も三浦氏と同じ三つ引両です。


興津城御城印販売場所

・ONE勝浦企業組合

〒299-5225 
勝浦市墨名657-2
勝浦市商工会館内
0470-73-4554
10:00~16:00
定休日 水・土・日・祝日
営業時間内でも不在の場合がありますので事前にお問い合わせください。
ネットショップにて販売も致します。
勝浦おみやげ市場
https://www.one-katsuura.com/

・御門
〒299-5245 
勝浦市興津2656
0470-76-0008
8:00~19:00
定休日 毎週日曜日 




今回の御城印は5城ともに歴×トキにて通信販売もしてます。
御城印に同封されてる山城ガールむつみオリジナルチラシや説明文を先に読んで、いつか現地に行くのも楽しいと思います♡




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2021年1月22日 (金)

松汀園ツアー3月のお知らせ

逗子にあるKKR逗子松汀園にて3月にまたツアーやります。
1月のツアーも楽しく無事に終わりました!


次回は、逗子と鎌倉の境にある名越切通しに行きます。
鎌倉から、名越の切通しを抜けて逗子へ。
途中いろんなとこに立ち寄ります✨

歩き終えたら松汀園にておいしい懐石料理です。
お申し込みは松汀園さんに電話してください。


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2021年1月13日 (水)

流鉄の中吊りポスターに登場!!

千葉県流山市の「流山駅」から松戸市の「馬橋駅」までを結ぶ流鉄。通称「リュウテツ」!
とてもかわいいホノボノとしたローカル線。


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そんなリュウテツの車内ポスターに登場させていただきました。

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なんと、流鉄沿線にはたくさんのお城があるんですよ。
このあたりはまさに、江戸川沿いの要衝地!江戸川で南下すると、下総国府があった国府台へとつながるのです。

お城もたくさん築かれましたし、合戦の舞台にもなった重要エリアなのです。

2020年10月には、流鉄「流山駅」で花輪城の御城印、「平和台駅」で前ヶ崎城の御城印が販売開始に。
11月には、「小金城趾駅」で小金城と、根木内城の御城印が販売開始になりました。

まさに「流鉄に乗ってお城に行こう!」なのです。
と、いうことで中吊りポスターにしていただくことになったのです♡


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小金城趾駅
その名も城趾駅!小金城が歩いて5分くらい。


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小金城は発掘調査で障子堀が検出されている小田原北条氏に属した高城氏の拠点です。
台地全体を城郭化した千葉県有数の大規模城郭です。
宅地開発が進んで破壊されるも、公園になっていて一部は保存整備されています。


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達磨口のところ。櫓台か物見台があったと思われます。



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達磨口から歩いて5分くらいの広徳寺。
ここも方形居館のようになってて、空堀と土塁で囲まれていたと思われます。


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土塁を壊して墓地にした模様。


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土塁の上には高城氏の墓所が。


小金城趾駅から歩いて30分くらい行くと、根木内城もあります。
ここは高城氏が小金城を改修して移ってくる前に本拠としてたとされるところ。
道路で分断されてしまってますが、存分に戦国期の遺構を楽しむことができます。

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土塁も堀も良好に残ってます。


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流山駅

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流山駅から歩いて10分ちょっとの花輪城。川沿いの台地に築かれました。
空堀と土橋が検出されてます。


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平和台駅

歩いて20分くらいに前ヶ崎城があります。
リュウテツに乗ると、丸一日では足りないくらい見どころ満点なのです。


コンセプトとしては、とにかく地味な城たちを一人でも多くの人に知ってもらおう!ということ。
山城好きの中でも、ちょっと地味なお城をチョイスしました。
特に、花輪と前ヶ崎はちょっとマイナーよね。
でも、個人的には、前ヶ崎城が大好きです、わたしは。

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前ヶ崎城。

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ここ前ヶ崎城。土塁が美しいです。



しばらく車内に貼られてるので、出かけられるタイミングになりましたら是非!リュウテツの旅を楽しんでください。
お城にも足を運んでくださいね。

お城で地域活性化したら本当に嬉しいなと思います。
埋もれてる地域の魅力、どんどん掘り起こしていきましょう~!!


スポンサーになってくださったのは、株式会社塚原緑地研究所さま。
こちらは、千葉県下の県立公園などの管理をしている会社です。
県立公園は、城跡が公園になってることもあり、城の保存活用に積極的に携わってくれてる会社さんです。ありがたや✨
カメラマンはいつもお世話になってる斉藤小弥太さんです。

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この辺りは「金(こがね)領」です。千葉氏の庶流である原氏の支配領域を高城氏が引き継ぐ形で、城郭を構えながら支配領域を広げていったと思われます。
様々な勢力がぶつかる境界地帯だったので、幾つものお城が築かれたんですね。
前ヶ崎城では、討ち死に記録残っていて、当時の緊迫した状況が伝わってきますね。

ぜひ、リュウテツに乗って歴史の旅にお出かけくださいませ♪
ちなみに流鉄ではICカードは使えません。そこがまたイイ味です✨
なので、500円のフリーパスがオススメ!改札でお買い求めいただけます。

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